"We are the World
"USA for Africa('85)
ボブ・ゲルドフの提唱によって始まった英国でのアフリカ難民救済のチャリティイベント、バンドエイドの成功により、米国での同様の動きが始まるのは時間の問題でした。
ハリー・べラフォンテが発起人となり、ケン・クラーゲンに電話した瞬間から全てが始まりました。クラーゲンはライオネル・リッチーに、リッチーの妻はスティーヴィーに。一方のクラーゲンはクインシーに、クインシーはマイケルに・・・。
こうして米国の有名なアーティストが一堂に会したイベントが行われました。レコーディングはグラミー賞授賞式当日、式が終了次第CBSのスタジオにて行われました。そこには授賞式を辞退してデモバージョンをレコーディングするマイケルが先にスタジオ入りしていて・・・。
こうして伝説の歌が生まれました。
60年代、音楽は世界を変えられると信じ、そして挫折をしましたが、80年代、アーティストは団結してもう一度その希望を歌に託しました。
この収益金とて、結局アフリカ難民に全て行き渡った訳ではなく、アフリカの政府関係者や役人によって、掠め取られたりしました。
しかし、人々の心には、アフリカ支援の心に火が灯り、以後、様々な国や機関も支援の手を差し伸べています。
00年代、新興国の発展によって、資源価格の高騰が始まると、アフリカは、資源の宝庫として、急速に”持てる国”に変貌しています。かつての無償の支援は、資源の権利を見返りに求める、資源争奪戦に変貌し、特に、世界の工場である中国はそのイニシアチブを握るに至りました。
"We are the New World"China for Africa
というところでしょうか。
世界は変わり、音楽も変わります。
世界一の音楽産業国アメリカの音楽を、世界第2位の音楽産業国日本で味わう意味も、随分変わったものだと思います。