こんにちは。「墓の魚」の作曲家です。
私の作品に「暗い月夜の五つのファド」という曲集があります。
ポルトガルにファドという叙情的なラテン歌曲があり、
そのファドをイメージして作った五つの作品です。

その詩(音楽)は、人間の孤独や、魂の罪の秘密を、
暗い墓地や、魔女の妖術の物語の中に寓意的に投影したものです。
それがこちらです↓
本日は、以下、その作品を少し解説させていただきます。
■一曲目(二つの変奏曲形式です)
女が墓場で土(墓穴)を掘りながら、この世の中の不条理を歌い、
風刺していくという何ともブラックユーモアな作品。
虫と墓・・・美術で言うvanitasの哲学がテーマになっております。
女は世界を呪い、卑下しながら、穴を掘りますが、
それは自分に対しての嫌悪でもあり、懺悔でもあり、
つまり[墓穴を掘る]という諧謔に繋がる様にもなっています。
だけどこれ、特に目新しい事ではないんです。
骨や墓地から、この世の虚栄を暴き、表現するという手法は、
南欧では、とてもありふれた芸術表現です。
■二曲目(イントロイトス、本編、アリア(リュートの独奏)の三部形式になっています)
この作品はキリストの孤独を、
人間の孤独に照らし合わせて描いた作品なのですが、
イントロイトスでの高尚で宗教的な雰囲気は、本編の方では失われ、
本編では、俗的なラテンのリズムで、
孤高な人間の魂が歌われる事になります。
この聖人や神ですら、俗的に表現する手法は南欧文学独特なもので、
これも馴染みのない人には違和感を与えるものなのかもしれません。
例えるならフランス演劇の「ゴドーを待ちながら」の
一場面を連想してみて下さい。
ヴラジーミル「だって、靴なしじゃ歩けまい?」
エストラゴン「キリストは歩いたよ(・・略)
俺は、一生キリストを自分といっしょにしてきたんだよ!」
■三曲目
亡霊が失った時間への叙情を歌うという、
作品の中では1番ファドらしい雰囲気の歌曲かもしれません。
我々は亡霊ではないので、永遠の時を見たりはしませんが、
この場合の「永遠の時」とは、繰り返す我々の日常の事です。
我々もまた永遠に繰り返される日々の中で、
心を閉ざし、魂を閉ざし、様々な希望を棺桶に葬ってきた諦念の亡霊です。
だけど、その閉ざされた心も、
もしも永遠という長い時が与えられたのなら、溶ける事もあったかもしれない・・・
死んだ魂を背負って、ただ苦悩の長い現実を生きる時、
我々は、別の時間が流れていたはずの楽園を夢見るのです。
■四曲目
難解な和声のピアノ伴奏で歌われる
スペイン・ガリシア地方の迷信を歌った作品です。
ガリシア地方には、生前に聖アンドレス教会に巡礼に行けなかった人間は、
死後、動物に生まれ変わって、この教会に巡礼に来る事になる・・
という言い伝えがあります。
しかし、この歌では、
この世に生まれた者達は、誰もが教会に巡礼に行ける様な
理想的な人生を歩めるわけではない。
誰もが聖者になれるわけではなく、
泥水を啜って生きる、それもまた人生なのだ・・・と語ります。
そして、むしろ、言い伝えが本当ならば、
教会の灯の周りを飛び回る蛾に生まれ変わったその魂を
私は尊敬する・・・と歌っています。
■五曲目
五つ目はファドではなく、南イタリアの昔の政治を風刺した
歌とピアノのカンツォーネになっております。
これは用語が隠語の様に登場し、
意味がぼかされ、わかりにくくなっているので、
それを各自がそれぞれの解釈で考える事が
面白い作品なのではないかと思います。
というわけで、本日は曲集「暗い月夜の五つのファド」
の解説をさせていただきました。
全体的に暗い曲集ではあるのですが、
曲調は淀んでいても、その中にある様々なユーモアを
見つけていただければとも思います。
ぜひ、動画の方を聴いて、気に入った作品などありましたら、
公演に遊びに来て下さいね(大抵、どれか一曲はやります(笑))
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