こんにちは

メンタルコーチ 五閑 智子です。

ワールドカップ始まりましたね。

高校生の時に、

Jリーグが始まり、

サッカーを観るのが、好きになり、

ワールドカップを見るのを、

楽しみにしています。

スペイン×ポルトガル戦、

ロナウドが凄すぎて、興奮しました。

人の気持ちを熱狂させる、

素晴らしいスポーツだと思います。







話しはそれましたが、

ただ今、マイヒストリーを綴っています。

もし、よろしければお付き合いください。




本日の自己紹介は、

【青春期】

私立高校に入学後、

友達が出来て、

新しい世界が広がります。

梅田や、三宮に行く様になりました。

4人兄弟で、節約家庭で育った私には、

キラキラして、魅力的な世界でした。

お化粧をして、ヒールを履いて、

違う自分になって出かける。

お友達は、私をイジメられてたと子

として接するのではなく、

友達として接してくれる。

新しい世界に、夢中になっていきました。

そうすると、

必然的に帰りが遅くなっていく。

父が、また烈火のごとく怒り、

鉄拳制裁。

母は、真面目に生きるのが何よりも

大切な人なので、

親の言う事を逆らったり、

お化粧をする私が理解出来なくて、

小言の嵐でした。

1980年代は、

お化粧をする高校生は珍しく、

両親のお化粧する女子高生のイメージは、

不良でした。 

いわゆるヤンキーですね。

当時、

金八先生や、積木くずしと言った

ドラマが大流行しました。

お化粧をして、

服装げ派手になり、

帰りが遅くなった私を、

両親は、非常に心配して、

ことあるごとに、

説教する様になっていきました。

成績は良かったので、

附属の短期大学に推薦が決まり、

晴れて短大生となりました。




当時は、

 大学より短期大学に進む方が多く

短期大学に入学した後は、

お勤めして、結婚すると言うのが

女性が幸せになる道だと考えられていました。

私も短期大学に入学して、

ちょっと勤めて結婚しようと、

お気楽に考えていました。

なので、

短大生活は、勉強もせず、  

遊ぶことに没頭していました。


(短期大学にて)


当時は、バブル経済真っ盛り、

ワンレン、ボディコン、スーツが大流行。

マハラジャや、キング&クイーンと言う、

ディスコにドレスアップして、

行くのがカッコイイとされていました。

夜の世界は、刺激が強く、

私もドンドン派手になって行きました。

学校にも派手な子がたくさんいました。

色とりどりのスーツを来た子がいたり、

毛皮にレギンスと言う、

謎のファッションが流行っていて、

勉学を学ぶ場なのに、

なぜ、そんな格好をして、

学校に行っていたのか、

今思えば、理解に苦しみます(笑)






短大に通い、

益々派手になっていくのと同時に

比例していく様に調子に乗っていきました。

そんな私を、父は心配して、

理由も聞かずに怒るので、

父のことが、大嫌いになり、

高校から、10年ほどほぼ口を聞きませんでした。

何かあると、鉄拳制裁をする父が憎くて、

老人になって、動けなくなったら、

復讐してやると固く心に誓っていました。

暴力で、人の気持ちは動かせない。

殴りたいだけ、殴ればいいと思っていました。

今思えば、口ベタな父が私のことを、

心配で、心配でたまらなく、

伝え方を知らなかったばかりの行動だと、

わかりますが、

当時は、自分の気を晴らすための行動

としか思えませんでした。

父も、母も、兄弟も認めてくれる人はいない。

認めてくれる人は、友達だけ。

遊んでいる時は、

イヤなことを忘れられる。

その状況が、

一層遊びに拍車をかけて行った様に思います。

両親は、自分の思い描く子どもに育って欲しい

と願っていただけだと思います。

しかし私からすると、

ありのままの私を認めてくれず、

条件にそぐわなければ、

認めない両親を、

当時は理解することが出来ませんでした。

短大を卒業して、

会社に入社するとら

自由になるお金が出来ると、

一層、家に寄り付かない様になりました。


(入社後、新人社員歓迎会にて)

派手な服装をしていますが、

今振り返ると、弱い自分を隠す為に、

髪型と服装で、武装していました。

今、見るとお笑いですが、

当時は、この服装も髪型も、

カッコいいと、思ってやっていたんです(笑)




虚勢を張った自分を無理して演じていたので、

恋愛になり、

付き合いが深くなると、

少しずつ、

底に隠れていた自分が出て来ます。

カッコイイ女性を演じていたけれど、

潜在意識は、

人に嫌われたらどうしよう。

こんな私でも好きになってくれるのかな?

と言う気持ちがあるので、

依存傾向にありました。

そして、自分がないので、

尽くして、相手に重たく思われる。

そんな恋愛を繰り返していました。

潜在意識にすりこまれた意識

イコール

思考が現実となっていたのです。




29歳の時に、

初めて結婚を意識して付き合った彼

出来ました。

15歳も年上の方だったので、

大丈夫だろうと、

タカをくくっていたら、

30歳になった時に振られてしまいました。

30歳になって、振られてしまったことは、

非常にショックでした。

やっと親を安心させることが出来る、

認めてもらえると思ってたいただけに、

しばらく立ち直れませんでした。

今、振り返ると、

うまくいかなかった原因がわかりますが、

当時は全くわかりませんでした。

30歳で振られたことがショックで、

次に付き合う人は、

慎重になろうと思い、

付き合いたいタイプの人を、

真剣に考える様になりました。

いい加減な自分を捨て、

自分に向き合い、

孤独と向き合うことで、

今の主人と出逢うことが出来ました。

振られた私を心配して、

慰めてくれる両親に、

愛情を感じて、

徐々に、父親との関係は改善されていきました。

主人は、ありのままの私を受け止めてくれて、

初めて心からの安らぎを感じました。


主人と付き合うことで、

表情も柔らかくなり、

幸せいっぱいな日々を過ごせる様になりました。

順調にお付き合いが進み、

結婚して、子どもが生まれ、

なんて幸せな日々なんだろうと思っていたら、

母親との確執、

子育てが、うまくいかない日々が始まりました。

続きは、また明日。

長文お付き合い下さり

ありがとうございました。

ご来訪お待ちしています。