
すれ違う人々の足音だけが、妙に大きく響いてくる。翔くんの「じゃあね」という言葉が、やけに遠くに感じた。なんでこんなに苦しいんだろう。足元に舞い落ちた一枚の葉が、靴先で揺れている。
そのとき、スマホが震えた。

もし時間あるなら、少しだけ会えない?
しばらく画面を見つめたまま動けなかった。
松潤に返事をする手がまるで自分のものじゃないように感じる。
迷いがあった。
翔くんの言葉、揺れる視線、温もり。
それがまだ心に残ったままで誰かに甘えるようなことはしたくなかった。少しの間、画面を見つめてからようやく返信を打つ。

*
人気の少ないカフェの奥。松潤はおれが入ってくるのを見つけると軽く手を挙げた。
「寒かったでしょ?ほら、あったかいの頼んどいた」
目の前に置かれたカフェラテから、白い湯気が立ち上っていた。その気遣いがうれしい反面、どこか胸が詰まる。
「...ありがと」
カップに手を添えると、指先からじんわりと温もりが伝わる。それでも心の中心にある冷たさは、まだ溶けそうになかった。
松潤は何も聞いてこなかった。翔くんのことも、さっき何をしていたかも。ただ穏やかな目で俺を見ていた。
「おれ、まだ……ちゃんと向き合えてない。翔くんのことも、自分のことも、全部」
松潤は少しだけ視線を伏せ、それから静かにうなずいた。
「……知ってるよ。無理に答えを出さなくていいって思ってる」
松潤の声は静かで、温かかった。
「でも、迷ってる智を見てると、少しだけ期待しちゃう自分がいる。……勝手だよなぁ」
「……ううん」
うそをつくのは簡単だった。でも、松潤のまっすぐな優しさを前にして、何かを誤魔化すことはできなかった。目の前のカフェラテは、少しずつ冷めていた。
「……ちゃんと向き合いたいんだ」
何かを振り切るようにふっと笑って、松潤は軽く頷いた。
「そっか.....好きっていう気持ちと、誰かを選ぶことって、同じじゃないんだよなぁ。まぁ、それなら、俺はもう何も言わないよ」
一拍置いて、少しだけ声のトーンが落ちる。
「智が決めた答えなら、どんな形でもちゃんと受け止める。だから迷って、苦しんで、泣いてでもいい。ちゃんと、自分で見つけて」
その言葉は慰めでも執着でもなかった。ただまっすぐだった。
「……ありがと、松潤」
ぽつりとこぼれたその言葉に、松潤は静かに微笑んだ。
「なにが?」
「……わかんない。でも……ちゃんと話せて、少しだけ楽になった気がする」
「うん。そっか。それならよかった」
おれは、そっと目を閉じる。
翔くんの声、笑顔、震えた指先。
今もすぐそこにある気がするのに、手を伸ばす勇気がまだ持てないでいた。

