
キミに聞いてほしい。
ゴールデンウィークの思い出、その3。
5月2日と3日は福岡に遊びに行ってきました。
朝起きた時からなんだかちょっと体調が悪かったのですが、ずっと楽しみにしていた休日なので力を振り絞って出かけました。
福岡までは新幹線でひとっとび。
博多駅に月子が迎えに来てくれて、えみちゃんと3人で愛子さんのところに遊びに行ってきました。
ジョイフルにて、2月に生まれた愛子さんのあかちゃん、ひかりくんとご対面。

とてもかわいかったです!
赤ちゃんってこんなに小さいんですね、なんだかもう壊れちゃいそうなくらいふわふわでした。
愛子さんはとても元気そうで、いろんな話を聞かせてもらいましたが、すべてのエピソードが愛子さんらしくてほっとしました。
ホントにパワフルでおもしろくて一生懸命で、一緒にいるだけで元気になります。
ひかりくんにたくさんの愛を注いでいてとても幸せそうでした。
ひさしぶりで話が尽きなくて楽しすぎました!
みんなでかわるがわるひかりくんを抱っこさせてもらいました。



きっとあっという間に大きくなってしまうだろうから、赤ちゃんのときに会いにこれてよかったです。
愛子さんが東京を離れるときにはとてもさみしかったですが、なんだかんだ結構な頻度で会えてて、つながっていれることもとてもうれしいです。
これからもずっとずっと仲良くできたらうれしいよ。
愛子さんとバイバイしたあとは3人でカフェに行ってお茶していたのですが、途中からホントに気分が悪くなってきて震えが止まらなくなってどうも熱がでてきてしまったようでした。
このわたしがケーキを半分以上残してしまいました。

ふたりの計らいでちょっと横になって休ませていただくことに。
薬を飲んでゆっくり休ませていただいたところ、2時間ほどですっかり熱もさがってウソみたいに元気になりました。
さすが、わたし。
お正月やすみのときには牡蠣小屋でやけどして、毎回ふたりには迷惑かけすぎです。
申し訳ありませんでした。どうもありがとうございました!
元気になったので夜はみんなでライブを見に行ってきました。
ひさしぶりのPerfect Melancholyのライブへ。
新しくなったUTEROは初めてでした。

素晴らしかったです。
もうライブハウスででかい音でギターが鳴っているというだけでぞわっと来ました。
美しい、と思うのです。
痛みを、誰かのその痛みを惜しげもなく見せてくれてさ。
どろりと歪んでそれでいて果てしなく澄んだ大きな音に飲み込まれてさ。
なんというリアル。
懐かしいひとたちにたくさん会えたのもとてもうれしかったです。
あの頃に戻ったみたいでした。
ライブハウスに行けばみんないて、みんな変わらなくて。
普通に生きていたら交わるはずもなかったひとたちがそこではみんな仲間でね。
こんなところで生きていたわたしは間違いなく楽しい日々を送っていたよ。
ひさしぶりにかんぶんに会えたのもとてもうれしかったです。
いつになく饒舌になってしまうんだけれどね、言いたいことはうまく言えなかったりしてね。
もう一度一緒に音を出せたらいいななんて、いまだにわたしは、たぶんずっとわたしは思っているよ。
でも一緒じゃなくてもね、世界のどこかでこれからも奏でていてほしいと思うんだよ。
ずっと尊敬するミュージシャンなんです、わたしにとっては。
打ち上げにも参加させていただきホントに久しぶりに真剣に話をした夜になりました。
バンド仲間というコミュニティを離れている今、自分が何を思い、何を考えているかを声を大にして話す機会はなかなかなくてひさしぶりにそんな機会がありとても楽しかったし、同時にたくさんの痛みも感じました。
誰かに踏み込んでいくというのはそれだけ傷つくことなのです。
誰かがわたしを傷つけたという意味ではなくてね。
わかってほしいと、わかりたいと願う、それだけでいつだって傷つくんだ。
でもそれは必要な痛みだろう。
大げさに言えば、それは愛の代償だろう。
この最近誰かに伝えたいことなんて何にもないやといつも思っていたけれど、案外そんなこともなかったのかもしれません。
みんなには変わらないね、と言ってもらえたけれど、わたしはやっぱりずい分変わってしまいました。
でも根底にはやっぱり変わらない自分というものもあって、そのすべてを含めてわたしはわたしを伝えたいなんて衝動に駆られたりしたんです。
ちっともうまく伝えられなかったけれど、もうこれ以上言葉で説明するような無粋なことはやめにしようと思います。
そう、いつだって、それを伝える方法はひとつしかなかったはずだよ。
それがこれからもわたしの選ぶこと。
ホントに心の震えた素晴らしい夜をありがとうございました!
打ち上げは夜更けまで続き、いろいろあってほぼ眠れないままに次の日の朝がやってきました。
3日は11時まで予定がなかったので、寝不足でぼーっとしつつも前日の夜の興奮が冷めやらぬ妙な気分のままに博多から天神まで歩いて、どんたくの会場を眺めたり、カフェで音楽を聞きながら街を眺めたりして過ごしました。
それだって、いまのわたしには特別な時間だね。
何度も何度も、前の日の夜のことを反芻しながらね。
わたしには考えるべきことが山ほどありました。
11時に友達の働くスイーツのお店に顔をだして、お菓子を買って、そのあとまたぼーっと過ごして、午後からはいつも遊んでくれる元同僚と会いました。
今回は鳳凛のラーメン食べました。

幸せの一杯でした。
友達とはいつものようにまたいろんな話をしましたが、ホントに自分たちも歳をとったなぁと初めて心の底から感じました。
いままでのような歳とったねという定型句ではなく。
あぁ、本当にひとつの時代が終わったのだと思いました。
どんな風に過ごしているか、それは変わらないし、好きなことも興味も相変わらずだし、表面的にはあの頃のまま継続しているのだけれどね。
モラトリアムとは何をして過ごすかということではなかったと、今初めて知りました。
なんていえばいいんだろう、うまく言えないけれど。
ある一つの側面で言えば、たぶんもう僕らは抗ってはいないのだろう。
受け入れることを知ったのだ。
少し寂しいけれどね、でもいつかは必ず訪れることなんだろう。
すごく寂しいけれどね、一緒にここまでこれたのなら、それも悪くはないだろう。
ものすごく寂しいけれどね、どうせならすべて投げ捨ててもっと傷ついて命燃やして消えてしまえばよかったなんて思うんだけれどね。
生き永らえすぎたかもしれないと思うけれどね、どうせなら見届けようとも思うのです。
きっとまた訪れる変化を、いつかまたこの日々を振り返りながら、いつものようにああだこうだと話せる日をともに過ごせるとうれしいよ。

バスが2台つながったような変なバスで天神から博多まで移動して、新幹線に乗って実家に帰りました。
1泊2日の短い滞在だったけれど、とてもたくさんのことを感じ、心の動いた充実した時間でした。
会ってくれたみなさん、ありがとうございました。
福岡に行くといつも楽しくて、帰りたいなぁなんて思うのですが、不思議と今回はそれは思いませんでした。
むしろ、もう遊びにくる旅行者としては来たくないなと思いました。
今度来るときにはわたしは必ずミュージシャンとして訪れたいです。
どれだけ言葉を尽くしてもそれだけじゃダメでもどかしいんだよ。
だから必ず新しい自分たちの音楽とともに大好きな福岡の地を訪れたいのです。
なるべくはやく帰ってくるから、そのときまで待っていてね。
いまあふれ出てくるこの気持ちも、全部正しく昇華できますように。
それをキミは聞いてくれるかな。