想像もできなかった未来は、どんな色で彩られていくんだろう。
きっとそれは見たこともない美しい色だと。
抜け殻のまま、あっという間に1週間が過ぎてしまいましたが、先週日曜日、結婚式が無事終了しました。
来てくださったかた、お祝いのメッセージをくださったかた、ホントにありがとうございました!
どんな日になるのかドキドキわくわくでしたが、想像以上に盛りだくさんで泣いて笑ってたくさん感動して、永遠に忘れられない日になりました。
まだ思い出の写真や映像を整理しきれてないのですが、思い出が色鮮やかなうちに綴っておこうと思います。
7月17日日曜日。
わたしとひでぼーの結婚式の日でした。
午前中は教会で挙式をしました。
目白にある、メイヤー・ライニンガ―・チャペルという教会で挙げさせていただきました。
ここは牧師さんになるひとのための学校で、休日にはその礼拝堂で結婚式ができるのです。
もし結婚式をするなら教会でやりたいとずっと思っていたので、ホテルや結婚式場ではなく本物の教会ということでここで式をすることに決めました。
緑あふれる庭園がとてもきれいで、山手線沿線なのに静かですごくステキなところです。
当日、朝早く起きて教会にきて、まずは丁寧にメイクとヘアセット、着付けをしてもらいました。
こんな風に誰かに全部やってもらうことなんて、人生で数えるほどしかないので、この特別感が心地よかったです。
ホントはもっとスリムになって結婚式を迎えたかったなぁとかね、後悔は山のようなんだけれど(笑)
準備が終わったら写真撮影をして牧師先生との面談でした。
挙式はいつも参列するとその美しさに感動して泣いてしまうのですが、さすがに自分の結婚式ではそれどころじゃないだろうなと思っていたのです。
けれど、牧師先生にこんな誓いの言葉を言いますよという説明をされたときにすでにぐっときて涙ぐんでしまいました。
あぁ、わたしがその誓いをいう日が来たんだなと思うと、なんとも言えない気持ちになったんです。
うれしい、だけとも違う、とても心の奥に突き刺さるものがありました。
リハーサルでは思った以上にいろんなことが難しくて緊張の嵐でした。
どんな大舞台のライブでもこんなに緊張することはなかったかもしれないです。
そして挙式が始まりました。
ホントはゆっくりかみしめたかったんですが、正直緊張しすぎてよく覚えてないんです。
おそらく新郎が入場して、牧師先生と永遠の燈火を持った聖歌隊のかたが入場して、そしてリングガールの姪っ子みゆみちゃんが入場しました。
聖歌隊の歌をしっかり聞きたかったのに、ドキドキしすぎて全然聞けませんでした。
ビデオを撮影しておけばよかったな、なんて今更思ってしまいますね。
そしてわたしの入場です。
両親と3人で入場。
最初にお母さんからのベールダウンがありました。
送り出す母がベールをかけてくれるという儀式なのですが、そのときお母さんから一言でお母さんが泣いてしまったので、わたしももう泣いてしまいそうになりました。
結婚しても全然感覚的には変わらなくてね、わたしは普通に両親の娘の気分なんだけど、やっぱり親になったら自分もこんなときには特別な気持ちになるのかな。
いくつになっても、どんな風に過ごしていても、自分だけは変わらない気持ちでいてもね、誰かにとっての自分は変わっていっているのかもしれないね。
わたしだって何度も参加した友達の結婚式では、おめでとう、だけど寂しいような気持ちになったことがあります。
親の気持ちはまたそれとも違う特別なものなのかもしれないけれど。
お父さんとバージンロードを歩くというのもとても不思議なものでした。
大人になってお父さんと腕を組んで歩くことなんて全くなかったからね。
この先もそんなことあるかもわからなくような特別なことでね。
きっと結婚式じゃなければできなかったことだよ。
そしてわたしはお父さんからひでぼーに引き渡され、ともに牧師先生の前に立ちました。
讃美歌、聖書の言葉、そして牧師先生のお話がありました。
とても心に染みるいい話でした。
結婚するふたりは選ばれたふたりだということ。
愛についてのこと。神様の愛、両親の愛。
そしてこれから社会とかかわって生きていくこと。
わたし自身も結婚するという決断をしたことは、自分の意志だけでなく思って大きな力に飲み込まれ、流されたような不思議な感覚を感じます。
そんな言い方をすると誤解を招いてしまいそうですが、流された、というのはなるようになる、運命のような大きな力を感じたということです。
結婚願望が全くなかったわたし。
このタイミングでこのひとと出会って。
このタイミングじゃなければきっとダメだったし。
このタイミングでもこのひとじゃなければきっとダメだったし。
まさにわたしたちのちいさな思惑をはるかに越えるような神様の導きのようなものを感じるのです。
それが何よりの自分の決断の理由なのだと。
それに感謝し、愛を持って、この先を生きて、守っていきたいと。
何度も心打たれた誓いの言葉は、やはり自分が誓うときが最も重く深く美しく、心に突き刺さりました。
病めるときも、健やかなるときも。
富めるときも、貧しきときも。
緊張した式だったけれど、この言葉のときは、はっきりと心に響き、刻まれました。
約束しますか。
約束します。
その言葉はとても重たいものです。
自分のこの人生でも、いいときも悪いときも信じ続けてきたことがあります。
それは決してたやすいことではありませんでした。
どんなことにおいても、病めるときも健やかなるときも信じ続けることはとても難しく時にとても辛いことでした。
だからこそその先にあるよろこびや幸せは何にも換え難いものだと。
偉そうに言えるほど生きてはいないけれどね。
それでも確かに言えるんだ。
その先の景色をね、その美しい色をね、わたしは一緒に見れると約束するよ。
やっぱり泣いてしまった誓いのあとは、指輪交換をして、宣言と祝福をいただきました。
誓約書に署名。
そしてお祈りと讃美歌を歌い、結婚式は終了。
みなさんの拍手を受けて退場しました。
そのあとは外に移動してのフラワーシャワーでした。
ここでようやくみんなの顔が見れました。
ライブ中はお客さんのことちゃんと見れるのにね、挙式中は誰がどこにいるのだか、まったく目にはいらなかったんです。
たくさんのひとに祝福していただき、ホントにうれしかったです。
みんなが自分たちのために、わざわざここまで集まってくれて、ただただ感謝の気持ちでいっぱいでした。
ホントにホントにありがとうございました!
あっという間に過ぎていったし、15センチのヒールで足はくたくたヘロヘロで、もっとちゃんとかみしめたかったなぁなんて思ってしまうけれど、それでも思い出すと何度でも幸せな気分になれるとてもよい式でした。
最初は結婚式はしなくてもいいかな、みんなに来てもらうのも申し訳ないし、この見た目でドレスを着るのも恥ずかしいな、なんて思っていましたが、やっぱり結婚式をしてよかったです。
結婚というものが決して自分たちだけで完結するようものではなく、大きな責任がある、なんて言ってしまうとプレッシャーですが、これだけのひとに見守られて、これだけのひとの前で誓って、それは決して軽いものなどではないというのを実感しました。
たくさんのひとに愛をもらって、幸せを願ってもらって、自分はそうやって生かされているんだね。
そうやって生きてきたこれまでの人生、わたしはとても幸せでした。
そしてきっとこれからもずっとずっと幸せだよ。
病めるときも、健やかなるときも、そばにいてくれた家族と、友達、仲間たち。
これからはひでぼーもいてくれて。
赤ちゃんも生まれます。
また気持ちが折れてしまいそうな日には、この日の誓いの言葉と花びらの向こうのみんなの笑顔が背中を押してくれそうです。
本当にありがとうございました!
(長くなりますので、ライブパーティー編はまた後日書きます。
結婚式の写真はプロのカメラマンさんにも撮影してもらいました。
1か月後に届く予定なのでまたフォトムービーを作成しようかと思います。
このときにはこんな曲を歌っていたよ、などしっかり覚えていらっしゃるかたおられましたら、情報をいただけるとありがたいです。)