ずいぶん遅くなってしまいましたが、今日からぼちぼち旅行記を書いていこうと思います。
とても長いですがぜひ読んでください!
(写真はあとで追加します。)
9月11日、土曜日。
いよいよミャンマーへ旅立つ日になりました。
当初は一週間前の9月4日に旅立つはずだったのですが、到着空港でビザが取得できるアライバルビザが急遽中止になり、国内でビザを手配しなければならず、1週間待つことになってしまいました。
ミャンマーでは来月総選挙があるのですが、軍事国家でなにかと政局も不安定のため、ビザの取得も厳しくなったそうなのです。
東南アジアに行くのは初めてなのでなんとなく不安になりつつ、出国の日を迎えました。
飛行機は11時過ぎに出発なので、9時過ぎに福岡国際空港に向かいました。
わたしはあてのない旅が好きなので、今回もほとんど計画を立てずにきましたが、さすがに出発直前になると不安になります。
いまから、全然知らない土地で、ひとりで、誰かに助けを求めようとも誰もいないところに行くんだ、と思うと不安と同時なんだかとても不思議な気持ちになりました。
空港では手持ちの日本円を米ドルに両替しました。
ミャンマーチャットはミャンマー国外では手に入らず、お金は米ドルで持っていかなければなりません。
さらに、ミャンマーではクレジットカードも使えなければ、銀行もないので手持ちの現金がなくなったらアウトだそです。
にもかかわらず、わたしは一切余分は持たず、日本円4万円を米ドルに換えた約450ドルと日本円1万円のみ持って出発することにしました。
これでなんとか9日間旅してみせます!
あっという間に訪れた出国時間、6年ぶりの国外脱出行ってきます!
乗った飛行機はタイ国際航空、とてもきれいで快適でした。
口内炎で機内食はほとんど食べれませんでしたが、心地よい睡眠とともにあっという間にタイのバンコクの空港についてしました。
バンコクの空港はすごく広くてびっくりでした。
眠い目をこすって降りてみると、空港にはいろんな国のひとがいっぱい、タイ語と英語の表示ばかりで、あぁ、こんな短い時間だったけど外国にきたんだ、と思いました。
乗換えまでは2時間あったので、とりあえず空港内をうろうろしてお茶して、そわそわしながら出発を待ちました。
日本との時差2時間、日本時間の15時過ぎ、現地の17時過ぎに、いよいよミャンマーのヤンゴン国際空港に向かって出発です。
ミャンマー行きは少しちいさめのジェット機で、今度は日本人と見られるひとは誰もおらず聞きなれない言葉に飲み込まれながら乗り込みました。
いよいよドキドキしてきました。
今夜の宿もまだとってないし、とにかくこれからどうなるんだろうという期待と不安でいっぱいです。
バンコクからヤンゴンは約1時間、今度はホントにあっという間に到着してしまいました。
ヤンゴン国際空港は、福岡空港くらいの大きさしかありませんでしたが、意外にもとてもきれいでした。
ミャンマーではなにもかも古いという情報があったのですが、なんというか普通の空港でした。
長い列にならんで入国審査も無事通過、荷物も回収していよいよゲートをくぐります。
ガイドブックには、ヤンゴン空港では旅行者を狙って荷物を勝手に運んではチップを払わせたり、タクシーでもぼったくられることがあるので注意、と書いてあったのでものすごいビクビクしながらでていきました。
するとすぐに英語で声をかけられました。
「タクシー乗る?」
ずいぶん大きな男のひとでした。
わたしはここでイエスと言っていいのか、ノーと言っていいのかわからず完全にフリーズしてしまいました。
「どこのホテル泊まるの?」
「まだ決めてませんが、できるだけ安いゲストハウスに行きたいです。」
「じゃあ、心当たりがあるから連れていくよ。」
このひとはタクシーの運転手なの?
「ダウンタウンまでいくらですか?」
「7ドルだよ。」
大丈夫、ガイドブックに書いてあるとおりの値段だ。
「じゃあお願いします。でも安いゲストハウスでお願いしますね。」
そうしてわたしはタクシーに乗り込みました。
さきほどの男性は助手席に座り、別の運転手が乗ってきました。
空港の前はタクシーや迎えにきたひとでごったがえしていました。
なにひとつわからない言葉が飛び交い、わたしたちとは違うアジアの人から欧米人までいっぱいです。
少し小雨が降っていて、すごい湿気です。
乗り込んだタクシーはすごいボロボロでした。
いや、このタクシーだけじゃありません。
あたり走っているクルマ、全部よく見ればもう見たこともないような古い日本車ばかりです。
30年前、いやもっと古いのかもしれません。
混乱してきました。
なんでここに、こんな日本車が走っているの。
よく街を観察しようとすると、助手席の男性が話しかけてきました。
話を聞いてみると、彼の名前はマンモーといい、どうやら旅行会社のひとのようです。
自分のアルバムを手渡し、過去のお客さんと周ったミャンマーの写真やお手紙を見せてくれました。
わたしはミャンマーの街並みを見たかったのですが、マンモーはどんどん話を続け、自分はガイドだから安心だ、日本人が好きなんだ、旅をアレンジするからと、畳み掛けられなにがなんだかわからないままにダウンタウンについてしまいました。
ダウンタウンは思いのほか都会で、クルマもひとも道路にあふれ返ってました。
ボロボロの日本車のあいだを歩きながらものを売り歩くこどもたち、たくさん人の乗った原付、路上の屋台で楽しむひとたち、お世辞にもきれいとは言えない街でなにもかも珍しいものでびっくりでした。
わぁ、これがミャンマー。
と思う暇もなく、マンモーにここで降りるよ、と言われわたしたちはビルの中に入っていきました。
ここがホテル?
エアコンもなくて暑くて暑くて汗がでてきます。
マンモーに連れていかれた先は、マンモーの仕事先の旅行代理店でした。
マンモーはわたしに、旅のプランを立ててくれるというのです。
わたしはのんびり適当にバスで周るからいいよ、と言ったのですが、この国のバスはすぐ止まるし、8時間といっても12時間くらいかかるし、揺れるし汚いし危ないし、とにかく時間と体力の無駄だから絶対に飛行機に乗るべきだ、と言って、飛行機で周る旅のプランを作成してくれました。
確かに飛行機だと楽だと思うけど、お金が全然ないよと言うと、飛行機代払っても足りるというのです。
ホントに?
飛行機代は約250ドル。
残りは200ドル。
日本円にして約1万7000円程度で1週間旅できるなんていくら物価の安いミャンマーでも絶対ムリでしょ!
ムリだ、さすがにどう計算してもムリとしか思えない!
そう主張したのですが、マンモーの詳細な説明となんだかんだで親切で優しい話っぷりに押されて飛行機チケットを購入することになりました。
これがこのあと旅に大きな影響を及ぼしてくるのですが、このときはもうこれしか選択できない雰囲気で熱帯夜に冷や汗をかきつつ、マンモーのオフィスをあとにしたのでした。
ホントに大丈夫なんだろうか、とてもとても不安です。
その後マンモーが連れていってくれたホテルはビューティーランドホテルという予算を大幅にオーバーして12ドルのホテルでしたが、もう歩く気力もなく、そこに泊まることにしました。
質素なツインの部屋で日本円にすれば信じられない安い値段でしたが、わたしの旅の予算を思うと大いなるムダ使いです。
クーラーはオンかオフしかなく、オンは寒くてオフだと暑い、シャワーもお湯をひねっても水しかでない、と最初からなかなかのもんでしたが、スタッフの男の子はとても親切でほっとしました。
みんな英語も上手で安心してミャンマー語ができなくても大丈夫そうです。
ホテルを決めると、マンモーは明日の朝迎えにくるね、と言って帰っていきました。
飛行機のチケットは今日は遅いのでもう発券できず、明日渡しになるとのことでした。
なんだか初日はマンモーに圧倒されて、ゆっくりヤンゴンを見ることもできませんでしたが、ちょっと見渡すだけでも日本とはまるで別世界のようです。
明日起きたらゆっくり見て周ろう。
水のシャワーで暑さと緊張の汗を流し、強烈な風と騒音を発するエアコンに苦笑しながらも、あっという間に眠りに落ちたのでした。