ポストたずねて三千里 -22ページ目

師走の街かど散歩⑦

ポストたずねて三千里                                                                    

         あくまで空は青く・・・





走る人  クリスマスの日、かつての職場の

大先輩を訪ねることにしました。






   かれはいま、特別養護老人ホーム

に入っています。





   入居してすぐ別の同僚が彼を訪ねて

仲間のみんなに現況を報告してくれ、

その時の写真も送ってくれました。





   車椅子の元気な笑顔の写真を見て、

ひと安心したものでした。





   いちど見舞いにいかなくちゃ、と

思いながら家人の入院手術、リハビリと

多忙な毎日に追われ、ついつい見舞いに

行けず仕舞いになっていました。





   クリスマスの日、天気も良く、

そうだ、見舞いに行こう!」

と思い立って出かけたのです。






   特養ホームは明るく、1階のロビーで

ちょうどクリスマス・パーティーが開かれようと

していました。





  3階の部屋を訪れると、彼はベッドに横に

なってスヤスヤ寝息を立てていました。




  しばらく寝顔をながめていました。

  やせ細ってひとまわり小さくなった感じが

しました。








   あのときの写真とはずいぶん

ちがっている。そうとうおとろえたなあ

と感じました。






   かれが目をさましたとき、声をかけました。

   しかし、反応はなく、黙ったままテレビの

画面を見ているだけでした。





   お土産に持ってきた鳩サブレを一枚手に

持たせると彼はむしゃぶりつきました。

   黙って食べ終わると卓上のマグカップへ

手を伸ばしました。カップは空でした。

   私は廊下へ出て、ポットが置かれている

場所へ行き、マグカップにお湯を注ぎました。





   彼はマグカップを大事そうに両手で持ち、

ゆっくりと飲みました。91歳の老人にしては

嚥下不良もなく完全にお湯が飲めるのです。





   その間、かれは私のほうを一度も見ること

なく、終始視線をテレビの画面に向けていました。





  

   私は「ああ、もう私を識別できなくなったのだ」

確信しました。





   口が利けない、ひとりで起きあがれない、

しかし目と耳はたしかで、食事もできるという

状態でした。





   30分後、私は帰ることにしました。

   「また来ますね。元気で頑張ってくださいね」

と、彼の手を握りました。





   そのとき、意外にも彼はまっすぐ私を見て

かすかに笑ったのです。そしてその目には

みるみるうちに涙があふれ出ていました。







   私は直視できず、黙ってドアを閉めまし

たが、心の中で「きてよかった」 思いました。

師走の街かど散歩⑥

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  フェンスの上にとまったユリカモメ






走る人  そうそう、それが正解です。






   ユリカモメがとまるのは

   そこですよ。






   と、言ってあげました。






   天皇陛下がさかな君の名を

   あげてクニマス発見を称える

   ニュースをテレビで見ました。






   クニマスはもともと秋田県の田沢湖

   にいた魚です。

   残念ながらクニマスは70年前に絶滅                               

   しました。






   ところが、さかな君は、クニマスが 

   山梨県の西湖で生きていることを発見

   したのです。うれしいニュースですね。







   天皇陛下がお喜びになるのは

   当然です。






   さかな君は、師匠筋の京都大学の

   中坊先生から頼まれてクニマスの絵を

   描こうとして、西湖からヒメマスをとり

   よせたのでした。






   届いたヒメマスをみたさかな君は

   そのすがたに驚きました。

   黒いのです。

   ヒメマスはこんなに黒くはない。

   これはもしかしたら・・・

   





   さすがです。さかな君。

   その黒い魚こそ、クニマスだった

   のです。





   さかな君から急報を受けた中坊

   先生は独自に西湖から9匹の魚を

   取り寄せました。






   それを遺伝子解析で

   ヒメマスとの交雑種ではなく、

   まちがいなくクニマス

   と認定したのです。






   さかな君の発見。

   中坊先生の追跡調査。

   ふたりともえらい!

   でも天皇陛下は

   さかな君だけ名をあげ

   あとは関係者という

   言葉で

   中坊先生残念! 




   


   なにごとも最初の発見が

   大事なのですよ。

   




   絶滅種の魚が発見されたのは

   始めてのことだそうです。






   環境省はクニマスを絶滅種から

   はずす作業に取り掛かります。







   それを聞いた秋田県の田沢湖の

   みなさんも大喜び。





   みなさんはどれがクニマスで

   どれがヒメマスかはよく知らない

   のかも知れません。

   魚の専門家ではないですからね。





   でもうれしいのです。

   田沢湖の話だからです。

    

 



   仙北市は職員を近く西湖へ派遣

   するそうです。

   さかな君にも面会するそうです。

   







   さかな君はまた「ギョギョです」

   と、おやじギャグを連発することに

   なりそうで、ちと心配ですが、

   それでいいのです。






   仙北市では今日は大きな

   横断幕をかかげてクリスマスを

   お祝いすることになるでしょう。

    




  

   さかな君の親父ギャグに負けずに

   「メリー・クニマス!」








    

師走の街かど散歩⑤

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     川沿いの道にユリカモメが・・







走る人  川沿いの道を歩いていましたら、

一羽のユリカモメを見ました。







   大勢のハトにつられて自分も

ハトになった気分で地面をあるいきま

わっているのかな、と思いました。






   あまり地面におりない鳥だと

思っていましたから、ちょっとヘンな

鳥だなとカメラを向けました。






   カメラはきらいらしく、どんどん

遠くへ行ってしまいに飛びたって

川べりのフェンスの上に止まり

ました。

師走の街かど散歩④

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       廃家の庭のサザンカ








走る人  廃屋の庭の花が満開です。





   

   いまごろ咲く花はサザンカ

だろうと思います。






   すこし色が淡いですから、

品種は「シウンダイ・紫雲台」でしょうか。






   家の主はいまはもういないのに、

庭のサザンカはことしも見事な花を

咲かせました。





   なんだか、けなげですね。

 

  



   菅原道真が大宰府で、

自分の家の梅が、

季節を忘れずに

ちゃんと花を咲かせるよう

祈って詠んだ歌を

思い出しますね。






   

師走の街かど散歩③

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        故郷の廃家






走る人  年末の一日。

   もう何回かカメラにおさめた

廃屋をもう一度訪ねました。






   



   廃屋は、家のまわりの雑物

が取り払われて、

すこしきれいになった

ようです。





  



   しかし、屋根の一部ははがれ、

建物の外壁も

雨と風にさらされて

前より痛んでいるように見えます。






  



   庭に一本のサザンカの木があって、

ちょうどいま、 

花が咲いているのが見えます。


師走の街かど散歩②

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       遊行僧の行列の絵





走る人 年末の一日、坊さんが一列になって

歩いている絵を見ました。






  やはり、近くに遊行寺があるから

でしょうかね。






  東京電力の変圧器のカバーに

描いた人はだれだかわかりません

でした。






  今日はクリスマス・イブです。

  ケーキ屋さん、パン屋さんの店先

では、サンタクロースの衣装を着た

お姉さんが大声でクリスマス・ケーキ

を買ってくださいと叫んでいました。







  昔は、不二家のペコちゃんの店先

だけがクリスマス・ケーキの専門一手

販売でしたが、いまでは、有名無名の

ケーキ屋さんが同じようなケーキを

作っています。







  お味はいかがでしょうか?

  







  

師走の街かど散歩

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       遊行の僧が歩いている






走る人  年末の一日、町を歩いていると、

異様なものを発見しました。








   お坊さんが拝みながら歩いて

いる絵です。







   その絵はプロの絵描きが描いた

ものではありませんでした。







   子供が描いたのか?あるいは

大人がわざと”へたうま”に描いたのか?






   みょうな絵です。






   なぜここに坊さんがいるのか?






   なぜ歩きながら拝んでいるのか?






   ひょっとしたら、これは遊行僧か?






   とにかく非常に気になる絵です。





   描かれているのは歩道の片隅に

  ある東京電力の変電器のケース

  です。





   いつもは、だれも気がつかない

  歩道の片隅に、ひっそりたたずむ

  灰色の金属の箱ですが・・・






   妙な坊さんが歩いていると、

   妙に、気になります。





   この坊さん手がありません。

   かくしているのか?




   はだしです。

   




   ヘンな坊さんです。

静かな冬の日

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      犬の鼻さきにとまった蝶






走る人 クリスマス・ソングが流れる町

を歩いていたら、一匹の犬を見た。






 自転車が乱雑に置かれた店先に

座っている犬を見た。






 クリスマス・ソングは楽しげなのに

犬は悲しげな顔をしていた。





 「なにが悲しいのですか?」





 鼻の先にとまった蝶は犬に

尋ねた。





 犬はその問いに答えなかった。






 『ああ智恵は かかる静かな冬の日に

  それはふと思いがけない時に来る・・』

  

開戦記念日

ポストたずねて三千里





走る人おそくなりました。

  あと5分ほどで12月8日が過ぎ去ります。

  





  きょうは、戦争を始めた日です。






  日本中が湧きかえった日です。






  日本がアメリカのハワイの真珠湾を

 攻撃した日です。





  少なくとも、この瞬間は日本の大勝利

でした。





  しかし、日本海軍の暗号はすべて

アメリカ側に解読されていました。

 




  日本側はそのことに終戦まできづかなかった

のです。





  お人よしというか傲慢というか、

もしこれが敵側に知られたら、という考え方が

まったくなかったというのです。





 いま、その反省が活かされなければ

敗戦の意味がなくなるというのに、





 政府も、企業も、ひょっとしたら

日本の軍隊(自衛隊のこと)も、

同じあやまちを犯しつづけているのでは

ないか?





 そんな危惧をいだかざるをえない

今日この頃です。

 




 12月8日をわたしたちは

「じゅうにがつ ようか」と呼びます。

このことばを聞くと、

軍艦マーチが耳によみがえります。

  

横浜ぶらり散歩⑧

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        横浜市開港記念会館





走る人  “ジャックの塔”で有名な

開港記念会館は、およそ100年前

の1917年、つまり大正6年に、

横浜開港50周年を記念して建てられ

ました。






 設計者は山田七五郎です。






 ジャックの塔の方に玄関がついて

いますが、このドームの方は建物の

後ろ側にあたります。





 なぜドームの方を取り上げたかと

いうと、旧・横浜正金銀行北京支店

の建物のドームがこれとそっくりだから

です。





 私がそれに気付いたのは、藤森照信と

増田彰久共著の「建築探偵神出鬼没」

(朝日文庫)で写真を見たからです。                                              






 旧・横浜正金銀行北京支店は、明治

43年、妻木頼黄の設計で建てられました。





 横浜開港記念会館との違いはドームの                                 すその飾り柱くらいで、全体の印象は                                       そっくりといっていいくらい似ています。





 北京の方はこの本が書かれたころ(1997

年頃)は、ドームに人が住んでいて、大金庫

室では野菜の炒め物かなにかをしていた                                      らしいです。                                             





 残念なことに、再開発のため、近く取り壊さ                                れる予定だということでした。                                          

 だから今北京へ行っても、見られないかも

知れません。

 




 北京の建物を案内してくれた中国人の

張さんは、玄関を入ったところの壁の礎石

に刻まれた文字が「1910年・・」だけを残して

すべて削り取られているのを見て、沈黙

したそうです。






 なにが書いてあったかは想像するしか

ないのですが、中国人にとって面白くない                                ことが書かれていたのでしょう。






 旧英国領事館の境界石も削り取られて

いたといいますから、似たような事情で

中国政府が中国人に見せたくないもの

だったのでしょう。






 自分の国の中に他国の人が入ってきて

勝手に建物を建て、それを記念する文言を

記したりするのを見たら、不愉快になります。





 いまでは、日本国内のいたるところで、

中国人が土地を買い占め、建物を建て、

日本人は不愉快な思いをしています。

 飲み水の水源地の森林を買い占めて

いると聞くと、不愉快を通り越して、恐怖

すら感じます。





 中国人はかつて日本人がやったことを

やり返しているのでしょうか。

 そんな歴史は知らずに、ただ金儲けの

ためだけで土地買収をやっているのでしょうか。

 日本がかつてやったことには、極東から

欧米の権益を一掃して、アジア人だけの

共栄圏を作るという一種の理想がありました。






 事実、さきの大戦のあと、中国をはじめ

東南アジア諸国はあいついで独立を果たし

ました。





 中国を統一した毛沢東は日本に感謝して

います。だから、いまの中国人の日本買収

とは次元がまったく異なるのです。

 日本がかつて描いた大東亜共栄圏の夢は

皮肉にも、不完全ではあるにしても、

実現したといえます。

 





 

 先日爆笑問題の「爆学爆問」を見て

いたら、早稲田の中国問題にくわしい

先生が言っていました。






  「中国人は権威を重んじる。それが

メンツを重んじる精神につながるのだ」と。






  横浜正金銀行北京支店の建物の

礎石には中国人のメンツを傷つける

何かが書いてあったのだということが

いえると思います。