うちの「鉄人」も逝きました〜2 | ひらけ!自閉児しゅんやの場合。

ひらけ!自閉児しゅんやの場合。

シレっと2年3ヶ月ぶりにブログに帰ってきました(笑)ブログタイトルも「コンの子育ち親育ちBlog!」改め「ひらけ!自閉児しゅんやの場合。」に変更しました。

それが、翌早朝、55日、

激しい雷を夢うつつに聞きながら

「まさか、

父さんが呼んでるとかだったら嫌だな」と

思ったか思わないかの瞬間

泣きじゃくる母から電話でした


父は傍に添い寝していた母の事も起こさず

もがき苦しむ事もなく

急に、静かに逝ってしまいました


なんで父さん、

仕事も一緒、いつも一緒だった

母さんに内緒で一人で逝っちゃったんだよ、

なんて残酷な事をしたんだよーって

ものすごく悲しく思ったけれども


精一杯尽くしてきた

母さんを起こさず眠らせておき

私達が風邪を引かないように家に帰らせて

くれたのかもしれないと


父さんらしい不器用な優しさかなと


駆けつけた時の

父さんは

目がうっすら開いていて

私達の事をちゃんと見てくれてるようだったし

まだあったかくて


正直、

息を引き取る瞬間を見届けるのは

怖くて怖くて仕方がなかったから


そんな気持ちも察して

くれちゃったのかなあ


雷、日が差し、また雨、雷、また晴れ間

その日の天気は

父さんの人生のような不思議な天気で


それにしても、

67歳なんて早過ぎだよ


娘としては、なんにも間に合わなかった

苦労と心配とお金ばかりかけさせて


だから

私は悔しいし情けなくて悲しいけど



父さんが


昨年の秋まで仕事をやり切って

色々と身の回りを整理して

そして、信頼できる先生の元で

なんの不満もなく

余命にも納得して

みんなに会えて満足して

心穏やかに逝ったと思うと母に聞いて


ガンに負けたわけではなくて

ガンと共に一生懸命生き抜いたんだなと

思えたから



カッコいいなぁと


最後まで父さんらしかったなぁと





だから私も

息子も

もっともっとがんばらなくては


お気に入りだった

じいちゃんの時計もらったしね








これからも、誰よりも

私の事と

息子の事を

応援して見守ってくれると思うので












57日、

特大サイズの棺

そして

係員の方が骨壷に入れるの苦労するほど

ごつい骨で

最後まで存在感のあった父でした


涙もたくさん

笑いもたくさん、の

良いお葬式でした






葬式までの間は

父の事以外でも辛かった


こんな時でも

私は息子と一緒にいるしかなくて


こんな時でもモノを投げたりしてしまうし

あれこれ目が離せないから

葬儀に向けての準備とか手伝いも

なにもまともにできなかったし

息子と二人、迷惑かけないように

部屋に閉じこもっておくしかできないって

思ってしまって

普段「息子は息子、

そのままできっと大丈夫!」とか言ってるのに

親族一同の前では

息子の事にものすごい引け目ばかり感じて

長女なのに、スミマセンという気持ちばかりで

情けなくて悲しくて居場所がなくて

泣けて泣けて

気が利いて妊婦さんなのによく動いて

喪主の弟をしっかり支える義妹さんと

健康的に成長しているその息子ちゃんの姿に

さらに勝手にダメージを受けてしまい

ますます卑屈な気持ちになって

母ともケンカしたりもして

ものすごく辛かったけど


そんな私を

慰めてくれ笑わせてくれ

「ママ!大丈夫!」と

わからないながらに励ましてくれたのは

私の息子自身でした


だから、立ち直れて

お葬式の日を迎える事ができました



お経に負けず歌い出したり

お供え花の名前をなぞろうと

何度も前に出てしまったり

だから

早々に式場から退出して

お葬式にもまともに参列できなかったけど


とても気持ちは晴々できた



息子と何があっても

どんな状況でも

堂々と生きていきなさい、と

父が叱咤激励してくれたのかな


そう今は感じています



ありがとう、父さん

そして、これからもよろしくね、じいちゃん