永遠なんてどこにもないと、あの日のわたしは吐き捨てたんだ。
いまだって永遠の在りかなどわからないままだけど。
今日も楽しかったね、明日も楽しかったね。
なんて日々を紡いでいってね。
いつかわたしが星になるときに振り返って思えたらいいな。
これが永遠だったのだと。
2016年3月15日。
本日わたくしヒロヤユウコはドラマーひでぼーと結婚しました。
ちょうど1年前の2015年3月15日。
わたしたちは東京は福生という街のチキンシャックというライブハウスで出会いました。
都内のライブハウスで知り合ったアズアンが連れてきてくれた福生というディープでカオスで不思議な魅力のあふれた街。
その福生の一番人気バンドみんなーズでドラムを叩いていたのがひでぼーでした。
えらい上手いドラムだなとは思ったものの、共演したその日にはひでぼーとは一言もしゃべりませんでした。
人見知りが発動していたのか、あんなに上手いのにめちゃくちゃ若いと知って対抗してしまったのか。
他のメンバー全員と、ひでぼーのお父さんとは話したのにね。
こんなことになりそうな予感がするような電撃的な出会いとは程遠い出会いでした。
それでもその日アズアンや福生のミュージシャンとは小さいけれど確かなつながりが生まれ、その後ライブや遊びで顔をあわせる機会はどんどん増えていきました。
遠く福岡から来たわたしたちをみんなすごく優しくて受け入れてくれて、たくさんの楽しい時間をくれました。
バーベキューや飲み会で少しずつひでぼーとも話すことが増え、一緒にダイエットしようなんて盛り上がったりして、少しずついろんなきっかけを重ねていって仲良くなっていきました。
一緒にいると楽しくてたくさん時間を積み重ねていくうちに、わたしたちは特別な仲良しになりました。
でもそうなったときでさえ、その先に結婚があるだなんて夢にも思わなかったです。
きっと普通は考えることなのかもしれないけれど、わたしには想像できないことでした。
わたしはわたしの人生で結婚という決断をすることがあるだなんて思いもしませんでした。
自分の人生には起こりえないどこか遠くの世界の出来事のようでした。
それくらい自分には結婚願望というものがありませんでした。
幼い頃はわたしもみんなと同じように大きくなったら好きなひとができて結婚するんだろうなと漠然と考えていました。
ごくごく普通の女の子のように夢や憧れを抱いていました。
そして大人になってわたしも人並みに恋をしました。
でもそうして恋に落ちても、わたしには人並みに関係を築いて育んでいくことが誰ともできませんでした。
それは強すぎる自意識と自己愛のせいなのか、埋めることのできない孤独のせいなのか、単にわたしの幼さゆえのわがままのせいなのか、素直になれないせいなのか。
何百回自省してみてもいまだにわからないけれど、わたしはわたしであるがゆえに、誰かを、自分を傷つけるような方法でしかひとを愛することができませんでした。
わたしに愛を注いでくれるひとから何かかもを奪って、深く深く傷つけて、自分自身も傷つけてそれを絶望と呼ぶことを何度も繰り返していくなかで、いつしか傷つかないように逃げ道を作る方法を覚えていきました。
最低だったわたしはずるさを知って、もっともっと最低になりました。
そうやって曖昧なまま何年もずっとずるずると核心をかわし続けてきたんです。
もう取り返しのつかない部分でわたしの心は損なわれていると知りつつも、時に刹那なきらめきに落ちてみたり、誰かの優しさに甘えてみたりして、自分自身をもごまかし続けていました。
そんな中出会ったひでぼーはわたしのずるさに気づかずにいれてくれたのか、気づかないふりをしてくれていたのか、わたしの逃げ道をすべてふさぐようにわたしの人生に踏み込んできました。
真っ直ぐな気持ち、真っ直ぐな言葉。
若さゆえ、なんて言葉では片づけられないくらい、とめどなく真っ直ぐで。
明日のことなんてわからないから、刹那な今に身を焦がしていたいだけだよなんてね、きれいな言葉で濁して目を逸らそうとしたけれど。
そんな曖昧な言葉を許してはくれませんでした。
どれだけ否定の言葉を繰り返しても、どれだけ醜い心の内をぶちまけても、怒ることも諦めることもなく、ただひたすらに惜しみない愛と絶え間ない優しさを与え続けてくれました。
時にはひどい言葉でそれを拒絶することもありました。
それでもひでぼーはどんな日でも諦めないでくれたから、信じてくれたから。
わたしは少しずつだけどずるさを脱ぎ捨てていくことができました。
もう一度、わたしのすべてを受け止めてほしいと、キミのすべてが欲しいと、そう叫んで飛び込んでいく勇気を持てるようになりました。
約束をするのはとてもとても勇気のいることでした。
それをくれたのはひでぼーの優しさでした。
そして手を伸ばして触れてみて、わたしの心はとてもあたたかいものでいっぱいになりました。
大嫌いだった嘘つきのわたしにならないでいれるんだよ、キミと一緒にいるときは。
わたしの中の醜い感情が自分自身を苦しめる日も、キミが笑っているのをみるとなんだかどうでもよくなってしまうんだよ。
もうひとつ、これまでわたしが結婚という選択肢を考えられなかった大きな理由はキャスアラという存在でした。
キャスアラを結成してから14年、わたしの人生の中心はいつもキャスアラでした。
キャスアラはわたしの青春そのものでした。
何かを選ばなければならないとき、わたしは常にキャスアラを選んできました。
苦しい時も辛い時もたくさんあってもうやめてしまいたいと何度も思ったけれど、最後の最後でなくしてしまうことができませんでした。
そしてどんな代償を払ってもキャスアラを選んできました。
結婚という社会制度のなかで誰かと生きることを選んでしまったらキャスアラのヒロヤユウコであり続けれることはどうしても困難なことに思えました。
誰かを傷つけ続けた強すぎる自意識と自己愛はキャスアラのヒロヤユウコであるというアイデンティティに固執するゆえかもしれません。
それを知っていても、そのために苦い澱を飲み続けていても、どうしても譲れなかったんです。
失ってしまうことが、変わってしまうことが何よりも怖かったんです。
だからまさかね、それを譲らずに一緒に生きていけるひとにこの東京で出会えるだなんて思ってもいませんでした。
わたしはいま、ひでぼーとならずっと一緒に楽しく音楽しながら生きていけると確信しています。
わたしみたいにね、がんばってがんばってしがみつこうとした、それとは真逆でね。
ひでぼーの世界には音楽があるのがごく自然で普通のことでした。
0歳のときからライブハウスに行っていたというひでぼーの周りにはいつも音楽が溢れていたからかな。
福生という街のひとの多様性を認める価値観のもとに育ってきたからかな。
自宅スタジオを作ってしまうくらいの音楽好きのお父さんのおかげかな。
このひとならばどちらかを選ぶということなど考えなくてもいいんだよ、そう思えました。
わたしより何倍も上手でものすごいセンスと才能にあふれているのに、自分にはないものがあるとわたしのドラムを認めてくれてうれしかったよ。
何よりキャスアラを好きになってくれて、キャスアラの音楽で感動して泣いてくれてホントにホントにうれしかったよ。
わたしだけじゃなくて、メンバーのことも好きになってくれてうれしかったよ。
キャスアラはわたしの人生そのものだから、わたしのことは嫌いでもキャスアラのことは嫌いにならないでください、なんてことは成立しえないのです。
わたしのことは好きだけれどキャスアラには興味ないと言われたことも過去にはあったけれどね。
わたしの生きてきた日々と想いのつまった音も愛してほしいと願うのはわたしにとっては必然でした。
ずっとキャスアラを続けていきたいんだよ。
どんなカタチになっても。
音楽で出会ったひとと、その世界を大切にしていきたいんだよ。
そしてもっともっと感動したい。
キミとなら、そんな夢に生き続けていけると信じているんだ。
いつもは恋愛のことを赤裸々に書いたりはしないのですが、今日は一生に一度の特別な日なので素直な気持ちを書かせていただきました。
ずいぶん長く正直に書いてしまったのは、この気持ちを伝えたかったのもあるけれど、いつかの自分にもまた読んでほしいと思ったからです。
わたしの心の弱さやずるさは決してなくなったわけではないから。
きっといつかそれがキミを傷つけてしまう日がくるかも知れないんだ。
そのときには思いだしてほしいんです。
いまわたしが自分の人生にどれだけのあたたかさを感じているのか。
いまわたしがどれだけキミに感謝しているのか。
いまわたしがどれだけキミと生きる日々を愛しいと思っているのか。
正直に言えば心を決めたあともものすごく悩みました。
わたしにはできそうもなくて何度も躊躇して逃げ出しそうになりました。
でもそのたびにたくさんの愛と優しさをもらってここにたどり着きました。
やっぱり今でも怖いけれど、同時に不思議なすがすがしさと穏やかさを感じています。
キミがいてくれて、わたしはとてもうれしいよ。
ひでぼーじゃなきゃ、わたしの人生に結婚という選択はあり得なかったよ。
この世界に帰る場所をくれてありがとう。
今日という日は、わたしたちの出会った福生の街で思い出を歩きました。
初めて福生に来た日に食べて感動したデモデのハンバーガー。
今日は特別な日だから一番大きいのを頼んだよ!
たった数ヶ月だけどたくさんの思い出を紡いだ国道16号。
大切が、大好きが毎日毎日増えていったね。
きっとこれからも。
生きてきた道はまだまだ短いけれど、それでもいままでいろんなことがありました。
いろんなひとに出会いました、
いいことも悪いこともたくさんの感動をもらいました。
いいときも悪いときもわたしはずっと幸せでした。
結婚の定番の「幸せになってね」なんて言葉はいらないなんてひねくれたことを言ってしまいたくなるくらい、涙枯れるまで泣いた日でさえ幸せでした。
この世界に生きていなければ心震えることさえできなかったのだから。
そのすべてがわたしの愛しい宝物です。
本当にありがとう。
これからもたくさんの色とりどりの景色を歩いていきたいです。
これまでには見えなかった景色も明日は見えるのかもしれない。
キミと一緒に生きる明日には。
泣いて笑って、楽しく苦しく美しいこの世界で短い命を一生懸命燃やしていきたいよ。
2016年3月15日
CastingAround
ヒロヤユウコ
























