さよなら、18日間の自由。
ううん、自由なんて。
5月の終わりです。
同時にいまの職場で派遣のひとも終わりです。
明日からは会社のひとになります。
職場からそんな話をもらったときは正直いろんなことで悩みました。
でも自分ががんばったことを評価してもらえて、ずっとここにいて欲しいといってもらえたことが嬉しくて、先のことはわからないけどとりあえず今をがんばろうと思って決めました。
そんな話が決まってからいろんな仕事を任せられてそれはとても楽しかったけど、苦しくなることもたくさんでした。
楽しくて夢中で、もっとうまくやりたいと願えば願うほど、まわりが見えなくて突っ走ってしまって、誰にも優しくなれなくて、ずるくもうまくもなれなくて。
結局気空回りです。
それはいつものことです。
こんなに生きてきて、こんなに同じことで失敗しているのにいつもこの繰り返しです。
わかっているのにまただな、と思う度に情けなくて逃げ出したくなってしまいます。
派遣最後の日に、アドバイスももらいました。
もっとまわりとうまく接するように、もっと肩のちからを抜くように。
もっと肩のちからを抜けと、人生で何度も言われてきました。
そんな風に大好きな友達に言われて取り残された気持ちになったこともありました。
そんなことわかっているけど、できないんだ。
わたしは上手にひとに交われないし、楽にも生きれないんだって。
言い訳だとわかっていても叫びたくなります。
何かを望まなければこんなに痛いこともなかったのかもしれないと思ってみても、意味のないことなのです。
バンドでもやっぱり今でも思います。
自分に望みすぎて期待しすぎて願いすぎて、同じくらい絶望するんです。
なんだかね、泣き言しかでてこないですね。
でも、こんな日に無条件に笑ってくれるひとがこの世界にいるだけでも幸せです。
わたしがいいときも悪いときも笑ってくれるひとたちがいる。
昔はそれさえも信じられなかったけど、いまは少しだけ信じられる気がします。
ちなみにそんな派遣の日々の有給休暇の残りが18日、今日で消滅なのです。
18日も自由があったのかと思うと悔しくもなるけど、自由はただ時間的、物理的に何にも拘束されないという意味ではないですよね。
どこにいても何をしても、この世界で生きている限り自由だなんて在り得ないですよね。
何かを望むだけでも、誰かを愛するだけでも、自由じゃなくなると思います。
だけどそれは同時に果てしない自由でもあるのだと思います。
だから失われた18日を嘆くのではなく、1日デスクに張り付いても、抱えきれないことに頭を悩ましていても、思い通りにいかない人間関係でも、
どんな日でも笑える自由を手に入れるんだよ、自分。