2015年世界レコード産業の実績 | ポップ・ミュージックのトリコ

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流行音楽を聴きながら、人生を音楽で豊かにしたいと願う、私的でミーハーなブログです。

今年も例年通りIFPI(国際レコード産業連盟)が発表した世界レコード産業の売上実績を取り上げます。
2015年の世界レコード産業の売上は、パッケージ売上で前年比4.5%減となる58億ドル、配信による売上は前年比10.2%増となる67億ドル、それに権利収入21億ドルと”シンクロ収入4億ドルを加えて、合計150億ドルで前年比3.2%増で1998年以来の顕著な成長を記録した年となりました。

日本の売上が前年比3%増と大きく伸びたのも主要因のひとつ。ドル高の影響で金額ベースでは前年を下回ってしまっていますが、これもドル対比で円が安くなっているいい傾向だといえます。
ただ、今後は円高に振れていくでしょうから、円高に苦しまない産業構造への転換をすることが必要です。


国別で見るとトップ5は今年も相変わらずの5国。 
1位 米国(13年:45億ドル⇒14年:49億ドル⇒15年:50億ドル)世界市場シェア33%
2位 日本(13年:30億ドル⇒14年:26億ドル⇒15年:24億ドル)世界市場シェア16%
3位 英国(13年:13億ドル⇒14年:13億ドル⇒15年:14億ドル)世界市場シェア9%
4位 独国(13年:14億ドル⇒14年:14億ドル⇒15年:13億ドル)世界市場シェア9%
5位 仏国(13年:10億ドル⇒14年:8億ドル⇒15年:8億ドル)世界市場シェア5%

上位5カ国の顔ぶれは変わらないのですが、英国と独国でランクに変動がありました。これは独国のフォルクスワーゲンの不正問題による企業業績の悪化や難民受け入れ問題に端を発するドイツ経済の揺らぎが根本にあり、相対的に英国経済が優位に立っているという結果を産んだことに起因しています。ただ、このドイツの弱さを武器にドイツの輸出産業が逆に競争力を取り戻しつつあるのも事実。こうなるとユーロにとどまっていてもかつてほどメリットを感じなくなってきている英国のユーロ離脱は現実味を帯びた課題であるといえます。
日本と米国で世界の音楽産業の50%のシェアを占めている現状はほぼ変わりませんが、日米ともに昨年より伸びている傾向にあるということは、同様に伸びている国があるということ。
これはもはや世界の常識となっていますが、やはり新興国の台頭です。工業製品と違い、違法コピーが容易な音楽産業は、お金にならないビジネスでしたが、そういった国が産業の伸びしろとして、知的財産権ビジネスの法体系を整備しだしていることにより、急激にビジネスとしての存在感を伸ばしてきています。上位5カ国によるシェアは昨年より1%ダウンし73%になり、上位5か国で世界の4分の3以上のシェアを占めてきた体制はいよいよ崩れてきています。音楽産業の新興国の存在感がさらに増していることから昨年、一昨年に引き続き、6位以下の状況も見てゆきます。

 6位 豪国(13年:4億ドル⇒14年:4億ドル⇒15年:3億ドル)世界市場シェア2%
 7位 加国(13年:4億ドル⇒14年:3億ドル⇒15年:3億ドル)世界市場シェア2%
 8位 韓国(13年:2億ドル⇒14年:3億ドル⇒15年:3億ドル)世界市場シェア2%
 9位 伊国(13年:2億ドル⇒14年:2億ドル⇒15年:2億ドル)世界市場シェア2%
10位 伯国(12年:2億ドル⇒14年:2億ドル⇒15年:2億ドル)世界市場シェア2%


ブラジル以外の国はいずれも前年より伸びており、特にイタリアは大きく回復をしています。一時はユーロ圏の問題児としての扱いも受けてきた同国もユーロ安を武器に輸出産業で成功しており、さらに財政再建が軌道に乗って、緊縮財政をゆるめたことから、低所得者への所得再配分を進めることができたことが経済に好転をもたらしています。
21世紀に入って、政府の役割は福祉の充実から所得の再配分に大きく変わったといわれています。消費税のように所得の多寡にかかわらず税を徴収するシステムは、報酬が増えれば増えるほど税負担が大きくなる所得税と違い、勤労意欲を増幅させる効果があるといわれています。しかし富める者がより富める環境になると、貧しいものはどんどん貧しくなり、貧富の差が拡大し、それがテロの温床となり、結果国家の安全が脅かされ、経済が打撃を受けるというのが20世紀の”戦争”にかわって、21世紀の社会不安の一番の要因になっています。
たかだかレコード産業の数字をみるだけでも、いやたかだかレコード産業だからこそ、様々な世界規模での経済活動のうねりを明確にみることができます。

21世紀に入り、インターネットが登場すると、その普及の大きな呼び水として録音音楽は多大なる貢献をしてきました。しかし、その無償の貢献は産業の構造を破壊し、あり方を大きく変化させてしまいました。
あっという間にエンタメ産業界の斜陽産業といわれるところまで落ちたのですから、支払った代償はあまりにも大きすぎたのです。
ただ、20世紀末には米国の音楽産業は大手スーパーに手綱を握られてしまい、スーパーの客寄せパンダに成り下がってしまっていたわけですから、そこから解放されたという意味では、実はよかったのかも知れません。
2015年、ついにCDよりも配信売上の方が大きくなってしまい、しかもその半分はストリーミングによる売上という世の中になりました。
かつて、音楽産業は数度壊滅的なダメージを経験しており、そのたび新しい消費のされ方に切り替わってきましたが、今回の変化では、記録された音楽そのものではなく、その音楽にアクセスする権利を売るビジネスに変貌しつつあります。
これは会員権ビジネスであり、顧客は一消費者ではなく、その対価をサービスシステムに支払う会員という位置づけになるわけです。

スーパーの客寄せパンダとして、ただただ消費される撒き餌に成り下がっていた音楽産業が、こうして会員制のもとに”ファン”に愛されながら成長を遂げてゆく時代に入ったことはとても喜ばしいことだと思います。

ただ、ベルリンの壁の崩壊からこの四半世紀、グローバル化の名のもとに「一つの世界」という方向に向かってきた世界が、振り子が逆に振れるように、米国の世界警察からの幕引き、ユーロの解体、スコットランドの独立などに見る、民族主義など、ローカルで分断された方向に向かっている中で、音楽産業が、各サブスクリプションサービスのもと、プラットフォームが分断され、閉鎖されたものに収斂されつつあることは、偶然の一致ではなく、歴史の必然性を見るような思いです。
これには、ここ十年の大航海時代のような奔放さから離れた、帝国主義的な狭苦しさを感じつつあるのも事実。

この分断された世界を克服する市民革命や廃藩置県のような動きが出てくるには、音楽産業がもう少し力を蓄えるまで時間が必要ですが、革命にはいつも発明的な技術革新がつきもの。今はその次の時代に向けた準備期間ということで我慢の時期ですね。

歌は世につれ世は歌につれ・・・。

歌われる内容も時代の動きに移ろいますが、歌がのせられる器も、印刷された楽譜販売からインターネットの共有ファイル、そして今はサブスクリプションへと変化してきました。

溢れるほどたくさんの愛される楽曲を書きながら、著作権の観念や作家を保護する環境が整備されていなかったが故に、経済的に困窮したまま死を迎えたフォスターはこの変化を星の間からどういう気持ちで見ているのでしょうか?