男が興奮する女たちは、肌の質とシェープが全て。 | ニューヨークと東京に暮らす変な経営者のひとりごと

ニューヨークと東京に暮らす変な経営者のひとりごと

(旧タイトル、NYと六本木ヒルズに住む経営者のひとりごと) 
ニューヨークと東京で会社を経営してます。 NYがベースで、年間10回以上、NYー東京間を往復しています。 アメリカ生活が30年以上になるので、日本にいると沢山の驚きがあります。そんな驚きを綴っています。

お尻を眺めていた若者を見て。 

内面のことは語っておりません。 外見のことを中心に考察。
以下、大人の投稿であって読む人のdiscretion を要求します。あくまでも、エンターテイメントの範疇で記載したものであり、現実の社会とは異なる可能性もあります。一冊の本が書ける内容を凝縮しました。違和感を感じたら読まないでください。 

リビドーについて。

いつになれば、リビドーは絶えるのだろうか。

パーキングを出てからすぐに、イスパニックの小太りの女性が歩いていた。 

尻が異常にでかく、尻から、マシュマロマンのように肉が足首まで順に段々畑の如く10センチおきに締まり腰から下が逆三角形になった女性だった。

小生は、その体型、スタイル、シェープに対して、なんらリビドーを感じるものはなかったが、なにかの配達をしていたイスパニックの若い男性の目が貼り付けになっていた。 小太り尻から足にかけて凝視していた。

女性を見るより、その男性の目を追っているのが楽しかった。 

荷物を持つ手が危うい状態であった。

アメリカ人の場合は、自分のタイプの女性とすれ違うと、180度振り返って、その女性が自分の視界から見えなくなるまで凝視し続ける。 

非常に露骨であり、単純であり、わかりやすい人種である。

男性にとって、女性の顔はもちろんではあるが、足、胸、尻、腰のくびれ、そして、その大きさと形とバランスは非常に重要であると考えられる。 

フライフィッシングにおいては、フライのSize, Color, Shape と、Presentation のすべてがマッチしないと魚は食いつかない。 

男女間に於いても、非常に類似点が見つかった。 

リビドーを引き出すSize, Shape and Color とプレゼンテーションは、男女個人によって、千差万別である。

さらに、歩き方は、プレゼンテーションであり、履きなれないハイヒールを履いたロボットみたいな歩き方は見ていて、こちらが恥ずかしくなる。

 

それならハイヒールを履かないで欲しい。 

 

ハイヒールで変形した女性の足、タコだらけの足裏を見たら、ショックであり、Turn off であるのは間違いない。

六本木ヒルズに住んでいた時代に、屋上で、だれかが愛人の歩き方研修をしていたのを思い出す。

小生も、まだ男性ホルモンが正常に動いていると思えるので、エグゼクティブのふりをしている関係上、露骨に女性の胸、足、腰のくびれ、尻を凝視することはない。 

ジェントルマンズルールとしてショルダールールShoulder rule というものがある。

女性と二人で食事をしたり、話をする時は、ショルダーから上しか見ては行けないという法則である。

つまり、胸より下をみると、例えば胸の谷間を凝視する等、女性を性的な存在それも変態的な存在として見ていると誤解されるからである。

実際は誤解ではなく本能なのではあるが笑。 

小生は百貫デブ系やマッチ棒系にはリビドーが反応しない。

デブ専の男性もいるのは事実ではある。

閉経の後は女性は体型が崩れずんどう型になる。

 

東北のずんどうもちは美味いが、ずんどう体型に興味を持つ若手男性はいないだろう。それは変態である。  

 

女性は年齢的に子育てが終わると体型がどんどん退化していくのである。 つまり胴回りにくびれがなくなり、男性も同じだが、浮き輪がつく。 

 

男性も女性も20歳を超えると、暴飲暴食を続け不適切な生活をしていると身体が極度に劣化していく。 

 

特に男性はムダ毛の処理をしない限り、40歳を超えるとトッポジージョのヒゲのような眉毛とハナモゲラ鼻毛、顔剃りをしないとあちこちからムダ毛が伸び始める。50代になると耳毛が出てくる人が多いらしい。 幸いにも小生は耳毛はない。

 

男性と女性の違いが60歳ぐらいになるとほぼなくなる。その頃には男性もホルモンが枯渇して、リビドーは最小となるのかもしれない。

 

男女共に手入れを怠ると恐ろしい体型、様相になって行く。 

 


80歳でもリビドーが敏感でエンハンスされて20ー30代を抱いている現役スーパーリッチ経営者のおじいさんに何人もお会いしたことがある。男性ホルモンが動いている間は仕事もできる人も多いのだろう。 

小生は、50代ではあるが、女性に対してリビドーが敏感に反応するように思える。 ただの変態のおっさんのコメントとして聞き流してもらえればいい。 

一番重要なのは、肌の質である。 潤い、滑らかさ、ハリの良さ、弾力、血色の良い肌に惚れてしまう。 肌が荒れている女性にはリビドーが働かない。手入れがされてなく不健康に見えるからだ。
 
腰のくびれも重要であるが、それよりも足のひざ下は足首がくびれているシェープにビビッと反応し、今日のイスパニックのお兄さんのように凝視してしまうこともあるのは事実ではある。 

女性の足を見て興奮しない男性は男性ではない。 

車もモーターサイクルも何が異なるかと言うと、シェープが重要である。
 

エンジンなど大差ない。ピンとこないデザインの車に乗らないのと一緒で、女性に対しても、うなじ、バスト、腰、尻、足のシェープが重要に思える。 
 
男の頭の中の97%は、仕事をしている時も女性のことを考えている。 パソコンの向こうを若い女性がミニスカートスタイルで通ったら、視線はそっちに行って仕事どころではないのが普通の男性脳である。 
 



頭の中で妄想するのは自由である。 

ただ、物理的に凝視するときは、時と場合を考慮して行動するのがいい。 

マンハッタンの男性たちのように、ストレートに表現ができるのは羨ましい限りではある。 

女性は見られる存在でい続けるのも、努力が必要である。 

女性は女性であることを諦めたら、おっさんになる。 

おっさんになった女性は女性ではなく、やはりおっさんなのだ。
 

人類学的に言うと、子孫を残すために、男性が求める女性像は、健康で元気な赤子を産めるであろう層であるから、10代の後半から30代前半までにしか興味を持っては行けないようにDNAではセットされている。しかし、昨今では前頭葉が発達し、それを超える女性を求める場合もマニアックではなくなってきた。ただし、それはリプロダクションの目的ではなく、単なるリビドーのエンハンスメントにしか過ぎないのも現実である。  

ホモサピエンスの数万年の歴史上、寿命がここ数十年で倍になってきている現代社会では過去の常識が通用しなくなってきている。

有名な経営者の登竜門錦之助氏の意見であるが、これは反論もあるかもしれないが、、、日本では認められた経営者の話なので紹介する。

人生50年時代だった常識と人生100年時代の常識は違って当たり前であると言う。 人は、家だけで食べるのでなく、外食する。つまり、外で食べればいいのである。 

小生の周りを見ても、現実にそうだが、あんたとやってられへんわ。と言って子育てが一段落ついた妻たちが夫達から去っていくのである。

または去らずにも、外食と同じ行為をしているのが現状である。
 

秘書との雑談ではあるが、ステファニーは言った。

人生50年で死んでるんだったら、旦那一人でいいかもしれませんが、今の人生80歳も90歳にもなると、結婚して50年も同じ人だけといるなんてあり得ないですよね。

そう言う理論も成り立つな。 確かに、人生50年時代ではなく、人生100年の新しい概念、常識の変化に基づく法律の改定も必要になるかもな。

 
リビドーを素直に受け止め、法律範囲内の行動をしよう。

 

内面のことで男性の立場から少し言うと、不平不満女、苦情女、同情型エネルギー泥棒女、ややこしい女、めんどくさい女、しつこい女、反抗的な女、貧乏波動のする女、否定的な女、サイコパス系女とは接してはいけない。