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あれから2019年を生きているという大野さんとの文通が始まった。不思議な感覚だった。始めはたちの悪いいたずらかと思った。妹が実は大野さんと知り合いで、俺にドッキリを仕掛けるために協力してもらっている、とか。けどその考えは大野さんから送られてくる手紙を読む度に薄れていった。


ペットのポメラニアンが料理中にどうしてもキッチンに入ってきてしまうのでリビングのドアを一時的に閉めているのだが、ちょっとの隙間を顔面でこじ開けようとして変顔になってるとか、トイレやお風呂にまでついてくるとか、趣味で絵を描いているとか、大野さんの生活は荒んだ心を軽くしてくれる。2019年当時はまだ建設中の今俺が住んでいるマンションの進行具合も教えてくれた。文字数は多くないけれど歌うような穏やかな文面は微笑ましくて落ち着いた。


相変わらず仕事は昼休憩もまともに取れないほど忙しく、毎日があっという間に過ぎていく。そんな忙しさの中でも大野さんへの手紙は欠かさなかった。返事がもらえることが嬉しかった。

東京オリンピックの開催が1年延期になった、国民的アイドルが活動休止になったと伝えると大野さんはひどく驚いていた。


建築関係の仕事をしているという大野さんは、家族が安心して暮らせるようにと、例のM半島の一軒家を自ら設計して建てたという。

一年の放浪生活の後、あの一軒家に戻った大野さんは家のリフォーム中に俺からの手紙を見つけたらしい。


大野さんのお父さんは万博のパビリオンを手懸けて一時期話題になった有名建築家だった。昔ワイドショーか何かで見た覚えがある。そんな偉大な父親だ。自然とお父さんと同じ建築家を目指したのだろう。