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このたび音楽雑誌BMR(ブラック・ミュージック・レビュー)がリニューアル。
何を隠そう私も同誌の長年の愛読者。今や毎月買っている雑誌はこれだけになっています。
今月のリニューアルにあたって、”ヒップホップ/R&Bのいま”について、徹底討論の記事が掲載されたいます。愛読者として、私も何らかのアクションが起こしたく、勝手に参加します。
最初に断わっておくと、私はブラック・ミュージック偏愛者ではありません(しかし、世間一般の見方からすれば、随分”黒い”音楽が好きだという認識になるでしょう)。
私は普段よく聴く音楽ジャンルは?と聴かれて”R&B”が好きと答えるのが少し恥ずかしいのです。
そこにはちょっとオシャレで、ちょっとこだわりがあって、J-POPを見下して、という雰囲気があり、私のミーハーでポップ・ミュージックが好きで、そのトレンド感が一番ヴィヴィッドなのがたまたまR&Bに多いという流れでこのジャンルに行き着いただけといういきさつから程遠いものになるからです。
だから、黒人音楽が持つ、裏方も含めた総合芸術的な色合いの濃い商業音楽の素晴らしさを嗜好していることを伝えたく、またそれが米国では何のマニアックさもないことを伝えたいがため、”日本でいうところのジャニーズとかモー娘。みたいな音楽を聴いている”と注釈を付けてきました。
そんな私がBMRを手にした(当初は立ち読み)最初の動機は、米国で流行している白人音楽はメジャーな音楽雑誌やラジオであっという間にアーティストのビジュアルからいでたち、作品の裏方事情まで網羅できるのに、黒人音楽はほとんど情報が無く誰かよく分からないまま気がつけばビッグスターになっているというあまりにも情報の少ない状況から解放されるためでした。
米国では区別なく流行しているはずなのに、日本ではほとんど情報が入ってこない黒人音楽をマゴコロ込めて向き合い愛する同誌に触れることにより、このジャンルこそ表層的な流行だけでなく、そこに低通する裏方の仕事や人間関係を把握することが大事な音楽であることを知ってゆきました。
そしてまた一方ではアタマではなく、上半身でさえなく、下半身で聴く作品群であることも学んでいきました(笑)。
私の書棚にはBMRがちっちゃいサイズ、そう本屋さんで”BuuuuN”に隠れて見つからないこともあった時代からのBMRがズラーッと並んでいます。BMRはコレクトすることを見越して、一年に一度、アーティストのインデックスを過去一年分掲載していたため、これを残さないとインデックスが意味をなさないのだから仕方ありません。それだけBMRの編集者側の記事一つ一つに対する思い入れが伝わってきました。
私がこのブログで時々過去の記事をアーカイブに見立ててリンクを張るのは、BMRのようにこのサイトの過去の記事もいつ見返してもクオリティが保証できるという気概を持てるエントリを続けたいなあ、と思っているからです。
そんなBMRがリニューアルによって、サイズこそまだ大型ながら元にいた場所に戻ろうとしているように感じました。
白黒でカラーページなんて無いBMR。
字がめっちゃ多いBMR。
ふざけているのに教科書のようなBMR。
エロいのに教条的なBMR。
黒人音楽の持つ猥雑さそのものを体現していたころのBMR。
記事の書き手そのものが楽しんでいるBMR。
BMRが変化していった90年代あたりからを振り返りつつ、ヒップホップ/R&Bについて個人的に感じていることを綴ります。
90年代、R&Bの音が米国音楽の世界で大きなポジションを占めるようになると、ロック中心の既存の日本の音楽雑誌では、全くそのトレンドがカバーしきれなくなり、音楽雑誌の中では辺境の存在だったBMRがどんどんメインストリームの音楽情報の担い手としてバージョンアップしてゆきました。
当時R&Bはヒップホップのエッセンスを吸収し若者文化への影響力は絶大になり、それまでの若者のあこがれであったロックスターを過去のものに変えていました。
そんな影響力を巧みに取り入れたのが欧州のファッションブランド。もとはアディダス、ナイキなんていうスポーツブランドと親和性の高かったはずの本家ヒップホップでさえ急激にラグジュアリーなブランドとタッグを組んで、ファッションの広告塔の存在にまでのぼりつめてゆきます(このあたりはネルソン・ジョージの『ヒップ・ホップ・アメリカ』に詳しい解説が)。
こうなると、もはや音楽というカテゴリーだけではR&Bを限定することは難しくなり、日本では、どちらかというとマニアックな音楽としての扱いを受けてきた、「ブラック・ミュージック」が、急激にオシャレな音楽に担ぎ出されてゆきます。そしてなんだか最近流行っている「アール・アンド・ビー」とはなんぞや、というニーズに唯一答えを見いだせる存在として、BMRは「インディー」から「メジャー」に移行するアーティストのように様変わりしてゆきました。
ジャネット、ローリン・ヒル、ビヨンセ・・・役者も超一流が出揃いました。
「ズルムケ」など同誌の持っていた同人誌のような匂いの言葉は次第に影をひそめ、急激に拡大した若い読者層に対応して、「アール・アンド・ビー」とはなんぞや?という問いに懇切丁寧に答える姿勢には日本で唯一のR&B文化を伝えるメディアである気概を感じました。
しかし時代は変わり、00年代になるとヒップホップ界は過当競争の時代に突入。そこにインターネットの普及、同時多発テロの勃発による景気後退などの結果音楽業界は急激に収縮が始まり、ラッパーは「歌う」という表現を取り入れて活躍の舞台をR&B全土へ拡大。R&Bシンガーをポップスの世界へ押しやる連鎖反応を招き、これがやがて、ポップスの世界のアーティストとR&Bのアーティストの同質化を生んでしまうのです。
ジャスティン・ティンバーレイクをどう扱うのか?ネリー・フルタードをどう扱うのか?
80年代末、ジョージ・マイケルやフィル・コリンズの扱いに苦慮したR&B界はまたしても「クロス・オーヴァー」の波に苦しめられています(80年代末期のあたりはネルソン・ジョージの『リズム・アンド・ブルーースの死』に詳細が)。
フィジカルセールスの鈍化は川上から川下まで音楽業界を苦しめ、大手レコードチェーンの崩壊、メジャー・レーベルの弱体化など、業界の幹の部分から枯れてゆきました。
リアルに手にする雑誌の持つ価値とは何か?
コレクトする動機は何か?
R&Bという音楽ジャンルが今置かれている状況に加え、音楽雑誌という媒体が置かれている状況が、BMRの存在に大きな課題を与えています。
ネルソン・ジョージ流にいえば、今のR&Bは死んだに等しいのでしょう。
しかし、80年代に彼がそう言った後、R&Bはヒップホップの興隆とその勢いをR&Bに取り込むことに成功したことで、90年代に復活を遂げ大躍進しました。
そして今またこの瞬間にも黒人音楽は更に新しい潮流をポップミュージックに送り込もうとしているのだと思います。
軍楽隊が解散した時にジャズが生まれ、ラジオで生演奏に変わってレコードをかけるDJの活躍によってロックンロールが興隆し、ディスコで生バンド演奏の代わりにDJがかけたファンキーなレコードがディスコ・ミュージックに繋がり、レコードをスクラッチしたり、サンプリングしながら演奏するという、生楽器を使わないDJの作曲行為にラップを乗せたところにヒップホップの文化の発展がありました。
黒人音楽は常に破壊の上に新しいジャンルが芽吹くという運命を帯びています。
恐らく、大きな資本が上にはびこるうちは、草の根レベルで起こる改革は根絶やしになるのでしょう。
しかしひとたび業界にリストラクチュアの波が押し寄せて屋台骨がぐらつくや否や、猥雑で、享楽的で、身軽で斬新な表現方法が、メジャー・シーンにあっという間に飛び火するのです。そしてすぐさまそこにより高い思想や高度なテクニックが注入され先鋭化と高度化が進み、同時にコマーシャリズム、大量生産による肥大化と劣化が始まります。
間違いなくその瞬間に間もなく立ち会えることを知っている喜びと、その瞬間がなかなか来ない苛立ちは、表裏一体であると思います。
この大物アーティストがなかなか登場しない苛立ちを、今一生懸命頑張っている前座のアーティストに向けるような行為は、あまりにも不条理です。
焦らされるような思いを、心地よい緊張感に変換して、これから起こる様々な変化の生き証人として、どんな過去との断絶にも動じず、どんな斬新で粗野で陳腐な表現にも気後れしないよう、しっかり気持の整理をつけておくのが最も大切でしょう。
レコードビジネスの最初である1890年代、最も売れたシリンダー(まだレコード盤は無かったので・・・)は、録音機器を発明したエディソンがスタッテン島のフェリーでスカウトした黒人奴隷出身のGeorge Washington Johnsonの曲でした。
つまりレコードビジネスにとって、その最初から黒人はその中心にいました。
だからBMRはレコードビジネスが存在する限り、その寄り代を無くすことはありません。
「プレーヤーは変われどゲームは続く・・・。」NBAのマイケル・ジョーダンの引退時の言葉です。
音楽業界の雄、スウィング・ジャーナル誌は遂にその命脈がつきました。
ジャズという既に歴史上のカテゴリーを扱う以上、毎月新鮮な情報を発信し続けるというマガジンでの形態ということはどうしても無理がありました。
幸いにも読者の高齢化に合わせて、ジャンルを支える演奏者側の高齢化が進み、音楽の提供する側と消費する側が一緒に成熟できたことが幸いしたのでしょう。
しかし、それでは結局立ち行かなくなったのです。
BMRがもし、”ソウル”を扱う雑誌だったとしたら”ヒップホップ”を扱う雑誌だったとしたら、やはり同じ末路を迎えているのでしょう。
しかし、BMRは時代に枕する音楽を捉え続けてきました。
そして、さらに時空を超えて、時代の新旧、出自の国・地域、音楽のスタイルを選ばず黒人音楽を紹介し続けてきました。
これはたとえば白人音楽とか黄色人種音楽とかの表現に置き換えれば自明の理で、あまりにも多岐にわたる音楽でありながら、ひとくくりにビジュアルが黒人であるという理由で日本で取り上げられる機会が少ない音楽をまとめて面倒を見るという、気骨あふれる精神が成しえる業の故でしょう。
転がる石には、苔生すことがないように、BMRは常に変わり続ける変わらない音楽の魅力を伝え続け、表紙を飾るアーティストが、古典芸能の役者のようなお馴染みの顔ぶれになっている他のジャンルの雑誌のような過ちを犯しませんでした。じいさんになったジョージ・クリントンも、破竹の勢いのリル・ウェインも、既にあの世に旅立ったマイケルもみんなBMRの表紙を飾る権利と機会が与えられているのです。
少数の偏見に満ち溢れたライター陣の判断基準で管理され、斬られていく、ロック雑誌の狭小さとは程遠い、個性あふれるライター陣のそれぞれの自由な思想が反映された紙面。
その自由さを毎年再確認できる年間ベストの選出。
自由、平等、博愛とでも言うべき、明るく楽しそうな作り手の連帯感が伝わってくる誌面。
10年後、ひょっとしたらBMRは本屋に並んでいないのかもしれません。
しかしもしそんな時は私たちはi-PadでBMRを購入し閲覧しているに違いありません。
ライター陣が熱く語る今月特集のアーティストに対するコメント映像を見たり、通販でゲットする
ブーツィーの眼鏡のデザインの3D眼鏡で、飛び出るコンテンツを楽しんでいることでしょう。
いや、それでもやっぱり、デビューしたてのネーチャン系ラッパーの色っぽい写真や、子(孫?)を抱くプリンスの写真や、ネットで騒がれているメジャー契約のない謎の新人アーティストがBMRのバックナンバーを手にしている写真や、紋付き袴を着たJAY-Zの写真、白髪交じりのドレーとスヌープがにやついて肩を組む写真なんかが表紙になってたら思わず紙媒体を買っちゃいますな。