この記事は、2010年4月21日から、5月10までの3週間をかけてネパールへ、エベレストを間近で見るために、カラパタールと云う5550mの丘(正確には、プモリの稜線)を目指して、ひたすら歩き続けた記録です。
【5日目 4月25日】 ナムチェバザールで、高度順応のため1日滞在。
5:00 起床

部屋から見た、コンデ・リ(6011m)です。
直ぐに身支度をしてカメラを持って飛び出します。
ナムチェの一番高い チョルクンの丘(3500m)に登って、エベレストを見るためです。
小高い山を登ること約20分。ここは、アーミーの監視所でもあります。
この日も、運良く、晴天に恵まれました。

5:25 チョルクンの丘から見た、エベレストです。どれか、判りますか?
真ん中が、ローチェ(8516m)でその左が、尾根続きでヌプッチェ(7864m)です。
この場所からは、ヌプッチェは、平らな山に見えます。
そのヌプッチェの中ほどに、頭だけ出ているのが、エベレスト(8848m)です。
良く見ないと、一つの山に見えますね。
この時、判ったのですが、エベレストは、周囲を8000m級の山に囲まれているため、この位離れた所から頭だけ見るか、カラパタールまで登って見るしか、方法がないようです。

ここで、エベレスト初参拝の記念に、全員で撮影です。

5:45 コンデ・リ(6011m)にも、朝日が当たりはじめました。
この後、ロッジに戻り、朝食を済ませ、高度順応を兼ねて、エベレストビューホテルまで登る「1日ハイキング」に出掛けます。

8:00にロッジを出発。村の子供が、朝から兄弟で髪を洗う光景をみました。二人で少ない水で上手に洗っていました。

ナムチェ村の中を登って行きます。

高台から見たナムチェバザールです。

8:50 途中で休憩。ゆっくりと流れて行く時間に、体が少しづつ慣れて行くのが判ります。
澄んだ空気を一杯に吸い込みます。

シャンボチェ村です。

9:25 シャンボチェの飛行場です。セスナ機のような小さな飛行機しか飛べません。

9:50 最近出来た、シャンボチェ・パノラマホテルです。

エベレスト・ビューホテルの丘が見えてきました。宿泊客を運ぶヘリコプターが何度も飛んで行きます。

ホテルへの石の階段が見えて来ました。

ホテルのエントランスです。

10:45 エベレストビューホテルの庭から見た エベレストの景観です。
この光景が、どの部屋からも見れるように建築されたホテルです。
経営は日本人と聞きました。ちょっぴり、優雅な気分に浸れます。

デッキでティーを頂き、記念撮影。
バックのガラスにエベレスト山群が写し出されています。

11:25 この後、クムジュン村へ向かいます。背後の山は、聖山クンビラ(5761m)です。

アマダ・ブラム(6814m)もこの場所からは最高に綺麗でした。

途中で見つけた花です。
何と云う花か判りませんが、とても綺麗な花でした。

11:40 クムジュン村のロッジで昼食です。

昼食後、イエティー(雪男)の髪の毛があると云う場所に向かいました。途中、見かけた建築中のロッジです。

イエティー(雪男)の髪の毛が保管されている寺院です。
確かに、髪の毛がガラスケースの中に保管されていました。
今でも、イエティーが居るとこの地域では信じられています。

13:20 ヒラリースクールへ立ち寄りました。
エドモンド・ヒラリー
ヒラリー卿は、1953年に、世界最高峰のエベレスト(チョモランマ)に、ネパール人シェルパのテンジン・ノルゲイとともに世界で最初に登頂に成功した人ですが、同じ1953年生まれの私にとって、何か身近に感じるものがあります。
この地では、ヒラリー卿は、今でも絶大な存在です。彼が、この地に学校を建設し、今でもその恩恵を受けているネパール人はたくさん居ます。

広い敷地に、いくつもの校舎がありました。

教室の中を覗いてみました。
小さな教室ですが、子供達が熱心に勉強している様子が伺えます。

広い運動場を後に、ナムチェに戻ります。
戻る途中、何人もの生徒とすれ違いました。
聞くと、遠くの村から来るので、時間も決まってないそうです。
1-2時間掛けて、昼からの1-2時間の授業を受けに通ってきます。
それでも、学校に行ける子は恵まれている方です。
日本では、考えられない世界が、ここでは当たり前にように営まれていました。

14:10 ナムチェ村が見えて来ました。
この後、ロッジに戻り、小休止。
と云っても、16:00までは寝ないように注意されました。
寝ると、高山病に掛かり易いようです。
この日は、終日、高度順応のため、周辺を歩き周り、移動距離は0でした。
長文を最後まで読んで頂いて、感謝します。
※ ナムチェバザールの標高 3450m
エベレスト・ビューホテル 3880m
クムジュン村 3750m
※ 本日の移動距離 0km

【5日目 4月25日】 ナムチェバザールで、高度順応のため1日滞在。
5:00 起床

部屋から見た、コンデ・リ(6011m)です。
直ぐに身支度をしてカメラを持って飛び出します。
ナムチェの一番高い チョルクンの丘(3500m)に登って、エベレストを見るためです。
小高い山を登ること約20分。ここは、アーミーの監視所でもあります。
この日も、運良く、晴天に恵まれました。

5:25 チョルクンの丘から見た、エベレストです。どれか、判りますか?
真ん中が、ローチェ(8516m)でその左が、尾根続きでヌプッチェ(7864m)です。
この場所からは、ヌプッチェは、平らな山に見えます。
そのヌプッチェの中ほどに、頭だけ出ているのが、エベレスト(8848m)です。
良く見ないと、一つの山に見えますね。
この時、判ったのですが、エベレストは、周囲を8000m級の山に囲まれているため、この位離れた所から頭だけ見るか、カラパタールまで登って見るしか、方法がないようです。

ここで、エベレスト初参拝の記念に、全員で撮影です。

5:45 コンデ・リ(6011m)にも、朝日が当たりはじめました。
この後、ロッジに戻り、朝食を済ませ、高度順応を兼ねて、エベレストビューホテルまで登る「1日ハイキング」に出掛けます。

8:00にロッジを出発。村の子供が、朝から兄弟で髪を洗う光景をみました。二人で少ない水で上手に洗っていました。

ナムチェ村の中を登って行きます。

高台から見たナムチェバザールです。

8:50 途中で休憩。ゆっくりと流れて行く時間に、体が少しづつ慣れて行くのが判ります。
澄んだ空気を一杯に吸い込みます。

シャンボチェ村です。

9:25 シャンボチェの飛行場です。セスナ機のような小さな飛行機しか飛べません。

9:50 最近出来た、シャンボチェ・パノラマホテルです。

エベレスト・ビューホテルの丘が見えてきました。宿泊客を運ぶヘリコプターが何度も飛んで行きます。

ホテルへの石の階段が見えて来ました。

ホテルのエントランスです。

10:45 エベレストビューホテルの庭から見た エベレストの景観です。
この光景が、どの部屋からも見れるように建築されたホテルです。
経営は日本人と聞きました。ちょっぴり、優雅な気分に浸れます。

デッキでティーを頂き、記念撮影。
バックのガラスにエベレスト山群が写し出されています。

11:25 この後、クムジュン村へ向かいます。背後の山は、聖山クンビラ(5761m)です。

アマダ・ブラム(6814m)もこの場所からは最高に綺麗でした。

途中で見つけた花です。
何と云う花か判りませんが、とても綺麗な花でした。

11:40 クムジュン村のロッジで昼食です。

昼食後、イエティー(雪男)の髪の毛があると云う場所に向かいました。途中、見かけた建築中のロッジです。

イエティー(雪男)の髪の毛が保管されている寺院です。
確かに、髪の毛がガラスケースの中に保管されていました。
今でも、イエティーが居るとこの地域では信じられています。

13:20 ヒラリースクールへ立ち寄りました。
エドモンド・ヒラリー
ヒラリー卿は、1953年に、世界最高峰のエベレスト(チョモランマ)に、ネパール人シェルパのテンジン・ノルゲイとともに世界で最初に登頂に成功した人ですが、同じ1953年生まれの私にとって、何か身近に感じるものがあります。
この地では、ヒラリー卿は、今でも絶大な存在です。彼が、この地に学校を建設し、今でもその恩恵を受けているネパール人はたくさん居ます。

広い敷地に、いくつもの校舎がありました。

教室の中を覗いてみました。
小さな教室ですが、子供達が熱心に勉強している様子が伺えます。

広い運動場を後に、ナムチェに戻ります。
戻る途中、何人もの生徒とすれ違いました。
聞くと、遠くの村から来るので、時間も決まってないそうです。
1-2時間掛けて、昼からの1-2時間の授業を受けに通ってきます。
それでも、学校に行ける子は恵まれている方です。
日本では、考えられない世界が、ここでは当たり前にように営まれていました。

14:10 ナムチェ村が見えて来ました。
この後、ロッジに戻り、小休止。
と云っても、16:00までは寝ないように注意されました。
寝ると、高山病に掛かり易いようです。
この日は、終日、高度順応のため、周辺を歩き周り、移動距離は0でした。
長文を最後まで読んで頂いて、感謝します。
※ ナムチェバザールの標高 3450m
エベレスト・ビューホテル 3880m
クムジュン村 3750m
※ 本日の移動距離 0km
