ここは、

愛媛県の松山です。


松山には、

伊予鉄『松山市駅』とJR『松山駅』があり

ふたつは少し離れた場所にあります。


賑やかな繁華街は、伊予鉄『松山市駅』周辺に広がっています。

いよてつ高島屋


当時、松山には

『会社を蘇らせる再建王』『映画王』『造船王』『新聞王』『四国の大将』など、いろいろな呼び名を持った経済界のスーパースター『坪内壽雄氏』がいたのです。


坪内壽雄翁顕彰碑


私がぶらりと松山に立ち寄った

時期は


福田和子事件(松山ホステス殺害事件)

が、まさに起きたその時なのです。


福田和子事件とは


1982年8月、

同僚ホステスを殺害した福田和子は、

顔の整形や偽名を駆使して日本全国を約15年逃げ回り控訴時効成立まで、わずか21日前に逮捕された事件です。


さて今回は

日本一『封切りの早い』映画館を出た後から始まります。


時間はちょうど夕食時になり、

ニ番町通りを歩いていると、神戸の中華料理店とは少し趣は違うのですが、松山で一番だと言う中華料理店があったので入ってみました。


私は食べ物に対しては

『子供の口』で、おまけに『下戸』と来ているので、

食べ物やお酒に関しての論評には不向きでございますのであしからず。


下戸といっても一応は大人、ビールを頼んでコップ一杯だけ飲んで顔真っ赤っかにして、


最後に『豚まん』を2人前包んでとお願いしたら



『豚まん』てなぁに?


と、一流中華料理店で言われ


びっくらこいて椅子からひっくり返りそうになりました。


コンビニの普及した今では『肉まん』『あんまん』などと共に全国的に有名になりましたが


1980年当時、

『豚まん』は関西エリアだけの食べ物で、全国区ではなかったのを知ったショックは、かなりのもので『井の中の蛙大海を知らず』という言葉が、

頭の中を駆け抜けていきました。



『豚まん』について一言


生粋の神戸子は、ご飯と一緒に『豚まん』は食べません。


もし中華料理店で『豚まん』を食べるときは、最後にデザートとして食します。


だから、私はホテルに持って帰って食べるつもりで2人前包んで欲しいと注文したのです。


『お好み焼き』にご飯、『焼きそば』にもご飯、何なら『たこ焼き』もご飯を食べながら『たこパ』を開く土地柄なのに不思議だと思うでしょうが


『豚まん』は『おやつ』だからご飯とは一緒に食べないのです。


神戸では、

たとえ1人で経営している中華屋さんでも、そのお店自慢の『豚まん』があるほどで『豚まん』を置いていない店を探す方が難しい位です。

『豚まんくん』


次回は

四国最大のネオン街『ニ番町』のお話です。


『ニ番町』は五木ひろしが、

松山の夜の街を歌ってる

『夜明けのブルース』にも出てきます。