「……すみません、今日は」
「なんで翔くんが謝るの?」
「いえ、なんか……疲れてるはずなのに付き合わせしまって」
「……ううん。そんなことないよ」
大野の声はとても優しかったが、どこか距離を感じさせるものだった。
「……なんか、へんな感じだね。こうして並んでるの」
その声に、櫻井が目だけを動かして大野を見る。でも視線はすぐに逸らした。代わりに、ゆっくりと口を開く。
「……変ですよ。変に決まってます」
「そっか」
「俺、あれから……何度、連絡したと思ってるんですか」
声は落ち着いていたが、その中に滲むような苛立ちと痛みがあった。大野はただ黙って視線を前へ向けたまま。
「未読のまま、ずっとですよ。何回送ったか。こっちがどんな気持ちで送ってたか、想像したことあります?」
櫻井の声が、徐々に震え始める。
「無視されてるってわかってても……既読にならなくても、返事がなくても、連絡したかったんです。……いや、せずにいられなかった」
小さな震えに喉奥がぎゅっと詰まる。
「……返事したら、帰りたくなると思った」
大野の声は小さく、まるで自分に言い聞かせるようだった。
「翔くんの連絡、ぜんぶ届いてたよ。通知だけ見て、開かないようにしてた」
「……」
「読んじゃったら、ぜったい会いたくなるし、そしたら、アメリカでの生活が続けられなくなる気がして。ぜんぶ中途半端になると思った。返事を書いたこともあったんだよ? でも、送信ボタンを押す前に消してた」
櫻井は静かに目を伏せた。それでも胸の奥で渦巻く感情は、冷めるどころかますます熱を帯びていく。
「そんなの……勝手じゃないですか」
「うん、勝手だった。ごめん」
そう言われて櫻井は何も言い返せなかった。怒ってるわけじゃない。ただ寂しかっただけ。
「俺……ずっと、待ってたんですよ。連絡来るの」
「しってる」
「……知ってて、なんで……」
「翔くんが優しいの、しってるから」
大野はようやく櫻井を見た。
あの頃と変わらない、少し眠たげな目。
「おれが、“さびしい”とか“帰りたい”とか言ったら、翔くんは呼びもどすだろうなぁって」
「……」
「でも、それしたら、おれ、自分にウソついて踊ることになる」
「俺が重荷になるって、そう思ってたってことですか」
「ちがう、そうじゃ──」
「だったら、なんで…」
「翔くんが好きって言ってくれたとき、うれしくて、泣きそうで、でも……甘えたらぜんぶ終わるって思った」
「終わるって……俺たち、まだ何も始まってもいないじゃないですか!」
喉の奥が熱くなり、感情が堰を切るようにあふれ出すのを止められなかった。大野はゆっくり、櫻井の方へ向き直った。
「おれ……翔くんが、ちゃんと仕事してるの、画面越しに見てたよ。毎週ニュースを読んでる姿も。ちゃんとすごいキャスターになってて……」
「関係ないです、それは……それと、あなたが俺の連絡を無視したことは、全然別の話です」
櫻井はたまらず、大野から視線を逸らした。
「……おれさ、今でも翔くんのこと、好きだよ」
不意に放たれたその言葉に、櫻井は驚いて顔を向ける。
「だけど……おれが好きなだけじゃ、戻れない」
「……どういう、意味?」
「4年半、はなれてた。その間、翔くんの人生は動いてて。おれのこと、ずっと想っててくれたのかもしれないけど……変わってるかもしれないって……」
「俺は待ってた。何が変わっても帰ってきてくれるって」
大野は櫻井に苦しそうな笑顔を向けた。
タクシーが止まる。
「着きましたよ」
運転手の声に、大野が静かに腰を上げた。
「……今からでも、間に合いますか?」
櫻井のその問いかけに、ドアを開けて降りる直前、大野は振り返って、ほんの少し笑っただけだった。
