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 名和氏は伯耆国名和荘の土豪で海運業を営んだ一族だったが、鎌倉時代末期の名和長年が隠岐へ流された後醍醐天皇を援けて建武の新政の功臣となった。
 鳥取県西伯郡大山町名和に名和氏の館跡があり、近くの長綱寺には名和一族の墓が残る。墓は寺院の裏山にあり三百基余りの五輪塔が一か所に集められている。
 なお、長年とその子義高は北朝との戦いで戦死し、孫の顕興は肥後へ移住して古麓城を築いた。