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ことしのクリも終わりかな

ポストたずねて三千里   









走る人 もうそろそろ終りですかね?

ことしのクリは。

 いつもの年より早かったような

気がしますが。





 子どもが小学生のころ、東京から

神奈川県に引っ越したら、転校先の                                       小学校の前がクリ林で・・・





 子どもは毎日学校から帰る途中

クリ拾いに夢中になっていましたっけ。

おかげで友達もすぐできました。





 こどもにとって、転校はつらいもの

です。クリ拾いのおかげで、                              そのつらさを多少はまぎらわせることが、                                     できたのかなと思います。





 毎年、クリを見るたび、あのころの

ことを思い出します。





 年年歳歳花相似たり、です。







箱根ぶらり散歩④

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      弥栄橋から見た須雲川









走る人旅館「吉池」を過ぎてさらに歩いて

いくと、弥栄橋を渡ります。






橋の上から川の上流を眺めます。

午後の日差しが川面に反射して

キラキラ光っています。






この風景はどこかで見たことが

あるな、と思いました。






どこかで見たのでは

なくて、川の流れが

ひとつの詩を思いださせた

のです。






その川の水は、

たださらさらと、さらさらと

流れていました。






さて、その詩を書いたのは?










箱根ぶらり散歩③

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     湯本12号源泉がボコボコ







走る人  有名な旅館の「吉池」の玄関先です。




  すごいですね。ぼこぼこ湧いてます。

   



  源泉ですよ、源泉。触ってみました。





  熱い!





  これが、湯本の12号源泉だそうです。

  





  説明札が立ってます。




 

  こんなのが少なくとも12あるんですね。

  源泉を持っている旅館はすごいです。

  「吉池」には源泉が6つあるそうで、

  これがその一つだと書いてあります。                  





   温泉がボコボコ湧いているのを見ると

  なにかしら元気が出てくる感じがします。 

  


   

   

箱根ぶらり散歩②

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       とろろと温泉の店







走る人 橋を渡ると、そば屋の「初花」が

ありますが、べつに観光に来たわけ

でもない私は、そこには入りません。






むしろ、おすすめは、「初花」の真向かい

にある「知客茶屋」の方です。

ここは、「とろろ汁」の店です。






ここで「とろろ汁」の定食を食べて、

お風呂に入るのです。

食堂から母屋に上がり込み、

湯殿へ案内されます。







風呂場というより、まさしく、

湯殿(ゆどの)と言った方がいい

ほど、昔風の作りです。

狭いのですが、落ち着きがあります。







湯船は黒いやわらかな感触の石

で作られています。

品のいい造りです。

湯加減も40度か41度で、

からだが休まります。







わたしは、とろろ汁が格別に

好きではありませんが、

ここのお風呂に入るために

よく来ます。

お風呂は無料です。とろろ汁

を食べないで、風呂だけ、

というのはだめです。





箱根ぶらり散歩

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     箱根湯本です







走る人箱根にやってきました。






湯本です。






いい天気です。

ほんとは、こんないい天気の日は

山に登るのが正解なんですが・・・。






残念です。

いまは、登れません。

眺めるだけです。






湯本の駅をおりて、

ぶらぶら歩いていきます。

河鹿荘の前を過ぎると

早川にかかる橋を渡ります。

そこから上流を眺めた景色が

この写真です。







橋を渡ると”そばや・初花”があります。










藪鼻宿ぶらり散歩②

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       勉強堂に注目せよ!










走る人 ポスト発見に気をよくして、

さらに散歩をつづけます。




すると、「勉強堂」という薬局の

看板を見つけました。                                              いいですねえ、「勉強」。




「お勉強」じゃないですよ、念のため。

「勉強」とは、商売上の用語です。

「勉強する」とは、

「まける」という意味です。

商品を売る際、まけるというのは、

正札の価額から値を引くということを

意味します。

「勉強しときますよ、お客さん」と

云う風に使います。






「勉強堂」という店の名前は、昔は

けっこう、あちこちで見かけましたが、

最近は見かけなくなりましたねー。

なつかしさをこめて、いいなあと

思ったのです。ところで、







話は急転、「お勉強」にうつります。






先日、テレビで、「高校生クイズ」なる

ものを見ました。感動的でしたねー。

鹿児島ラ・サールと東大寺学園の決勝。

息づまる延長16回。漢文で決まりました。

ラ・サールの弱点は漢文でしたね。

東大寺にはひとりだけ漢文にめっぽう

強い子がいました。背の低いいちばん左

にいた子です。







その子がリーダーの耳にささやきますと、

リーダーはすぐ答えをボードに書き込み

ます。「しょしょていちょうをきく」。

いっぽう、ラ・サールは首をひねりながら

書きます。「しょうぜん 月光を見る」。







「聞く」と「見る」とはおお違い。

問題は「春眠暁を覚えずの次は何?」

ですから、理屈でかんがえれば、

ねむくて目が開かない状態なら「見る」

じゃなくて「聞く」だろう、と推察できる

のですが…ラ・サールはこの漢詩

を知らなかったようです。

ま、もともと漢文漢詩は、数学みたいに                                理屈で考えるものじゃないのですけどね。








東大寺は正解でしたが、全部ひらがな

というのはいただけませんでした。

「しょしょていちょうをきく」を漢字で書くと

「処処 啼鳥を聞く」です。







これは唐の詩人孟浩然(もうこうねん)の

「春曉」という詩です。全文を書きますと、


春眠不覚暁 春眠(しゅんみん)あかつきを覚えず

処処聞啼鳥 処処 啼鳥を聞く

夜来風雨声 夜来(やらい) 風雨(ふうう)の声

花落知多少 花(はな)おつること知んぬ多少ぞ



春はあさ気持ちがよくて夜が明けたのも

気がつかないくらいだ。あちこちから鳥のさえず

聞こえてくる。ゆうべは雨風の音が激しかったっけ、

花もそうとう散ったことだろう。





とまあこんな風な意味です。

この「春眠暁をおぼえず」というのは,


むかし、と言っても、戦争前から昭和20年前後の

人にとっては、日常会話に使われた言葉でした。





日本人ならだれでも知っていた言葉と言っても

いいでしょう。もちろん、漢詩の全文を知って

いる人は限られたでしょうけど。






漢文漢詩が、「高校生クイズ」の決勝戦に出た

ことと、それが勝敗を決定づけた意味は意外に

大きいと考えます。





今後は、各学校とも、漢文漢詩に重点を置く

ことになるだろうからです。

「格調ある文章」とよく言われます。

これは、漢文と漢詩をよく読んでいる人の

文章をさします。漢文漢詩には、あるリズム

があって、声を出して読むことが大切だと

教えられました。                                               リズムを会得せよ、ということですね。

文章は、意味が伝わればそれでいい、という

ものではない。読む人の胸にひびき、心に

残るものでなければならない、というわけです。

だから漢詩漢文は「格調」を生むために

大切なのです。






 戦前の旧制中学では二年生のときに

これを習ったはずです。私の場合も二年

のとき習いました。

 今でも口をついて出てくるのは、


○春宵一刻値千金                                    

  しゅんしょういっこく、あたいせんきん                                 



○千里鶯啼緑映紅                                            

  せんりうぐいすないて、みどりくれないにえいず


○月落烏啼霜満天

  つきおちからすないて、しもてんにみつ



 などですかね。





 負けたラ・サールのリーダーは医者になる

と言っていました。東大医学部へ進学する

のでしょう。彼はきっと漢文漢詩を必死で

勉強すると思います。いいことですねえ。

 むかし、長崎のシーボルト塾で学んだ                              若き医学生たちは、みな漢文漢詩をよく                                 身につけた人たちでした。その人たちが

みな医者になって、日本の医学の基礎を

作ったのです。

 日本最初の医学校は大阪医学校です。

(いまの大阪大学医学部。)

 ここは「医は仁術」を徹底的に教える伝統

を持っているといわれます。

 



 「医は仁術」は、「医学概論」で教える

のですが、現在、これの専任教授

を置いている大学は、無きに等しいと

30年前に聞きました。


 では現在、これをしっかり教えている                               医大、医学部はあるのでしょうか?

知りたいところです。

 漢文を満足に勉強していない

医者が、「医は仁術」の意味を体得している

とは思えません。






 そういう意味で今回の決勝が漢文の

問題できまったのはすばらしいこと

でした。







「高校生クイズ」も進化しつつあるなあ

というのが今回の感想です。





























藪鼻宿ぶらり散歩

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     家の中にポストがあった!









走る人  藪鼻宿(やぶはなじゅく)とは

 聞いたことない方が多いのでは

 ないでしょうか。





  長後のことです。

  小田急線の。

  ちょうご。

   

   


   むかし、江戸時代に、藪鼻宿と

  呼んだのです。





   ここは大山参りの重要な

  宿場でした。






   その宿場を散歩して、なにか

  面白いものを探そうと思い、綾瀬

  からの帰り道、立ち寄ったのです。





   すると、なんと、家の中にポスト

  がありました。門のところから、

  サクラの木越しにチラと見えたのです。

   

   


   大発見です!                                   

   



   普通の家の中にあるポストと

  いうのはひじょーにめずらしい。

   ただ、

   まったく例外というわけではあり

  ません。







   私も長年、ポスト探しの旅を

  やっていますから、多少の例を

  知っています。

  



   たとえば・・・


   


   鎌倉材木座郵便局の隣りの                                        

  個人宅(庭)にひとつ、                                    

  同じ鎌倉市の植木の

  久成寺の山門の内側にもひとつ、                                       

  小田急線の善行の個人宅の門前                                   

  にひとつ、

  愛媛県の五十崎(いかざき)の

  個人宅の門前にひとつ。

   また、東京・目白の女子大の

  近くの「蔵」というレストランの

  前に、型の古いめずらしいポスト

  が立っています。さらに、東京・本郷

  の東大前の法真寺とその裏手にある

  一葉会館の前にもあります。いずれも

  実用ではなく、飾りとして置かれて

  いるものです。




  




    ポストが大好きな人が、廃棄処分                                

   されたポストをわざわざ買い取って                               

   自分の家の庭に置いたり、門の前に                             

   置いたりしているのです。







    ぶらぶら散歩する、と言いながら、

   私は、じつはこういうめずらしいポスト                             

   を発見する機会をひそかにねらって

   いるのです。                                            

    ただなんとなくぶらぶらするのも                              

   いいもんですが、私の場合は、

   ポスト探しという「隠れた目的」が

   あります。

    収穫ゼロの日は、それこそ、

   <ただなんとなくぶらぶら歩き>の

   醍醐味を満喫したことになるわけで

   どっちにしてもプラスというわけです。






    ともかく、きょうは大収穫でした。

    めでたし、めでたし。

      

  


綾瀬ぶらり散歩③

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      こんなのも泳いでいる









走る人 川の中をのぞいてみると、

ハヤの子でしょうか、小さい魚が

いっぱい泳いでいます。






 ものすごい速さで泳いでいます。

 これをねらってカワセミがやって

くるんですね。






 アヒルも泳いでいます。

 前に一度、カメを見つけたので、

そのカメを探しますが、きょうは

みつかりませんでした。





 この比留川沿いを歩くのは

楽しいものです。

 誰にも会いません。

綾瀬ぶらり散歩②

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      比留川の流れ







走る人その帰り道、比留川(ひるかわ)に

沿った道を歩きました。






どこにでもあるコンクリートの護岸の

ある川です。






この川の面白いところは川床の一部

に甌穴(おうけつ)が見られることです。






甌穴とは、川水の浸食作用によって

川床の岩に無数の穴ができること、

です。岡山県北部の新見(にいみ)

には、かなり大規模な甌穴があり

ます。







きょうは、カワセミが二羽飛んできました。

カワセミを見ると、なぜか幸せな気分に

なります。弾丸のような早さで目の前を

過ぎるとき、一瞬うつくしい瑠璃色が

光りましたよ。







カワセミの余韻にひたっていると、

今度はアオサギが飛んできました。

きょうは、大サービスです。

ついてます。パチパチパチ







綾瀬ぶらり散歩

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     ふと道端に目をやると・・・








走る人 今日は綾瀬を散歩しました。






いつものイタリア料理店は、

 満員のため、入り口のドアの

 前に5人の男たちが待って

 いました。




  近くのチーズ会社の社員たち

 です。






  その中にひとりだけ背の高い

 外国人がいました。背のひくい

 日本人としゃべっていました。

 聞くともなしに聞いていると、英語

 でした。







  長くなりそうだなと思った私は

 大久保商店の方へさきに行こうと

 思い、店から離れました。







  途中の道に五つばかり、ほうずき

 の赤い実をみつけました。雑草の

 中にうずもれているのが哀れでした。







  土手にひとかたまりの赤い花が

 咲いていまして、アゲハがひらひら

 飛んでいました。もう蝶の季節は

 過ぎ去ろうとしています。





  

  大久保商店で豚味噌漬けを買った

 あとで、もう一度さっきの店にもどり

 ますと、もう席が空いていました。

  店内を見渡し、さっきの外国人を

 探しました。

  丹沢の山々が見える一等席を

 かれらは独占していました。





  私は生ハムとキノコのフェットゥチーネ

 を注文しました。ここは手打ちです。

  しばらくして、例の外国人らが席を立ち

 お勘定をすませる様子がみえました。






  店の主人に外国人が声をかけています。

  イタリア語でした。「ものすごく美味しかった

 です」という意味のことを言って店の主人の

 手を握って精一杯笑顔をみせていました。

  彼は、チーズ会社の指導員として、

 イタリアから派遣されてきた人でした。







  彼が「おいしかった」と言ったのはけっして

 お世辞ではない。ほんとにイタリアよりも

 ずっとおいしかったのだと私は思います。

  この店の主人はイタリアのヴェローナで

 修行したのですが、こだわりをもった、ある

 意味で頑固な職人気質です。そういう人は

 イタリアでは少なくなっているのです。