2006年日本法人設立。
2014年法人閉鎖。
2006年から3年間で
1億5000万円の赤字を計上。
東京オフィスのスタートは
このオフィスビルディングからでした。
20平米に月1,000,000円。
良い思い出ばかりがあります。
睾丸パワーが働いていたからこそ
成し得た功績と失敗です。笑
金沢でお正月を迎えました。
ありがたいです。
京都木原病院で頚椎手術を受けた秋山映画監督が制作、
横田慎太郎の生き様、活動写真、栄光のバックホーム を観て。
輪島で震災に遭い、金沢に疎開している友人が
急遽、輪島へ弔いの儀式に行くことになり、
夕方が空いてしまいました。
ちょうど時間があったので仕事をして、
夜は木原先生から聞いた活動写真を観てみることにしました。
これも何かの縁です。
【ストーリー】
2013年、阪神タイガースにドラフト2位指名され、翌年からプロ野球界でプレーした、横田慎太郎選手。若きホープとして将来を期待されるも、21歳で脳腫瘍を発症。引退を余儀なくされた彼が最後の試合で魅せた“感動のラストプレー”は、野球ファンのみならず、多くの人々の心に今なお、深く刻み込まれている。その一球に込められたドラマを描いた横田選手の自著「奇跡のバックホーム」と、彼が2023年に28歳でその生涯を閉じるまで、母・まなみさんら家族と共に闘い続けた人生の軌跡を描いたノンフィクション「栄光のバックホーム横田慎太郎、永遠の背番号24」を映画化。野球を愛し、野球に生きた横田選手と、彼を優しく見守り支え続けてきた母・まなみさんの姿が、観る者の心を打つ感動の《実話》。
| 【公開日】 | 2025年11月28日 |
|---|---|
| 【上映時間】 | 135分 |
| 【配給】 | ギャガ |
| 【監督】 | 秋山純 |
【出演】 | 松谷鷹也/鈴木京香/前田拳太郎/伊原六花/山崎紘菜/草川拓弥/萩原聖人/上地雄輔/古田新太/加藤雅也/小澤征悦/嘉島陸/小貫莉奈/長内映里香/長江健次/ふとがね金太/平泉成/田中健/佐藤浩市/大森南朋/柄本明/高橋克典 ほか![]() |
京都木原病院の木原院長より、コメントをもらいました。
横田慎太郎さんの生き様は、
日々淡々と生活してる私たちに、改めて健康で生かされてることへのありがたさやそれが幸せの本質であることを実感させられます。
映画を観終わったとき、そのことに感謝と喜びそして横田慎太郎さんへの悲しみで胸がいっぱいになり、自然と涙が溢れてきます!
是非、1人でも多くの方々に観ていただきたいと思います。
感動の映画です。
是非ご覧ください!
皆さんで観ていただけると
嬉しいです。
エンドロールに
京都木原病院も出てます!!
左、秋山監督。
金沢のイオン活動写真館で観てきました。
野球に全く興味のないわしが観ても、
何らかの感動を与えてくれる映画でした。
野球はどうでもいいけど、まず、
球団が阪神というのも
阪神電車がなんで球団なんだろうと
思うところから入っているわけであり、
野球談には触れることはできません。
社会常識がないというより、
アメリカでは一部の人だけが野球に興味があり、
富裕層のアメリカ人は
全く興味を持っていない傾向があります。
40年間近くのアメリカ生活を通して
日本のように野球、球団を語ることは
一度もなかったです。
わしが、ただ単に興味がないだけですけど笑。
興味がないだけでなく、覚えようとする努力はしないし、
無駄な情報をメモリーとして残さず抹消しているに
過ぎないだけかもしれません。
ここまで書くと、
吾輩がいかにアンチベースボールかがわかるでしょ。
その麿が、この活動は見る価値があるで。
と伝えたいぐらいに感動しました。
野球というより、ドキュメンタリーで、
横田さんという人がいて、若くして亡くなっている
そのドラマが生きるとは何かを考えさせる活動写真でした。
人はいつか必ず朽ちます。
例外はありません。
そのことを再認識させてくれる活動写真ですね。
内容で一切女性とのインタラクションがないので、
このストーリーが本当なら
童貞のまま死んでいったのかとも取れる内容であったので、
その部分はご本人にお聞きしたいところです。
20代は射精したくてたまらない年齢層で、
野球に専念している方々はSuppressive な環境で
修行をされるのだと知りました。
やりたい放題やっている男性は、
女性を穴としてしかみていません。
そのような射精族の種族には
理解のできない世界に生きているのですね。
視聴者は一番知りたい部分であり
本当に女っけがないのであれば、
その部分が可哀想な現実なのだとも悟りました。
人にはそれぞれのドラマがあり
自分の道を進みます。
他人の道は進めません。
あなたはあなたのドラマをどうしたいですか。
を問いかけるお話ですね。
わしがいつも言ってることやん。
もしかして、わしのブログ、
人生に迷った人にガイダンスを与える
いいブログなのかもしれないねw笑。
やるかやらんかはあんた次第。
人生にはチョイスがあるんだけど、
大概の人は惰性で生きる。
1割の釣り人が9割の魚を釣る。
9割の釣り人は残りの1割の魚を追いかける。
9割の女性(男性)を1割の男性(女性)が持っていく。
WInner take it all.
世の中には、Winner か、Loser しか存在しない。
反論のある人は吾輩のブログを読まないでください。
勝ちたかったら、動けよ。
ですね。
活動写真とは、
カリフォルニア州の親戚が言っていた言葉です。
昭和初期の人でした。
活動写真を観て、人生の選択をしよう。

大睾丸陰茎ノ助氏。
人生論を語り合った日々だった。
今日初めて知ったのが、
わしが留学から帰ってきた後
宿泊するところもなく、
大睾丸陰茎ノ助氏の家に
3ヶ月間居候をしたそうだ。
記憶から飛んでいて失礼をしてしまった。
なぜか、
20代の記憶が飛んでるんだよね。
アルツハイマーじゃない証拠か?笑
認知症は子供の頃の記憶は残る。
わしは若い頃の記憶があまりない。
記憶があるのは、過去20年。
楽しかった日々の記憶しかない。
日本に法人を作ろうと決意をした頃
ホテル生活、六本木ヒルズ3年間
麻布3年間、白金高輪2年間の生活、
最近までの記憶が1番残っている。
記録に残しているからかもしれない。
特に、ブログを2009年にスタートしてからは
シープなメモリーが
オンライン上に記載されているから
いつでも読み返せばいいのだ。笑
皆さんにもブログを掲載するのをお勧めする。
人間の記憶なんて
本当に危ういものだ。
さて、
その3ヶ月の間6畳2間のアパートで
男2人で生活したわけだけど、
当然、その頃は
性的欲望も激しかったと思う。
当時、アメリカから帰国したばかりで
彼女もいなかった。
その間、大阪の日通ビルで
大睾丸陰茎ノ助氏の紹介で
日本コンピューターの
データバックアップテープ処理の
アルバイトをしていた。
当時のアルバイト先の大阪の
日通ビルの階段セクションには
各フロアに痰壷が設置されていた。
あの時代は痰を吐くのが一般的慣習となっていて、
どこにでも吐かれては汚いので、
痰壺があったのだ。
すごい時代や。
当時、大睾丸氏には
住居もお世話になっていたのだ。
どのように手コキしたんだろうね!
と大笑い😆
多分、時間差で
自家発電をしていたのだと思う。
そういえば、有安は俺の家に来て
目の前で手コキしよった。
と大睾丸陰茎ノ助氏は語った。
わしは、
そのようなことを奥様の前で、
平気で話をする常識のない経営者なのだ。笑
歳をとっても、
昔の友人と話す時は
その頃の俺たちに戻る。
旧友との縁はありがたい。
Conflict of interest
利益相反のない関係は尊い。
輪島で2年前に震災にあって、
大睾丸陰茎ノ助氏は家を含め全てを失った。
ある日、突然、全てを失うなんて
考えただけでも、恐ろしい。
そのような人生のまさかが
誰にでも起きることを再認識した。
歳をとれば、取るほど
接する人間が減ってくる。
本当に縁ある人だけが残るような気がする。
わが人生において、
どこかで交差してくれた人、
一緒にJourneyをしてくれた人に感謝やな。


























































