こんばんは

メンタルコーチ 五閑 智子です。

昨日から、

メンタルコーチになるまでの、

マイヒストリーを書いてます。

もし良かったら、

お読みください。


①自己紹介

②【幼少期編】

結婚、妊娠したことをキッカケに、

25キロ太ってしまった私ですが

中学生までは、ガリガリでした。


白いご飯、お豆腐、麺類がキライ。

オカズが大好きな少女でした。

今、思えば糖質制限を、

知らぬ間にしていた様です。

そりゃ、痩せるよね。

少食の上、

身体も弱い私は、

常に病院に通っていた様です。

そして、一歳を過ぎたころに、

川崎病にかかり、

命の危機が訪れていた様です。

おかげ様で、後遺症が残らず、

危機を乗り越えました。

病弱だった私は、

3番目に生まれた、

初の女の子と言うことで、

両親に、大層可愛いがられました。

兄が、二人いるのですが、

私が、親から一番愛されてれてる。

親は、私の言うことなら、

何でも聞くと思っていました。

今思えば、何てイケスカない子供だったんだと、

思います。

実際、次兄からは、

ワガママ放題の妹が、

キライだったと、

大人になってから、

次兄から聞きました。

おまけに、

夜遅くまで起きて、

朝はぐっすり寝る。

そんな、生活を送っていたので、

幼稚園、小学校共に、

遅刻したり、休みがち。

自分で言うのは、なんですが、

随分な子供だったと思います。



(昭和感たっぷりですね)

しかし、そんな生活も長くは続かず、

小学二年生の時に、

弟が生まれたことで、

一気に崩れます。

身体が弱いことを言いことに、

全てを母にして貰っていた私は、

弟が生まれたことで、

自分のことは、

自分でしなければならなくなりました。

それまで、全てをして貰っていた私は、

当然、

何も出来ず、

学校生活もどんどん居ずらくなりました。

マイペースで、行動も遅く、

自分のことは、

あまり出来ない。

お友達からも、

悪口を言われる様になりました。

そうなると、不安が出て来て、

気づくと、腹痛がよく起こる様になりました。

ある日、

お腹が痛くて、学校をお休みすると、

とても気持ちの良い一日を、

過ごせることに気づき、

どんどんお休みする日が増えて行きました。

体温計を、こすって温度をあげたり、

お腹が痛いと言う、

仮病を使っていた私は、

等々、学校に行かない選択をしました。

1ケ月〜2ケ月ほど、

学校には行けませんでした。

その当時の記憶は、

ほとんどなく、抜け落ちています。

人間、キャパを超えると忘れる様に

出来ているのですね。

両親と、学校の先生の連携のおかげで、

その後学校に行ける様になりましたが、

長期間、学校を休んでいたので、

勉強が全くわからなくなっていました。

学校には、行ける様になったけれど、

勉強がわからない。

ワンテンポ遅れる。

そんな、私はいつもビクビクしながら、

学校生活を過ごしていました。

弟は、とっても可愛いけれど、

両親の愛情は、弟に一極集中。

愛情は、移り変わるんだと、

学んだ小学生時代でした。

しかし、良いこともありました。

学校に行けなかったことで、

このままでは、イケナイ。

自分のことは、

自分で出来る様になろうと思えました。

今、思えは、

神さまは、サインをところどころで、

だしてくれていました。

サインに気づかないばかり、

不登校と言う経験をしましたが、

不登校のおかげで、

たくさんの気づきを得られました。

味わいたくない経験でしたが、

経験したおかげで、

様々なことに気づけました。

子供をもって、

失敗する経験はいらない。

成功体験だけさせて、

目標に一気にすすませ様と思っていましたが、

失敗することで得られる経験。

経験は、何事にも変えられない宝で、

大きな学びを得ることが出来る。

次に活かすことが出来る。

自分自身のタイムラインを

歩くことで、

気づけた想いです。

大人になると、

失敗することを、

恐れる様になるけれど、

失敗は、成功の母。

今はその信念を持って、

子育てしています。

長くなりましたが、

幼少期編は、ここまで。

長文をお読み頂きありがとうございました。

明日は、

中高生時代について書きます。

明日も、ご来訪お待ちしています。