2011年のトレンドは? | ポップ・ミュージックのトリコ

ポップ・ミュージックのトリコ

流行音楽を聴きながら、人生を音楽で豊かにしたいと願う、私的でミーハーなブログです。

毎年、その年に流行する音楽を予測するこのコーナー。

ハウスが終息に向かうと予想したものの、実際はかなりの勢いが持続したまま2011年を迎えました。
The Cataracsの活躍がヒップホップの領域にまで及んでいることを考えると、2011年もこの流れが当面続くものと思われます。

しかし、やはり流行の流れを見れば、2012年までこのジャンルが跋扈している状況は考えにくいです。
流行のサイクルは20年。

20年前、40年前を振り返り、振り子のように繰り返す流行の波をおさらいします。

1971年

A:横軸(流行の拡がり)

"American Pie"Don McLean
米国の団塊の世代であるベビーブーマーの最初の世代、ロックンロールの誕生を目撃した世代、つまり戦後まもなくの1945年直後生まれの世代にとっての、そしてアメリカ合衆国にとっての青春期が終わりを迎えたときに登場した歌。多くのロックスターが世を去り、ビートルズが解散。大戦後長く続いたベビーブームが1957年にピークを迎え、その年代の子供もミドルティーンに。音楽の消費する世代がより若く新しい世代に切り替わるタイミングで、この歌が流行しました。
1957年生まれが戦後の米国の最多の出生数を誇っていましたが、2007年リーマンショック直前にこの記録は塗り替えられました。この赤ちゃんを育てるために、米国の消費はしばらく耐久消費財や住宅ローンに回ります。音楽のような、余暇に遣うお金が潤うには、あと10年はかかります。
米国は当面商業音楽では難しい時代が続きます。

"Brown Sugar"Rolling Stones
ストーンズの代表曲のひとつとして有名です。
黒人女性の魅力、コカインの魅力を”隠語である黒砂糖で表現したタイトルという、きわどい曲でありながら大ヒット。
中国では放送禁止らしいです。

"Let's Stay Together"Al Green
白人音楽がこの時期派手さよりも素朴さや沈鬱な表情を帯びるようになると、黒人音楽もやはりそういう傾向が愛されるようになります。
こうして70年代特有の激甘ソウルが隆盛する下地が整っていきました。

B:縦軸(芸術性の高さ)

"Get It On"T. Rex
ビートルズを失った英国ロックでしたが、その結果内省的な音楽に向かった米国とは対照的に、英国では新しいロック・スターが次々に誕生しました。
日本の経済再興によるGDPの向上は、レコード産業の市場の巨大化にも発展。英国を抜き、米国に次ぐ、世界第二の規模の市場へと拡大してゆきました。この結果、米国での成功は果たさなくとも、日本での成功もあって、彼らは後世に名を残しました。
日本の音楽誌の英国ロック志向は、日本に独特のロック文化批評の醸成を促し、たとえばクイーンのような、英国ロック・バンドの強力な後ろ盾としての役割を、市場の巨大化とともに担うようになっていきました。

"Imagine"John Lennon
反戦や平和やヒッピーやと、大きなムーブメントが去ってしまい、世界が虚しさに包まれたこの時期にこの曲が生まれたということ。
ピアノがベースのシンプルなアレンジに乗って、”いつか一緒に・・・”というあまりにも控えめなメッセージで語りかけます。

"Stairway to Heaven"Led Zeppelin
ZEPの代表曲。
ハード・ロックの興隆に決定的な影響を残した一曲。
美しい・・・。


C:奥行き(流行音楽の深さ)

"Family Affair"Sly & the Family Stone
1971年がそれまでの時代と全く違う温度になっていることを一番感じる曲です。
すかすかなドラムマシーンのビートに乗って、虚脱感のあふれるヴォーカル。
これをクールと捉える時代の空気。

"Maggie May"Rod Stewart
フェイセズで活躍していたロッド・ステュワートがトラッドな雰囲気のアレンジでリリースしたナンバー。
これもどこかさびしさを匂わせる郷愁感漂う作風。
ワビサビを愛でる時代の到来。

"What's Going On"Marvin Gay
この名作が、かつてヤング・アメリカの代名詞であったモータウンから出たという事実。
もしこの世にこの作品が残っていなければ、ブラック・ミュージックは”ダンス・ミュージック”という位置から永遠に脱出できていなかったでしょう。
やがて、”ソウル”、”R&B”と呼称を変えつつも、”名盤”と呼ばれるクオリティのアルバム作品をこのジャンルが世に残せたのは、この曲とそのアルバムの存在があったからと言いきれます。

1991年

A:横軸(流行の拡がり)

"Black or White"Michael Jackson
黒人アーティストという障壁は、長い歴史の中で随分見通しが良いものになっていたものの、ミュージック・ビデオの普及は、黒人アーティストにとって新しい大きな壁となっていました。
それを切り開けたのは、このマイケルの存在でした。
結果として彼は整形を通じて”白い”存在にどんどん近づき、黒人側からも批判を受ける身に。
そんな彼が”白とか黒とかどうでもいいやん!”と歌う。
この時期はロスで黒人による暴動がおこるなど、白人と黒人という問題が根強く残っていることに人々が再度目を向けざるを得ない状況でした。
ここには勿論貧富の差の拡大など様々な問題が絡んでいるのですが、80年代を通じてクロスオーヴァーが進んだ黒人音楽が、”黒人らしさ”を純粋培養しながら、新しい音楽ジャンルをまた産み出して世界を席捲してゆく前夜の緊張感が漲っています。

"I'm Too Sexy"Right Said Fred
ゲイ丸出しのルックス。前年のマドンナの”ヴォーグ”といい、ゲイ・カルチャーがファッション性も含め、一定の美学も含めて市民権を得ていったことは、ハウスの興隆とも無関係ではありません。
この曲の発信元は英国。
そう、英国は、当時音楽も含めた相当大きな文化の変革がドラッグ・カルチャーとも繋がって進行していました。
そこには、やはり、東西冷戦の終了という価値観の大きな変化と、混乱が密接にかかわっていたものでした。
文化の交わるところで、音楽文化は新しい進化を起こします。

"I Don't Wanna Cry"Mariah Carey
この時期誰よりも輝いた存在はマライアでした。
90年代はディーヴァの時代と括られることも多いのですが、それは彼女の成功がなければ起こり得なかった現象です。あまりにも機械的なサウンドが隆盛を極めた80年代の後に登場しただけに、あまりにも人間離れした歌唱力に、本当は違う人間が歌っているとか、機械的に処理しているとか様々な憶測まで飛び交いました。
その噂を払拭したのが”アンプラグド”の存在。
90年代は80年代の虚飾を捨て、”生身”、”本物”というリアルさが求められる時代となっていきました。

B:縦軸(芸術性の高さ)

"Losing My Religion"R.E.M.
彼らの活躍と、昨今のインディ・ロック界隈のにぎわいはどこか似ています。
決して無視できない質の高さと、それとは裏腹の大衆性の欠落。
ただ、こうして結果的には歴史に名を残す名誉は得ています。
こういうところにポップ・ミュージックの土壌の健全性を感じます。

"Smells Like Teen Spirits"Nirvana
90年代を代表するカリスマ。
80年代的な足し算の美学からの脱却を見出そうとしながら、そこにはまるピースが見つからずにいた当時のロックにとって、それはまるで運命であったかのように、それまでの価値観をすべて否定する”文化大革命”のごとく、当時のロックのカリスマを片っ端から地に落としてゆきました。
フランス革命の旗手ロベスピエールがやがて最後にギロチンに辿る末路と同様、この革命の旗手カート・コバーンも最後は自殺という結末を残して、グランジ革命は終了。
しかし、このあと登場するロック・バンドは当面ポスト・グランジという呼称に運命づけられるという、ロックの時代考証をするうえでは、甚大な影響を残しました。

"Unfinished Sympathy"Massive Attack
90年代のヒップホップ・ミュージックが黒人音楽独特のクールネスを純粋培養するにあたり、かなり影響を与えたアーティスト。
けだるいビート・サウンドはある意味ファンク・サウンドの再来ともいえ、ヒップ・ホップが白人音楽化する寸前で、その道を塞いだ際の、サウンド面での雛型となってゆきました。

C:奥行き(流行音楽の深さ)

"Cream"Prince & the New Power Generation
この時期のプリンスは、復興する黒人ファンクネスとロックの間で非常に微妙なバランスを保った快作を発表し続けます。
マイケルとは別の次元で、黒人音楽と白人音楽の狭間で葛藤しながら、独自の音楽を極めてゆきます。

"It Ain't Over 'Til It's Over"Lenny Kravitz
黒いジョン・レノン、なんてよくわからない呼称を与えられていた当時のレニー。
マドンナの"Justify My Love"の成功をきっかけに、当人のアーティストとしての活躍にもスポットが当たりました。
この曲は遠くフィリー・サウンドへの憧憬も色濃い極甘ソウル調。
このあと怒涛のように押し寄せるブラック・ミュージックの70年代回帰を予想させる作品。

"Set Adrift on Memory Bliss"PM Dawn
英国のアーティストがどれだけ米国のヒップホップ・ミュージックに影響を残したのかを知ることのできる一曲。
スパンダー・バレエの”トゥルー”使いが独特の気だるさと浮遊感を与えています。
彼らは数年後にはMCハマーと同様に、ディスられ消えゆくことになるのですが、私は非常に大好きであり、やはり重要なアーティストだと思います。
他に誰も取り上げることも無い存在になりそうだからこそ、ここではきちんと取り上げておきます。

現在の音楽界の状況からすると、この流れになるにはそうとうドラマティックな流行の変化が必要とも思いますが、一方でこの流行のあとにおこる変化はこういう方向しかないという状況でもあります。

この雪崩が今年こそ起こるのか?
ジェットコースターと同じで落っこちる寸前が一番スリリング!!!