嫌なことを我慢することは意外と上手にできてしまうのかもしれません。
愚痴ってみて、埋め合わせてみて、笑ってみて、時にひそかに爆発させてみて、思い直してみて。
いつだって自分らしくあれればどんな場所でも笑顔で走っていけるんです。
でも自分が変わってしまう我慢には何の意味もないってはっきりと気づかされました。
流されてしまえば苦しくなくて、わたしはいつの間にか腐りながらやり過ごしていただけかもしれません。
わたしが納得できないわたしになるくらいならすべてぶち壊してしまったほうがましなのです。
非難でも中傷でもされたほうがましなのです。
そうやって一年前叫んだキモチをわたしは今までもこれからもなくすことはできないのです。
躊躇わずにいこう。
いつだって自分恥じない自分だけは譲らないで。