随分と多くの、
残酷で寂しい人たちに知り合ってしまった1年だった。
人は、そうも寂しくなれるんだろうか。
寂しい人物になることで、自分の価値を下げている事実に、なぜ気づかないのか。
強すぎる負のオーラに、
心がつぶされそうだ。
一方で、仕事への姿勢に、尊敬させられる人との出会いもあったのは事実だし、
悪いことばかりではなかったはずだけど。
白と黒、
残念だけど、黒い絵の具のほうが強く、簡単に白い絵の具を塗りつぶしてしまう。
随分と多くの、
残酷で寂しい人たちに知り合ってしまった1年だった。
人は、そうも寂しくなれるんだろうか。
寂しい人物になることで、自分の価値を下げている事実に、なぜ気づかないのか。
強すぎる負のオーラに、
心がつぶされそうだ。
一方で、仕事への姿勢に、尊敬させられる人との出会いもあったのは事実だし、
悪いことばかりではなかったはずだけど。
白と黒、
残念だけど、黒い絵の具のほうが強く、簡単に白い絵の具を塗りつぶしてしまう。
近く、美しい場所に行けることになった。
自分と向き合う時間を永く持ちすぎたせいで、
むしろ自分を見失ってしまった。
大切な時間を、
哀しさで埋める人生にはうんざりだ。
できることなら、違う誰かの人生を歩みたかった。
もうすこし、ましな。
感謝と憎しみが同時に生まれる。
大切な人を失ってしまい、
大切にしていた何かが壊れた。
今夜は悲しいだろうか。
明日、目覚めたその瞬間もやはり悲しいのだろうか。
悲しみはいつなくなるだろうか。
命尽きるその日まで、悲しみ続ける人生だろうか。
季節は流れようとしている。
母を見ていると、
幸せを感じるのが得意な人なんだなあと思う。
水曜に、岡山に行った際、街で猫カフェにはいった。
700円の猫カフェ。
150円程度のチューハイ。
300円程度のアイス。
おれにとっての幸せは何なんだろうといつも思う。
人は金のために鬼になるが、
お金では残念ながら、幸せを手に入れることはできない。
すごい。
26000円という、
決して安くはないお金。
だけどもこんなにも有意義で天国のような時間は初めてだった。
3時間くらい、なにも考えられない。
いつからか、「人間」そのものが、悲しい存在になってしまった気がする。
おれは例外でありたいが、
やはりおれも、風が吹けば飛ばされてしまうほど、弱いのだろうか。
個人的には、やはり10年前のリーマンショックによる不況が関係しているように思う。
スマートフォンの普及・・というより、
ユーザーが依存しすぎている状態。
まるで人が、「体温」を失い、抜け殻ばかりが、電車に乗っているのではないかと、そんな感覚がたまにある。
人は、自分で自分の価値を下げる。
人は、こんなにも美しくない存在だっただろうか。
悲しいことに、
悲しい出来事に遭遇した時、自分を受け入れてくれる場所はどこにもない。
残念ながら、おれの28年間の人生では、それを見つけることはできなかった。
いつもそばにいてもらえるのが当たり前だと思っていた。
思ってしまった。
いまは、傷つけあった時間さえ抱きしめ、後悔するだけ。
限りなく広がるこの空の下で、
どこかで、
だれかと、笑っていてくれたらそれでいい。
この世界を愛しいとは思えない。
ブラックホールのような明度のない世界で、
誰に殴られたかさえわからない。
もう一度だけ、
あの頃のように、朝、目覚めたときに、貴女がそばにいてくれる朝を迎えたい。
哀しさしかない人生に、終わりを告げたい。
昨年の冬、大切な人を失ってしまった。
それは自分の、浮ついた愚行が原因で。
すべての責任は自分にある。
こんなクソのような時代でも、「運命の出会い」くらいは実際にあるものだ。
いろいろなことを、考え直すきっかけになった。
これまで、
「人」というものを、とことん拒んで生きてきた。
人をきらい、人に傷つき。
ブラッド・ピットの「スパイゲーム」という映画に、こんなセリフがある。
「(人を)野球カードみたいに好きに取り換えればいいって?ゲームじゃないんだぞ。」と。
現代は、残念ながら、そんなゲームを人は愉しんでる。
SNSでフォローしては、気に入らない人間はボタンひとつで除外していくのだ。
とてもじゃないが、正気とは思えない。
気に入る人間だけ、自分のもとに残っていってくれるなど、大きな誤解で、
そんなことをしていては、自分の大切な人さえ、今度はボタン一つで、離れて行ってしまう。
人間というものが、いろいろな意味で「薄く」なってしまった気がする。
人って、こんなにも魅力のない生き物なんだろうか。
今いる人を、大切にしよう。
ほら。今日撮った、セルフィーを見せてよ。
今日、お盆休みなのか、
親子でどこかに出かける様子をよくみかけた。
おれも、
年齢の話だけすると、
「連れて行ってもらう年齢」から、「連れて行ってあげる年齢」になってる。
あまり記憶にないが、
在りし日は、父や、妹もいた。
今では困窮して金をせびりに家の駐車場で待ち伏せする叔父に、ある意味笑うだけだ。
「家庭」というものは、ある種の奇跡のようにも思う。
大げさでなく。
二人の男女が幸運にも知り合い、愛し合い、新たな命が誕生する。
それらは決して、お金で買えるものではない。
お金がなくても、人は幸せになれるし、
お金が人の「生活」を創ることはあっても、実はそこまで人の笑顔とは直結していない。
しかしながら娼婦は、そんな金のため、初対面の老人のナニを、会って5分後には口元へやるのだから、世の中とはなんとも滑稽だ。
おれは、
愛が欲しかった。
金で買ってでも。
しかし金で買った愛など実のところ1円の価値もないのだから、また涙はこぼれる。
人より、多くの悲しみで人生を埋め尽くしてきた。
しかしまるで砂時計のように、ためてもためても、砂は下の段へと落ちて行ってしまう。
失ったものはもう戻らない。
問題はそこではなく、
今後も、自分の1度の人生を"また"悲しみで埋め尽くす予感がするところ。
さて、今日のサングラスはどれにする?
ミラーレンズなんていいかも。
みなさんこんにちは。
久しぶりに、アメーバブログで、ボチボチとブログを更新していくことにしました。
インスタで長文をかくのはおかしいし、
(利用していないのですが)ツイッターは短すぎる。ということで、久しぶりにブログなんてしてみようかな?
と思ったのがきっかけです。
ぼくは10代( 2005年~)のころ、鬱、パニック障害、睡眠障害、複雑性PTSDなど、経験し、
メイクアップの学院、
そして美容師免許を通信で取得し、現在は、社会の一員として、日々を過ごしています。
20代前半、半ばと、比較的落ち着いた日常を過ごせていたのですが、
28歳という、
こんな年齢になって、なぜかまた、"悪く"なってしまいました。
30歳という、性別を問わず大切な年齢を目前に、いろいろと思うところがあった・・ありすぎたのかもしれません。
「ギブアップしなかった男」の"その後・・"のような記事を書いていこうと思っています。
よろしくお願いいたします。
I hope you guys had a awsome day.
and catch you again next blog.