はじめに


米中両国は今年の1月15日に、包括的な貿易協定の第1段階と双方が位置付ける合意に署名した。

 

第1段階の米中合意の最も野心的な目標は、中国の対米輸入額を2021年末までに2000億ドル(約22兆円)以上増加させるというものだった。この非現実的な約束を、パンデミックは明確に不可能にした。

米国商務省が2020年第1四半期の米国の貿易データを発表したのは今週の初めだった。中国はまだ詳細な貿易統計を公表していないため、米中貿易の全体像を把握することはできない。しかし、現在分かっているだけでも、私たちが今まで描いてきた絵が、悪夢になったことを示している。

 

 

データ


米国の2020年第1四半期の対中輸出は2019年同期比で10%減少したが、年内には36.6%の増加が見込まれている。

 



絶対値で見ると、最も大きな差があるのは製造業で、第1四半期だけで190億ドル以上減少している。航空機(実質的に売上ゼロ)、自動車(47%減)など、幅広い業種で売上が落ち込んだことが理由である。そして、最も落ち込んだのはエネルギー分野で、対中輸出は160%の成長を見込んでいたが、マイナス33.3%へ大幅に減少した。主にエネルギー需要の崩壊とそれに伴う価格の崩壊が理由である。(とはいえ、中国の中東からのエネルギー輸入は第一四半期に急増している。)目立った買い付けがあった農業でさえ、伸び率は3.2%と、予想されていた52.1%を下回った。大豆の輸出は2019年と比較して約40%減少した。中国の豚肉の需要は非常に高い(豚インフルエンザにより中国国内の豚の数が激減したため)が、米国はこの機会を十分に活用できていない。コロナウイルスにより、米国各地の食肉加工工場が生産停止になったからである。

 

 

通年では、米国の対中輸出は600億ドル程度にとどまっているが、米中合意により1866億ドルとされているため、1296億ドルが不足する。

 


 

 

トランプ政権の選択肢


このような状況で、トランプ政権は何をすべきか。現実的には、3つの選択肢がある。第1の選択肢は、中国に「二国間評価・紛争解決」を提案し、目標の再設定などの何らかの解決策を得るためのに、協定のメカニズムを利用することである。第2の選択肢は、米中協議を中止し、速やかに罰則を適用し、場合によってはディールから完全に撤退することである。第3の選択肢は、中国の対米輸入がパンデミックによって影響を受けていることを認識して、いかなる種類の批判もしないことである。

 

これらのオプションにはそれぞれ長所と短所がある。

 

1. 目標の再設定

 

長所:

この協定の紛争解決システムを活性化させ、中国を二国間のルールに基づいた新しい世界へと変革させるだろう。

 

短所:

中国は、パンデミックが引き起こした前例のない影響を引き合いに出して、再交渉プロセスを長引かせるか、場合によっては自ら取引を中止するかもしれない。(両国共に、60日前までに書面で通知すれば、脱退することができる。)


2. 協議中止・罰則適用

長所:

対中強硬的な態度を取ることで、トランプ氏の支持層にアピールすることができる。


短所:

一方的な圧力では中国の行動を変えることができず、 中国による報復につながる可能性がある。さらに、中国の構造改革に関する第2段階の協議の可能性や、他のいかなる交渉も白紙に戻る可能性が高い。トランプ政権が日本、欧州連合 (EU) 、英国などと2国間交渉をしていることもあり、約束を守るという意味でも米国の信頼性を傷つける可能性がある。

 


3. 現状維持
 

長所:

この協定を維持することは、年内の米国の対中輸出を回復させるための最も可能性の高い方法となる。中国に協定の他の部分をさらに前進させ、 将来の交渉を設定させることになるだろう。また、貿易政策が前任者よりも成功していると主張するトランプ政権の戦略とも整合性がある。

 

短所:

しかし、この寛大な戦略には弱点がある。米国が中国に譲歩しても、中国は輸入を制限し続けることで、一歩先んじるかもしれない。この戦術は、11月の大統領選で米国議会の貿易タカ派から攻撃を受ける可能性もあるため、政治的に最も危険なアプローチでもある。

4. 最も優れているが可能性が最も低い選択肢


第4の選択肢もあるが、トランプ政権が選ぶ事はないだろう。それは、取引額の目標を設定した合意が最初から誤りであったことを認め、中国に対するトランプ政権のアプローチ全体を再考することである。具体的な数量的指標は、非現実的であっただけでなく、自由貿易に対する米国のコミットメントを侵害し、過去70年間にわたって米国に貢献してきた多国間貿易システムを弱体化させた。

 

米国の対中輸出と経済的利益を拡大するためのより効果的な方法は、2段階アプローチである。

 

第一は、現在のアーキテクチャの弱点を修正し、デジタル貿易、投資、競争政策など、新たな課題に対処するためのシステムを再構築することによって、多国間主義に対する米国のコミットメントを新たにすることである。

 

第二に、中国政府の対外開放を進めるための交渉手段として、上記の新たなシステムを利用することである。それは、二国間交渉を放棄することを意味するものではない。むしろ、米国の全般的な立場を米国に有利にすることを意味しており、米国の輸出促進を含め、中国が直面するあらゆる経済問題に関する米国の利益を推進する機会が増えることになる。今のデータは今回の合意が達成されそうにないことを示している。