
数日後、小栗さんから次の案件もうちの会社と進めたいという魅力的な提案と、詳細な要件定義の前に二人でゆっくり食事をしたいという連絡を受けた。
これは、会社にとって大きな利益になる。
仕事として考えれば、この誘いに乗るのが正解だ。会社のためにも、自分のキャリアのためにも。
だけど、脳裏をよぎったのは、先日の岡田の言葉。
たとえ社交辞令だとしても、あいつの目は笑ってなかった。お前の反応を楽しんでるっていうか……。ああいうヤツが一番、中身が真っ黒だったりするんだ
岡田のあの鋭い指摘が、今になって呪文のように頭の中で繰り返される。
(……やっぱり、断るべきか?)
一瞬、指先がキーボードの上で止まった。
「今回は予定が合わず」とか「岡田も同席の上で」とか、適当な理由をつけてこの誘い自体を白紙に戻してしまおうか。
だけど、無碍にすれば、せっかく築いた信頼関係にヒビが入るかもしれない。
ここで機嫌を損ねれば、進行中の案件まで滞るかもしれない。
結局、おれは断りの言葉を打ち込むことができないまま、ただ重い溜息と一緒にブラウザを閉じた。
***
その夜、おれは櫻井の腕の中にすっぽりと収まりながら、昼間のメールを思い出していた。
あの合コンの夜以来、櫻井とはなし崩し的に体を重ねる関係になっていた。
無意識にこぼれた小さなため息を敏感に感じ取ったのか、櫻井が腕を緩めておれの顔を覗き込む。
「何? まだ足りないですか?」
「……っ! アホか!!」
おれは櫻井の頬をぺち、と叩いた。
ついさっきまで繋がっていた場所の熱が、生々しく思い出されて体が火照る。
最初は、果てたらそれで終わりの関係だった。
なのに、いつからだろう。終わったあともこうして、どちらからともなくぴたりと身を寄せ合うのが当たり前になっていた。
幸せそうにおれを見つめるその優しい視線に、不覚にも胸がときめく。
いやいや、待て待て……。
心の中で必死にかぶりを振る。
認めたくない。認めちゃいけない気がする。
そして今はそんなことよりも例の誘いをどう扱うべきかを考えなければならない。
「……で、本当は何を考えてるんですか?」
耳元に届いた声は、甘い響きを残しながらも、どこか核心を突くような鋭さを含んでいた。
おれを抱きしめる腕の力が、ほんの少し強くなる。
「……べつに。仕事のことだよ」
おれはなるべく素っ気なく答えて、櫻井の胸元に顔を押し付けた。
ドクドクと脈打つ鼓動が、おれの焦燥をさらに煽る。
おれのうなじを指先が這う。
不意に櫻井の手がおれの顎を捉え、上向かせた。
じっとおれを覗き込むその瞳と視線がぶつかる。
「今、俺が目の前にいるのに?」
低く、抑えられた声。
櫻井の指先は、おれが何かに心を囚われていることを敏感に察知しているかのように、おれの唇をゆっくりとなぞる。
すると櫻井は上体を起こし、おれを組み伏せるようにして覆いかぶさった。
「俺より、仕事の方が気になるんですか?」
至近距離で囁かれた言葉は、熱を帯びておれの肌を焼いた。
「……いや、ちょっと立て込んでて……」
「嫉妬してるって言ったら、笑いますか?」
「……笑わねぇよ」
「じゃあ、今は仕事のことは忘れてください」
そう言って、唇がおれの首筋に深く、印を刻むように押し付けられる。
おれを抱きしめる腕が、痛いほどに強くなった。

