わたしが信じるのは、わたしが信じたいのは、誰かじゃなくて、何かじゃなくて、自分自身なんです。
わたしが許すのは、わたしが許してあげたいのは、誰かじゃなくて、何かじゃなくて、自分自身なんです。
それがきっと誰かを、何かを信じ、許すことにつながっていくんだと思います。
「だからわたしは落胆しません。たとえわたしたちの{外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人は」日々新たにされていきます。 わたしたちの一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれます。
わたしたちは、見えるものでなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。」
キリスト教徒じゃないのですが聖書を引用してみました。
信仰はしていませんが、いい言葉がたくさんありますね。
「もうしばらくの間、光はあなたがたと一緒にここにあります。光がある間に歩いて、闇に追いつかれないようにしなさい。闇の中を歩く者は、自分がどこへ行くのかわかっていないのです。光のある間に、光の子となるために、光を信じなさい。」
「光の子」ってなんだかわからないけど、いつでも誰にでもずっと笑っていれるような太陽みたいになれたらね。
すべてを流して吹き抜けれるような風になれたらね。
理想論できれいごとだけど、わたしは正反対の感情人間だけど、そう思うだけでひとつ憎しみに心の部屋を渡せて自分自身が笑える気がするんです。
誰かのためじゃなくて、自分のためにね、わたしは見えないものを信じる強さが欲しいです。
誰かのためじゃなくて、自分のために、笑って許せる強さが欲しいです。
そしたらわたしにも求めるカタチじゃなくても、「永遠の光」があふれんばかりに注いでくれる気がするんです。
ん~ホントはなかなかできてないですね。
わたしにできることは息をひそめて祈ることくらいです。
笑っていよう、笑って。全部大丈夫だよ!