毎度の如く隣の店の歓迎会に呼ばれて。
家を出たのは夕方だったにせよ、
ニット1枚では体をさするほどだった。

大嫌いな夏が終わったのを肌で感じた。
鞄からハンカチを出すことがなくなると
それはそれで少しさみしいものである。


みんなが金木犀の匂いがすると言うけど、
普段の行動範囲にそれはなく、
秋の匂いは、運動会のピストルの音と
地元のお祭りの光景が頭に浮かぶことで
連なって感じる毎年である。


季節がめまぐるしくかわっていく。
1ヶ月、ましてや1週間なんてすぐ過ぎる。

そうして2ヶ月とちょっとあとには、
またひとつ年をとる。





ホイホイと、どこの飲み会にでも顔を出す
そして2次会、3次会にもとことん付き合う
カシワギはそう思っていただろう。
終電でおとなしく帰る私の姿をみて
ポカンとしていた。



変わっていくことは大事。
その中で変わらない物があることも大事。

経営に関しての話だったと思うけど、
いつか何かの講演会で言っていた。

3Kの長男は内蔵脂肪をためこみ、
次男は2年前が嘘のように楽しそう。
末っ子の私はまだここにいる。

友情だけ、変わらなければいいなと思う。




遅めの夏の終わり。
季節の変わり目にはいつも風邪をひく。


悲しみは大股に変えて歩こう。
これが、私の“つよがり”である。
aikoを聴いていて思い浮かぶ風景は
遠く、広島ではないどこか。

あの頃の記憶は、どうしても塗り替えられず
といっても別に辛い記憶な訳じゃない。
今の私に直結している時期である。





疲れているとすさまじく口が動くという
うっとうしい性質の私に付き合ってくれる
寛容な人が、いつも誰かしら居てくれる。

そのため私の近況は、その辺の人に聞けば
だいたい分かるようになっている。


お酒はそんなに強くなくて依存もしてないのに
「あいつはいつもどこかで飲んでいる」
と認識されているとこだけ間違っているけど。






くるりを聴くと、特に何も思い浮かばないけど
静かな闘志が沸いてきたりする。

それを知ってか知らずか、兄やんが
先日の講演会での即売会に向かう車中で
「景気付けに」と言ってくるりをかけてくれた。
いや、かけてくれたんじゃなくて
何を隠そう兄やんもくるり愛好家なのだ。

二人して、会話を忘れて口ずさむ光景は
今思い返すととても異様だっただろう、
後部座席に乗っていたもう一人の同僚は
居眠りするわけでもなく、黙っていた。




他人の意識を変えるのは難しいけど、
今朝、どうにも許しがたかった会話に
割って入って、私はこう思う、と主張したら
意外に拒絶されなかった。

別に解ってくれなくていいけど!という
勢いがよかったのかもしれない。

いつも苦戦している人のそんな反応に、
逆にびっくりしてしまった。





カープはまた負けていた。
カードだけあけたプロ野球チップスが
たまっているけど、ビールがないと
消化がすすまないよね。え?だから、
いつも飲んでるわけじゃないんですって。
今日は仕事が昼からだけど、こんな日に限って
4時半のアラームでパッチリと目が覚めた。
いつもあんなに苦労しているというのに。

やはり、そう頻繁にはないイベント?に
緊張しているのだろうか。
今日は渡辺美樹氏の講演会に本を売りにいく。



暇をもて余した果てに、YouTubeでミスチルを。
ノーマークだったけど「旅立ちの唄」。
グサグサと胸に刺さって、こんな早朝から
1ヶ月分くらいの涙が出てしまったけど、
今日これから長い1日を乗りきれるのだろうか。




9月が終わる。約束の3月まで、あと半年。