【執筆者】松尾 祐孝(CARS幹事/作曲家/(特非)日本現代音楽協会理事)

 

 作曲家の松尾祐孝です。暫く、徒然に書き連ねる(横道に逸れまくる)随想にお付き合いください。

 私が所属して長年にわたり理事を務めている日本現代音楽協会の事務局は、現在、東京都区内の五反田駅界隈に在ります。そして、私の両親が九州の福岡から上京して住み着いた場所は、その五反田駅から東急池上線で10分ほどの所でもあり、私は現在もその辺りに住んでいます。小学校から大学まで毎日のように池上線で五反田駅に出て、JR山手線(嘗ては国鉄)に乗り換えて都心方面に通学していました。ですから、私にとって五反田は、都心と我家の地域を繋ぐ結節点のような存在として心に刻まれている場所である訳です。
 嘗ての五反田は、町工場が周辺に多く存在して、なんとなく猥雑な雰囲気がする繁華街もある、お世辞にも垢抜けた街では在りませんでした。(一方で近くの高台には高級住宅地が広がっていました。)しかし、いつの間にか学研本社ビル、東京デザインセンター、株式会社ゲンロンなどが進出すると共に、隣の大崎駅周辺地区と連なる副都心開発が進展するに従って、かなり垢抜けた街に変貌してきている今日この頃でもあります。
 目黒川沿いの道や池上線の高架線の下には小洒落たBARなども並ぶようになり、若者やビジネスマンが闊歩する光景も似合う街になってきました。ソメイヨシノの季節は目黒川沿いに圧巻の桜風景が広がります。

 

青空とソメイヨシノと池上線五反田駅

 半年ほど前、五反田駅構内に掲出された特大ポスター(だったと微かに記憶しているのですが)の“世界は五反田から始まった”というフレーズに目が釘付けになりました。五反田を結節点として約60年生きてきた私にとって、それはとても気になる言葉でした。株式会社ゲンロンから出版された書籍『世界は五反田から始まった』(著者:星野博美)の広告だったのでした。私は直ちにその本を購入して一気に読みました。それは、著者の家族の歴史を探訪するノンフィクションで、二十世紀初頭から最近にかけての100年と少々の家族や周辺の地域の人々の動静を通して、現在の品川区五反田界隈の歴史やそこに生活していた人々の生き様を掘り起こして描き出した、心に染み入る著作でした。私が長年にわたって乗り換え拠点として何千回と通ってきた五反田という街に、このような壮絶な歴史があったとは…、読後はしばし感慨に浸り切りました。

 その五反田に1999年から事務局という拠点を置くようになった日本現代音楽協会は、元祖にあたる「新興作曲家連盟」として1930年に発足し、1935年に「日本現代作曲家連盟」に改称して国際現代音楽協会(ISCM/ International Society for Contemporary Music)に加盟しました。2019年に法人格を取得して特定非営利活動法人日本現代音楽協会となった現在も、ISCMの日本支部として国際的な活動を行なっています。

 その国際現代音楽協会ISCMは、1923年にザルツブルグで第1回音楽祭を開催して以来、現在まで脈々と活動を継続して、現代音楽分野の作曲家の国際統括団体として存在しています。今年が丁度100周年にあたります。第二次世界大戦中戦後の中断を除いて毎年、加盟国持ち回りで国際現代音楽祭を開催してきた歴史の中で、日本支部は《ISCM世界音楽の日々2001横浜大会》を2001年に主催することができて、辛うじて面目を保っている次第です。
尚、その音楽祭の実行委員長は私が務めました。準備段階から事後処理まで含めて約四年間を要したその業務は大変ではありましたが、実現できた達成感の大きさは私の人生の中で一番大きなものとなっています。

注記)来たる2024年1月7日には《ISCM“世界音楽の日々”100周年記念コンサート》を開催します。詳しくは 

日本現代音楽協会ホームページ でご確認ください。

 


 今から百年前のISCM創立の年、1923年は大正12年にあたります。ヨーロッパは第一次世界大戦で荒廃した状況下に在りました。日本国内、特に関東では、9月1日に関東大震災が起きた年として強く記憶されています。それから、100年の間に、太平洋戦争を含む第二次世界大戦もあり、上述の書籍『世界は五反田から始まった』に詳しく記述されていますが、五反田界隈に多数存在した町工場は、はからずも軍需産業のコマとなっていき、最終的には1945年の空襲によって多くが焼失してしまいました。
 それから70年以上を経過した現在、未だに人類は未熟そのものであると言わざるを得ません。昨年に勃発したウクライナとロシアの戦争に加えて、つい最近はイスラエルのガザ地区をめぐる攻防の報道もひっきりなしです。このような社会環境や国際状況の中で、作曲家を含む音楽家は何ができるのか…と考え込んでしまいます。別の言い方をすると、音楽に携わりながら平和に生きていることができている現況に感謝をしたいと思います。

 世界は五反田から始まった…、五反田を都心との結節点として意識しながら私は生きてきた…、偶然にもその五反田に私の所属団体の事務局が移ってきた…、徒然の随想、この辺りでお開きにいたしましょう。素晴らしい音楽と共に世界中が平和になりますように!

 

夕暮れの五反田駅桜風景

 


CARS(楽譜コピー問題協議会)