のどが死ぬほど痛い風邪をひいた。

朝、朦朧としたまま電車に乗っていたら、
降りる駅をひとつ過ぎていたけど、
店はその2駅のちょうど中間にあるので
いつも通りみたいな顔をしてそこで降りた。



熱いような寒いような、ふわっとした感覚の中、
1日休んだ代償として溜まったメールを見ていたら
また熱が上がりそうな気がしてきたので、
ちょっと棚を触ろうと売場に出たら最後、
ボロボロの棚を直すのに夢中になって、
結局また昼にはぐったりしていた。





春の教育書フェアに向けて、専門版元も
営業にまわりはじめているよう。

教育書版元はだいたいが老舗であり、そして
少人数でやっているところが多いみたいで、
その道が長い、えらい人がいつも訪ねてくる。


大きな鞄に注文書は沢山入っているだろうに
営業なんてひとつもしないで、
「ここは前田くんがいるから安心してんだよ~」
と言いながら、昼休憩を狙ってきたのか
ランチに連れ出してくれる部長もいたりして
それが、“ついでに立ち寄る”とは言いがたい
郊外のうちの店舗であるだけに、
ありがたいなぁと報われた気持ちになる。

そしてそれにまた報いるがため、というように
頑張ろう、という力が湧いてくるのだ。




兄やんは最近ひねくれっぱなしの私に
あきれ果てているんだと思っていたので、
なるべく顔を合わさないようにしてたけど、
夕方おそく、そんな出来事などを話したら
うんうん、ありがたい話だねぇーって
なんてことなくまた素直な気持ちを言い合えて
熱があることなんて忘れかけていた。



いつまでも古いままだと言われる業界。兄やんが
「今までの常識を覆すくらいに書店は今
変わらなきゃいけないんじゃないかと思う」
と言っていた。明らかに抽象的だけど、
兄やんと私たちで、ドカンと何かやらかしたら、
それで“書店”に画期的な変化をもたらせたら、
どんなに素敵でしょう。


あれ、この間、脱兄やん宣言をしたばかりだっけ。
今度は助太刀会の会員たちに怒られるかな。





風邪薬、頭痛も一緒におさまるんだけど、
明日はもう飲まなくてよければいいなぁ。
リフティングが5回続いたのはやはり
奇跡以外の何者でもなかった。
それも大学生の時の話で、もう7年前のこと。


見事に足手まといになったフットサルで、
自分の臆病っぷりに呆れ果ててしまった。
なんどチャンスのパスを見送ったことか。
ゴール前で待機させてくれていたというのに。

しかも、ぎゃーとかあ゙ーとかおらぶ私は
まったく、可愛くない紅一点である。



選挙のポスティング以来の運動だっただろうか。
あの坂道を行ったり来たりも相当だったけど
紛れもなく“スポーツ”をした今日は
すでに体が悲鳴をあげているみたい。

明日にはどうなっていることやら。





11月もあっという間だった。
来月、誕生日を過ぎたら、また1年を振り返る。
毎年毎年、この1年は今までで一番よかったと
思えることこそ奇跡だなぁと思う。
出入りというよりも、出ていく人が多かったので
どうも取り残された気持ちになっていた最近に。



「あぁ、今その世代が中心になって
会社を動かしていらっしゃるんですねぇ」

どこどこ店のだれだれが同い年で、という話を
何日か前に版元さんとしていたときに
そう言われて、いやいやそんなと謙遜したけど
今朝ふと頭の中にピロリーンって閃いたので、
休日出勤の兄やんを見つけるやいなや、
「私、やっぱり58年生まれを掲げていこうと
思います」と宣言した。

こいつまた何か言い出したで、と言いたそうに
でもひと通り話を聞いて、また呆れたような
安心したようなはにかみ笑いをみせた。



これがもし、私は私でやっていきますから
兄やんは行きたいところへ行けばいいんだよ
というメッセージが暗に込められていて、
兄やんがそれに気づいていないとしたなら、
私が一歩上だということでいいのかな。

これまた余計なお世話でおこがましいけど。





58年生まれ、我らが助太刀会のメンバーに
そんな決意を告げようと、片っ端から…
といっても3人だけど、電話をかけてみた。

よっぴー、カシワギ。やさしい二人。
「そういうことだから、頑張ってよ!」と
押し付けがましい話をいつものように
受け止めて?くれる。

難関、優しくない元祖ソウルメイトは
やっぱり電話に出なかった。
優しくないけどそこは子分1号、2日後くらいに、
思い出したようにちょっと怯えながら
かけ直してくることだろう。




みんなそれぞれ、いろいろ任されちゃって
あたふたしてて笑っちゃうけど、
助太刀会ってバカみたいでかっこいい。


そりゃあ、全力で助太刀しようって
思ってしまうよね。

皆、紛れもなく兄やんの弟子である。