ニュースを見て、驚きました

消えた正倉院宝物と確認=東大寺大仏殿の大刀2振り-1251年ぶり・奈良 とありました


$社長の独り言
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X線撮影で発見された国宝東大寺金堂鎮壇具の金銀荘大刀2振りの刀身に刻まれた「陰劔」(左)と「陽劔」の文字(元興寺文化財研究所提供) 【時事通信社】

 東大寺などは25日、1907年に大仏殿から発見された国宝「金堂鎮壇具」の中の大刀2振りが、奈良時代に光明皇后によって正倉院宝物から取り出され、1251年間行方が分からなくなっていた「陽寶劔(ようほうけん)」「陰寶劔(いんほうけん)」と確認したと発表した。刀身から「陽劔」「陰劔」の銘文が見つかったためで、同寺は「歴史的な大発見」としている。
 同寺などによると、2振りは「金銀荘大刀」で、長さはそれぞれ97.2センチと98.5センチ。2010年度から保存修理事業を行っている元興寺文化財研究所保存科学センター(奈良県生駒市)でX線撮影したところ、刀身のつか近くの内側部分から、「陽劔」「陰劔」と刻まれた文字(1文字約2センチ四方)が見つかった。
 陽寶劔と陰寶劔は756年、聖武天皇崩御に伴い、光明皇后が遺品として東大寺に寄進し、正倉院に納められた。その約3年半後の759年12月に刀が倉から取り出された記録が残っており、宝物の一覧表「国家珍宝帳」には倉から取り出したことを示す「除物(じょもつ)」の印が付けられ、以後、行方が分からなくなっていた。(2010/10/25-22:36)

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1251年前に、行方が判らなくなった 刀 が、見つかった事に驚きです。

歴史的なものが、偶然、発掘されたり、発見されることはありますが、それが、何なのかは、その後の調査で判ったり、推測されることが一般的だと思います。

今回の場合、紛失していた事も残った記録から判っていました。

正倉院に収められていた品が、移されて東大寺にあった。

その経緯は判りませんが、1251年もの長い間、静かに眠っていたと云うことでしょう。

こんな古い記録が、きちんと残され、保存されていることににも驚きです。

日本では、決して特別なことではないようですが、世界の中で見ると、かなり、特殊なことのように思います。

天皇家が125代も続き、一度も途絶えてない歴史が、今回の出来事と関係が深いと思うのですが、皆さんはどう思いますか?

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