数日後、おれは取引先との打ち合わせの帰りに、例の合コンに参加していた女の子に偶然再会した。



「あ、大野さん! お久しぶりです」


彼女は、あの日の気まずさを微塵も感じさせない、明るい笑顔だった。



「あぁ、久しぶり。……この前は、ごめんね。なんかバタバタしちゃって」



おれが申し訳なさに頭を下げると、彼女は「いいえ、気にしないでください」と、どこか照れくさそうに笑った。



「実は....あの日マグロの話をした人いたじゃないですか。……あの人と、あれからすぐ付き合うことになったんです」



「えっ、そうなの? おめでとう!」



「あの、大野さん.....」



彼女は少しだけ周囲を気にするように声を潜めた。



「……実は私、ずっと気になってて。あの後、櫻井くんと何かありませんでした?」



「え、あいつと……?」 



おれの動揺を察したのか、彼女は困ったように眉を下げた。



「彼と付き合ってから聞いたんですけど、あの日、実は櫻井くんに頼まれてたんですって。大野さんと誰かがいい感じになったら、全力で邪魔しろって。その代わり、『その後はその子とお前がうまくいくようにセッティングしてやるから』って……」



ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。



「……あいつが、頼んだ?」



「はい。櫻井くん、彼に『大野さんは純粋だから、ちゃんと見ててあげないとすぐ騙されちゃうから』って熱弁してたらしいんですよ。だから、あの日割り込んできたのは偶然じゃなかったみたいで……」



彼女は、「櫻井くん、本当に大野さんのこと心配してるんですね」と、どこか微笑ましいものを見るような目で笑った。



おれの指先が、じわじわと冷たくなっていく。

彼女にとっては「過保護な後輩の美談」かもしれないが、おれにとっては違う。



「大野さん? 顔色が……大丈夫ですか?」 



「あ、う、うん……。大丈夫。教えてくれて、ありがとう」



街の雑踏が、急に自分を締め付ける檻のように感じられた。



小栗さん、喚いてたらしいぜ。『俺は嵌められた!初めから仕組まれてたんだ!』って


トライ・ストーン社で耳にした会話が蘇る。

まさか.....。

脳が最悪の想像をする。

頭を振り、おれは逃げるようにその場を去った。





***




オフィスに戻ると櫻井がいつも通り、おれのデスクで待っていた。



「お疲れ様です。打ち合わせ、長かったですね」



屈託のない、澄んだ声。

彼が差し出してきたペットボトル。

その冷たさが、今の自分には刺すように痛い。

おれはそれを受け取りながら、櫻井の顔を直視することができなかった。


おれはこの男に、真実を突きつける勇気があるだろうか。

いや、突きつけたところで、こいつはきっとまた、最高に爽やかな笑顔で「大野さんのためですよ」と、おれをさらに深い沼の中へと誘うだけだ。

束縛という名の、底なしの沼へ。

おれは、震える手でペットボトルの蓋を開けた。