
⑩『You Won't Forget Me』Shirley Horn(1990)
既にかなりの年齢を重ねた彼女の出世作。しかしこの色気と、瑞々しさはどうだろう?若くて美しい事は案外簡単だ。それは、神が最初に与え給うたものだからだ。しかしながら年齢を重ねた後にある美しさとは、その人の内側にあるもの、そして、その人が積み重ねてきたものに由来する。そういう意味でこのアルバムは普遍の輝きを秘めている。
"You Won't Forget Me"
そして、さらにこのアルバムに参加する、マイルスと、マルサリス兄弟。
マイルスが活動休止している間にジャズ界が、フュージョンというものをイージー・リスニングにしてしまったとき、突如として、溢れる才能で、アコースティック・ジャズへの回帰を示したウィントン・マルサリス。この若き才能に刺激されてか現役復帰した帝王マイルス。しかし、ジャズの歴史はこの若きマルサリスによって完全に塗り替えられる。もはやフュージョンは過去の遺物となってしまった。1958年以来、初めてマイルス以外の人間がジャズを動かしてしまった。
マルサリスの80年代を通じての活躍は、ジャズメンが望んで止まなかった、社会的な芸術としての評価をジャズにもたらし、マルサリス自身も社交界にその身を置くまでになった。
しかし、残念な事に、彼の成功により、ジャズメンの目標は、芸術性の追求より、評価の追求に向けられ、アドリブの極端に少ない、BGMのようなものに偏ってしまうようになった。
歴史と言うものは良かったのか、悪かったのかを問うても仕方が無い。すでにそうある現実しか、存在しないからである。ジャズはこれからも続いていくだろう。ただ、LPの時代に起こった、録音芸術の可能性を求める旅は一端、ここで終わりになったのだ。そして、その終わりを静かに宣言するこの1枚に、マイルスと、マルサリス兄弟というキャストが揃って参加していることに因縁を感じる。
”You Won't Forget Me"・・・そう、時代が過ぎ去っても忘れる事はないだろう。かつての巨匠たちとその音楽を。