鶴田塾 吉田東洋は土佐藩15代藩主の山内容堂に参政として登用されるが、暴行事件を起こして謹慎処分を受け高知市長浜に蟄居した。 鶴田塾はその時に彼が開いたもので、後藤象二郎、板垣退助、岩崎弥太郎など多くの人材を育てた。 高知市長浜の住宅地の中に石垣が残り石碑が建てられている。