International Conference – 50 Years After Test 596: China’s Nuclear Programme in East Turkestan and Its Impact Today
WUC, 8 February 2012
The Lop Nor testing site, located in East Turkestan, was used for a total of 46 individual nuclear detonations over three decades (1964 – 1996). Since the termination of the tests in 1996 – marked by Beijing’s signature of the Comprehensive Test Ban Treaty – the environmental and health impact of the radioactive contamination in the area has not yet been addressed.
To raise this urgent need, László Tőkés MEP, in cooperation with Kristiina Ojuland MEP and Vytautas Landsbergis MEP, will convene a conference, ‘50 Years After Test 596: China’s Nuclear Programme in East Turkestan and Its Impact Today’ at the European Parliament in Brussels from 9.30–12.30 on 29 February 2012 in collaboration with the Unrepresented Nations and Peoples Organization (UNPO, www.unpo.org) and the World Uyghur Congress (WUC, www.uyghurcongress.org).
The international conference promises rare information on China’s nuclear policies, the scope of its nuclear weapons tests in East Turkestan, and the consequences of radioactive exposure for people and environment with a particular focus on the disproportionate effects on the Uyghur population. A multi-faceted programme will cover elements of China’s programmes for scientific development as well as social and health policies, which have acquired international significance due to their wide-reaching effects. Expert panellists with a research background in nuclear security will provide an unadorned insight into the legacy of long-standing birth defects, cancer and death, which the local Uyghur community is facing as a consequence.
The conference will provide a constructive discussion on ways to secure meaningful recognition and compensation for the survivors of the Communist Party’s nuclear testing programme conducted in Lop Nor, East Turkestan over three decades, frequently neglected by the international community.
Details of the event:
Wednesday, 29 February 2012, 9.30 – 12.30
Room P7C050, Paul-Henri Spaak Building, European Parliament
60 Rue Wiertz, Brussels, Belgium
Registration is required and must be submitted before 24 February 2012.
Please send your full name, date of birth, place of residence, nationality, organisation to: lfahey@unpo.org
Organised by the Offices of László Tőkés MEP, Kristiina Ojuland MEP and Vytautas Landsbergis MEP
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元ウイグル語原文:
http://www.uyghurcongress.org/uy/?p=5585
世界ウイグル会議第4回代表大会準備委員会
2012年1月3日
世界ウイグル会議第4回代表大会及びウイグル幹部人権・民主講習会を、2012年5月14日から20日まで、日本の首都東京で行います。
世界ウイグル会議の今回の代表大会は、今までのすべての大会と同様に重大な意義を持っています。今大会は、“7・5”ウルムチ虐殺以来、東トルキスタンにおける抗議の規模と回数がますます増えている時期と、中国政府がわが民族に対して行なっている同化政策が酷くなっている時期に、ちょうど重なりました。祖国を離れて運動を行っている世界レベルのウイグル組織として、世界ウイグル会議はウイグル民族解放運動のリーダー及び精神的母親ラビヤ・カディール女史の指導の下、我が民族の自由解放運動を牽引しています。この点から今回の代表大会の開催は、全世界のウイグル民族解放運動の継続的な、より整えた形で実績をあげながら前進していくことに大きな役割を果たすものになります。
世界ウイグル会議が正式に立ち上がってから今日まで、多くの経験を重ね、次第に大きくなり、今日の規模になりました。数々の困難に直面しても屈することなく、2千万の東トルキスタンの人々が自由になることを組織の政治目標にして来ました。中国は世界ウイグル会議に対して、大規模な誹謗中傷を繰り返し、ウイグル人社会から孤立させ、内部から分裂させる陰謀を展開してきましたが、我々はこれをすべて粉砕しました。この勝利は世界ウイグル会議が民族の信頼と応援、議長ラビア・カーディル女史の強固な意志、そして世界ウイグル会議の自己犠牲精神を持つ闘士らのお陰で手に入れたものであります。
今回の代表大会は、世界各地で東トルキスタンの解放運動を行う組織の責任者、在外ウイグル社会で尊敬を集める著名人、学者、宗教指導者、世界レベルの人権団体の代表、日本国国会議員、外国の政治的なオブザーバー、ウイグル民族を研究している外国人専門家と学者に出席してもらい、わが民族の闘争の意志を奮い起こすと同時に、私たちを支援、応援している各国政府、政党、非政府組織等に、私たちのこれからの目標についての情報を伝える大会でもあります。
今回の大会ではウイグル民族の自由を取り戻す政治目標が再び世界に宣言されます。
去年5月アメリカの首都ワシントンDCで開催された東トルキスタンウイグル最高協商会議は、ある意味では今回の大会への思想的な準備の役割を果たしました。今回の大会では、再び最高協商会議の議題を改めて審議し、その一部は代表らの審議を経て世界ウイグル会議の規約に入ります。
今大会は、ウイグル民族解放運動における様々な考えをもっている方々、会派の代表が自分たちの意見を自由に提出できる民主的な場を提供することを保障します。
アメリカのアジア太平洋地域に対する新戦略と対中抑止戦略を、積極的に支援している日本で、今大会を開くことは、皆の関心を引くもう一つの注目ポイントにもなります。日本は20世紀の東トルキスタンの歴史の中でそれほど大きくはなかったけれども影響を残した国であります。日本のアジア、太平洋地域での戦略的重要性はますます認識されていると同時に、日本は中国の脅威から自衛のために緊急の対応を行っている国でもあります。このような国際情勢の中で、今回の大会を日本で開くことはウイグル民族解放運動の更なる国際化の重要な一歩となります。ここでつき加えておきますが、日本は1980年代から何千人ものウイグル人留学生に学習の機会を与えてくれた国であり、日本で卒業したウイグル人留学生達は今、世界各国で活躍しています。
世界ウイグル会議常務委員会は今回の大会をとどこおりなく進行させるために、第4回代表大会準備委員会を設置しました。準備委員会のメンバーは以下の通りです。
ドルクン・エイサ(ドイツ)
ガユル・クルバン(ドイツ)
エルキン・エメト(トルコ)
ハイルラ・エフェンディギル(トルコ)
ジリル・トゥラン(トルコ)
イリハム・マハムティ(日本)
ウメル・カナト(アメリカ)
メメトイミン・アラ(オーストラリア)
カヒルマン・ホジャムベルディ(カザフスタン)
アブドレシティ(カザフスタン)
セメト・アブラ(ノルウェー)
それと同時に準備委員会は世界各地にいる東トルキスタン国民の皆さんからのメッセージ、意見または提案を収集するためにメールアドレスと電話を設けました。皆様から今大会に対するご意見、ご提案はこのメールアドレス或いは電話を利用して、準備委員会に送っていただくことを望みます。
メールアドレス:4.qurultay@googlemail.com
電話番号: 0049-89-5432-1999
世界ウイグル会議第4回大会準備委員会
2012年1月3日
(本文は日本ウイグル協会HP上の和訳をウイグル語原文に照らし合わせて、数箇所の間違いや落ちた部分を訂正したものです。ートゥール・ムハメット)
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以下に示すのは、イスラームが命じている物事の一部です:
1-公正と平等:
至高のアッラーはこう仰っています:
-実にアッラーは、公正と善行と近親の者への贈与を命じられ、そして醜行と悪事と法を越えることを禁じられる。そしてあなた方が熟慮するよう、あなた方を戒められるのだ。,(クルアーン16:90)
イスラーム史上初のカリフであるアブー・バクルは、彼がその権威を委任された時に次のような言葉を語っています:
「あなた方が強者と見なす者たちは、私が彼らから彼らに義務付けられた物を拠出させるまで、私の目には弱者である。そして弱者は、私が彼らに彼らの権利を与えるまでは強者なのである。私がアッラーに従っているのを見る限り、私に従うのだ…。」
ムスリムは血縁が繋がっている者であろうと、そうでない者であろうと、分け隔てなく公正に接しなければなりません。至高のアッラーはこう仰いました:
-そしてあなた方が(証言の時などに)言葉を口にする際には、例えそれが近親の者(にとって不利に働くようなこと)であっても、公正を貫くのだ。そしてアッラーとの契約を守れ。それこそかれ(アッラー)が、あなた方に命じられていることである。あなた方は思い出すことであろう。,(クルアーン6:152)
また公正は機嫌の良い時であれ悪い時であれ、また相手がムスリムであるかそうでないかを問わず、平等に貫かなければなりません。至高のアッラーはこう仰いました:
-そしてある民に対する憎悪ゆえに、彼らに対する公正を損なうような罪を犯してはならない。公正を通すのだ。それこそはより敬神の念に近いのである。,(クルアーン5:8)
また至高のアッラーは、公正は時に力をもってでも行使しなければならないと宣言しています:
-われら(アッラー)は、明証と共にわれらの使徒たちを遣わした。そして彼らと共に啓典と秤も下したが、それは人々が公正を行使するためだったのである。またわれらは鉄を下したが、そこには絶大な力と人々への益が潜んでいる。 ,(クルアーン57:25)
イスラーム中世期の大学者イブン・タイミーヤはこの節を注解するにあたり、こう言っています:
「諸使徒と諸啓典が下された目的は、人間が正義を行使するためである。そしてそれはアッラーの諸権利と、被造物の諸権利を満たすことで達成される。啓典から逸脱する者は、“鉄”によって矯正されなければならないのだ。」
2-他者優先の精神:
それこそは社会にその影響が明瞭に反映されるところの、他人に対する真の愛と好意の一つの印です。それによって個人間の結びつきは強まり、人は他人の援助と相互扶助へと促されるのです。至高のアッラーは、他者を優先する人々を称揚してこう仰いました:
-そして彼ら(アンサール)は自らが貧困の中にあっても、彼ら(ムハージルーン) のことを優先する。そして自らの吝嗇さから身を慎む者こそは、真に成功する者なのである。,(クルアーン59:9)
3-良い仲間を探し、悪い仲間を避けること:
預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は良い連れ合いと悪い連れ合いに関し、非常に優れた例えを用いてこう説明しています:
「よい連れ合いと悪い連れ合いとは、ちょうど香水を運ぶ者とふいご(で炭)を吹く者のようなものである。香水を運ぶ者はあなたにそれをくれたり、またはあなたが彼からそれを買ったり、あるいは彼からよい香りを嗅ぐことが出来るかもしれない。一方ふいごで(炭を)吹く者はといえば、あなたの衣服を焦がしたり、あるいはあなたに悪臭を与えたりするだけなのだ。」(アル=ブハーリーの伝承)
4-争っていたり、仲違いしていたりする者たちの調停:
至高のアッラーはこう仰っています:
サダカ(施し)か善行か人々の間の調停かを命じるものではない限り、彼らの密談の多くには益がない。しかしアッラーのご満悦を望みつつそのようなことを行う者には、われら(アッラーのこと)がまたとない報奨を授けよう。(クルアーン4:114)
人々の調停に入ることには、サラー(礼拝)やサウム(斎戒)などその他の義務的な崇拝行為のそれと同様の、多大な報奨が約束されています。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:
「サウム(断食)やサラー(礼拝)やサダカ(施し)よりも位階の高い行いを教えてやろうか?人々の間を調停することである。人々の関係の悪化は、(宗教を)根こそぎにしてしまうものなのだ。」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承)
そしてイスラームはこの件‐人々の団結を維持し、分裂を阻止すること‐に関して、嘘をつくことを容認しています。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「私は次の者たちを嘘つきとはしない:調停を望むがゆえに、人々の間を(事実とは違う)言葉でもって取り持つ者。戦争の際にそれを用いる者。そして(何らかの福利を意図した)夫婦間のそれ。」(アブー・ダーウードの伝承)
またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこうも言っています:
「人々の間を調停するために、善を広め、良いことを言う者は、嘘つきではないのだ。」(アル=ブハーリーの伝承)
5-自らの能力の範囲内で、あらゆる手段を用いて善と美徳を命じ、悪と非道を禁じること:
これは不正や道徳的腐敗が広まるのを防止し、諸権利が確保されることを保障する、社会安全における一つの基礎です。尚イスラーム国家において履行されるべきものはイスラーム法以外のいかなる法律でもありません。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:
「悪事を目にした者は、それを手でもって正せ。もしそう出来なければ、舌でもって正せ。そしてそれさえも出来なければ、心でもって正すのだ。そしてそれが最も弱い信仰心である。」(ムスリムの伝承)
こうしてイスラームのある側面に無知な者は学び、不注意な者は忠言を受けるのです。道徳的腐敗は善き人々が援助され、そしてアッラーの法が支持され履行される限り、正されるでしょう。至高のアッラーはこう仰っています:
-そして善行と(アッラーの懲罰から身を守る)服従行為において互いに助け合うのだ。そして悪や憎しみにおいて互いに助け合ってはならない。そしてアッラー(のお怒りや懲罰の原因となるような事柄)から身を慎むのだ。実にアッラーは、その懲罰の厳しいお方である。,(クルアーン5:2)
預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は善を命じ、悪を禁じることでもたらされる状況に関して、次のような説明を施しています:
「アッラーの掟に従う者たちとそれを妨害する者たちとの関係は、ちょうど(出発する前の)船にその居場所を配置された人々の一団のようである。彼らの内のある者たちは甲板に、そしてある者たちは船室に配置されるが、船室に入れられた者たちは水が欲しくなったら(甲板にいる者たちの)上を跨いで行かなければならない。それで彼らはこう言う:“もし私たちが(水を得るために)船底に穴を開ければ、甲板にいる者たちを邪魔する必要はなくなる。”それゆえ甲板にいる者たちが彼らを好き放題にさせて置けば、彼ら全員が破滅するであろう。しかしもし彼らがそれを阻止すれば、彼らは全員助かるであろう。」(アル=ブハーリーの伝承)
またアッラーは、この行為をおろそかにしたがゆえに下った懲罰について、次のように言及しています:
イスラエルの民の不信仰者たちは、ダヴィデとマリヤの子イエスの舌によって呪われたのである。それは彼らが逆らい、法を越え、かつ彼らが行っていた悪行を禁じなかったからなのだ。彼らの行っていたことの、何と惨めなことか。(クルアーン5:78-79)
更にイスラームは善を勧め悪を禁じることにおいて、遵守すべきいくつかの指針と原則を定めています。その一部を以下に挙げてみましょう:
1. この行為を行おうとする者が、何が勧められ禁じられるべきことなのかを熟知していること。これはそうする者が逆に人々を宗教から遠ざけたりしないためです。教友スフヤーン・ブン・アブドゥッラー・アッ=サカフィーはこう伝えています:
私は言いました:「アッラーの使徒よ、自らの身を守ることの出来るようなことについて、何かご助言下さい。」彼は言いました:「“わが主はアッラー”と言い、自らを正すのだ。」私は言いました:「アッラーの使徒よ、私に一番恐れることは何でしょうか?」彼は彼の舌をつかんで、こう答えました:「これだ。」(アッ=ティルミズィーの伝承)
また著名なハディース学者の一人であるイブン・ヒッバーンは、この言葉に関してこう言っています:
「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が自らの舌をつままずに“舌だ”と言うことが出来たにも関わらず、そうはせずに敢えてそれをつまみつつ“これだ”と言ったのは、彼が人々への教授法を熟知していたからである。彼は自分が教えようとする知識を、適用したかったのだ。…彼はそれ以前に別の質問者に対して“私が最も恐れているものは、それ(舌)があなたを多くの試練へと追いやってしまうことである”と言っているのであり、既にそのことはご存知であった。…ゆえに彼は、喋り過ぎるのを控えるようにスフヤーンに命じたのである。それで預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、人が知識を求めるべき場所とそれを伝えるべき時の違いを明らかにしつつ、彼の知っていることを実践したのである。」
2. 何らかの悪を禁じることが、それよりも大きな悪につながらないこと。
3. 自分が他人に禁じていることを、自ら犯したりしないこと。至高のアッラーはこう仰いました:
-信仰者たちよ、なぜ行いもしないことを口にするのか?行いもしないことを喋るのは、アッラーの御許で厭わしいことこの上ないことなのだ。,(クルアーン61:6)
4. 何を薦めたり禁じたりするにせよ、優しさと親切心を忘れないこと。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「優しさというものは、それをもって行われる全てを美しく飾りつけずにはいない。そしてそれを欠いたものは全て、醜くならずにはいないのだ。」(ムスリムの伝承)
5. その仕事を遂行するにあたって、いかなる不都合も耐え忍ぶこと。アッラーは賢人ルクマーンがその息子に対して与えた偉大な助言に関して、こう言及しています:
-息子よ、サラー(礼拝)を守り、善を勧め、悪を禁じ、あなたに降りかかる災難に耐え忍ぶのだ。実にそれは固い決意を要する物事である。,(クルアーン31:17)
6-よい作法:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:
「あなた方の内で最も信仰心を完結した者は、最も人格が優れ、そして最も家族に優しい者である。」(アッ=ティルミズィーの伝承)
またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、よい作法がもたらす報奨についてこう言っています:
「審判の日あなた方の内で最も私に愛され、かつ最も私に近しい座を占めるのは、最も人格の優れた者である。そして審判の日あなた方の内で最も私に嫌われ、かつ私から遠い場所にあるのは、お喋りが過ぎる者、己の言葉に酔いしれて語る者、そして“ムタファイイヒーン”である。」人々は言いました:
「アッラーの使徒よ、私たちはお喋りが過ぎる者と己の言葉に酔いしれて語る者のことは知っていますが、“ムタファイイヒーン”とはどのような者でしょうか?」(預言者は)言いました:「驕慢な者のことである。」(アッ=ティルミズィーの伝承)
7-親切:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「実にアッラーは哀れみ深いお方であり、また哀れみ深さとよい作法を愛される。そして不躾さを厭われるのだ。」(アッ=タバラーニーの伝承)
8-何らかの裁決を下す前に、その基となる情報を確認すること:
至高のアッラーはこう仰いました:
-信仰する者たちよ、放埓な者が何らかの知らせを携えてあなた方のもとにやって来たら、(その知らせの内容の正否を)確認するのだ。それは(誤った情報に基づいた行動により)あなた方が知らぬままある民に害を与え、それによってあなた方が行ったことに後悔しないようにするためなのである。,(クルアーン49:6)
9-誠実さ:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「宗教とは誠実さである。」人々は言いました:「誰に対する(誠実さですか)?」(預言者は)言いました:「アッラーとその啓典と、その使徒、そしてムスリムの指導者たち及び一般の者たちに対する誠実さである。」(ムスリムの伝承)
アッラーに対する誠実さとは、かれを信仰し、かれにいかなる共同者も認めずにかれのみを拝し、かれがその美名と属性においていかなる不完全性からも無縁であることを宣言することです。またアッラーこそが全宇宙の全ての物事の運営を一手に集めているお方で、かれが望んだことは必ずや実現し、かれが望まなかったことは決して起こらないということを信じることです。またここにはアッラーの命を遵守し、かれの禁じたことを回避することも含まれてきます。
またアッラーの啓典に対する誠実さとは、それがかれの御言葉そのものであり、最後の啓典であることを信じることです。またそこに言及されている命令を遵守し、そこで合法と宣言されているものを合法とし、そこにおいて禁じられている物事から身を慎むこともここに含まれます。
一方アッラーの使徒に対する誠実さとは、彼に服従し、彼が伝えた全てのことを信じ、彼が禁じたことから身を控えることです。また彼を愛し、尊敬し、彼のスンナ(慣習)を踏襲し、かつそれを普及させることです。
またムスリムの指導者たちに対する誠実さとは、罪深いことを命じられない限りにおいて彼らに服従し、彼らを最善の道へと導くことにおいて援助し、また彼らに対して反旗を翻すことを控えることなどを指します。ムスリムの指導者には良い形で忠言し、民衆の権利を想起させてやることが必要です。
そして 一般のムスリムへの誠実さとは、宗教的諸事に関しても現世的諸事に関しても、彼らを善と福利へといざなうことによって達成されます。彼らはその必要の満足と、害悪からの保護において援助されなければなりません。また彼らに対して自らに望むことを望み、自らに厭うことを厭い、自分自身がそう望むような形でもって彼らと接することも要求されてきます。
10-気前の良さ、寛容さ:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:
「良き作法よりも(善行の)秤に重い物はない。」(アブー・ダーウードの伝承)
そしてアッラーは、気前の良さの限界を定義づけて、次のクルアーンの説の中でこう仰っています:
そしてあなたの(施しの)手を(吝嗇さゆえに)首に巻きつけたままにしたり、または(度を越して、施しという)手を完全に開け広げてはならない。そうすればあなたは咎めを受けたり、後悔したりするであろうから。(クルアーン17:29)
11-他人の過ちを隠しておいたり、苦悩を和らげたり、困難を軽減してやったりすること:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「現世における信仰者の苦悩を一つ和らげる者は、アッラーが審判の日の彼の苦悩を一つ和らげて下さるであろう。そして(債務超過などで)困難な状況にある者に便宜を図ってやる者は、現世と来世においてアッラーが彼に便宜を図って下さるであろう。またムスリムを(その罪などによる悪評が人々に知れ渡ることなどから)かくまってやる者は、アッラーが現世と来世において彼をかくまって下さるであろう。アッラーはそのしもべが同胞を援助する限り、かれもその援助の手を差し伸べられるのだ。」(ムスリムの伝承)
12-忍耐心:
それは服従行為における場合であったり、また禁止行為を自らに禁じる場合における場合だったりします。至高のアッラーはこう仰いました:
-そしてあなたの主の定められたことにおいて、辛抱せよ。実にあなたはわれら(アッラーのこと)の眼前にあるのだから。,(クルアーン52:48)
またこれは、貧困や飢餓、病気や恐怖などといった様々な試練の時に必要となる忍耐心である場合もあります。至高のアッラーはこう仰いました:
-そして実にわれら(アッラーのこと)は、恐怖や飢え、財産や生命や糧の損害などによって、あなた方を試練にかけるのだ。それで忍耐する者たちには、良き知らせを伝えよ。(彼らは)災難が降りかかった時に「私たちは実にアッラーにこそ属し、そして彼の御許へと還り行く境遇にあります。」と言う者たち。彼らには主からの祝福とご慈悲があり、そして彼らこそは正しく導かれた者なのである。,(クルアーン2:155-157)
13-例えやり返す力があったとしても、怒りを抑え、他人を赦すこと:
これは社会の構成員間の結束力を強化し、彼らの間の敵意や関係の断絶などから遠のけてくれます。至高のアッラーは、このような性質を獲得しようと努力する者に対して多大なる報奨を約束し、強く称えています。アッラーはこう仰いました:
-そしてあなた方の主からのお赦し(を呼ぶ諸々の服従行為)へと急ぐのだ。その広さは諸天と大地の広さほどもあり、敬虔な者たちのために用意されたものなのである。(そして彼らは)順境においても逆境においても施し、自分の怒りを抑え忍び、人をよく赦す者たち。アッラーは善行者を愛で賜れるのだ。 ,(クルアーン3:133-134)
またイスラームは、他人から受けた悪行を善行をもって報いることを勧めています。そうすれば人々の心は結ばれ合い、復讐してやろうなどという気持ちがなくなるのはおろか、憎しみなども消え去ってしまうでしょう。至高のアッラーはこう仰っています:
-そして善行と悪行は同じではない。(悪行をもって対されても、それに)よい行いでもって応じてやるのだ。そうすればあなたに敵対していた者も、親愛で近しい者となるであろう。,(クルアーン41:34)
『イスラームのメッセージ』رسالة الإسلام ياباني アブドゥッラフマーン・アッ=シーハ著
より摘録
1-公正と平等:
至高のアッラーはこう仰っています:
-実にアッラーは、公正と善行と近親の者への贈与を命じられ、そして醜行と悪事と法を越えることを禁じられる。そしてあなた方が熟慮するよう、あなた方を戒められるのだ。,(クルアーン16:90)
イスラーム史上初のカリフであるアブー・バクルは、彼がその権威を委任された時に次のような言葉を語っています:
「あなた方が強者と見なす者たちは、私が彼らから彼らに義務付けられた物を拠出させるまで、私の目には弱者である。そして弱者は、私が彼らに彼らの権利を与えるまでは強者なのである。私がアッラーに従っているのを見る限り、私に従うのだ…。」
ムスリムは血縁が繋がっている者であろうと、そうでない者であろうと、分け隔てなく公正に接しなければなりません。至高のアッラーはこう仰いました:
-そしてあなた方が(証言の時などに)言葉を口にする際には、例えそれが近親の者(にとって不利に働くようなこと)であっても、公正を貫くのだ。そしてアッラーとの契約を守れ。それこそかれ(アッラー)が、あなた方に命じられていることである。あなた方は思い出すことであろう。,(クルアーン6:152)
また公正は機嫌の良い時であれ悪い時であれ、また相手がムスリムであるかそうでないかを問わず、平等に貫かなければなりません。至高のアッラーはこう仰いました:
-そしてある民に対する憎悪ゆえに、彼らに対する公正を損なうような罪を犯してはならない。公正を通すのだ。それこそはより敬神の念に近いのである。,(クルアーン5:8)
また至高のアッラーは、公正は時に力をもってでも行使しなければならないと宣言しています:
-われら(アッラー)は、明証と共にわれらの使徒たちを遣わした。そして彼らと共に啓典と秤も下したが、それは人々が公正を行使するためだったのである。またわれらは鉄を下したが、そこには絶大な力と人々への益が潜んでいる。 ,(クルアーン57:25)
イスラーム中世期の大学者イブン・タイミーヤはこの節を注解するにあたり、こう言っています:
「諸使徒と諸啓典が下された目的は、人間が正義を行使するためである。そしてそれはアッラーの諸権利と、被造物の諸権利を満たすことで達成される。啓典から逸脱する者は、“鉄”によって矯正されなければならないのだ。」
2-他者優先の精神:
それこそは社会にその影響が明瞭に反映されるところの、他人に対する真の愛と好意の一つの印です。それによって個人間の結びつきは強まり、人は他人の援助と相互扶助へと促されるのです。至高のアッラーは、他者を優先する人々を称揚してこう仰いました:
-そして彼ら(アンサール)は自らが貧困の中にあっても、彼ら(ムハージルーン) のことを優先する。そして自らの吝嗇さから身を慎む者こそは、真に成功する者なのである。,(クルアーン59:9)
3-良い仲間を探し、悪い仲間を避けること:
預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は良い連れ合いと悪い連れ合いに関し、非常に優れた例えを用いてこう説明しています:
「よい連れ合いと悪い連れ合いとは、ちょうど香水を運ぶ者とふいご(で炭)を吹く者のようなものである。香水を運ぶ者はあなたにそれをくれたり、またはあなたが彼からそれを買ったり、あるいは彼からよい香りを嗅ぐことが出来るかもしれない。一方ふいごで(炭を)吹く者はといえば、あなたの衣服を焦がしたり、あるいはあなたに悪臭を与えたりするだけなのだ。」(アル=ブハーリーの伝承)
4-争っていたり、仲違いしていたりする者たちの調停:
至高のアッラーはこう仰っています:
サダカ(施し)か善行か人々の間の調停かを命じるものではない限り、彼らの密談の多くには益がない。しかしアッラーのご満悦を望みつつそのようなことを行う者には、われら(アッラーのこと)がまたとない報奨を授けよう。(クルアーン4:114)
人々の調停に入ることには、サラー(礼拝)やサウム(斎戒)などその他の義務的な崇拝行為のそれと同様の、多大な報奨が約束されています。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:
「サウム(断食)やサラー(礼拝)やサダカ(施し)よりも位階の高い行いを教えてやろうか?人々の間を調停することである。人々の関係の悪化は、(宗教を)根こそぎにしてしまうものなのだ。」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承)
そしてイスラームはこの件‐人々の団結を維持し、分裂を阻止すること‐に関して、嘘をつくことを容認しています。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「私は次の者たちを嘘つきとはしない:調停を望むがゆえに、人々の間を(事実とは違う)言葉でもって取り持つ者。戦争の際にそれを用いる者。そして(何らかの福利を意図した)夫婦間のそれ。」(アブー・ダーウードの伝承)
またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこうも言っています:
「人々の間を調停するために、善を広め、良いことを言う者は、嘘つきではないのだ。」(アル=ブハーリーの伝承)
5-自らの能力の範囲内で、あらゆる手段を用いて善と美徳を命じ、悪と非道を禁じること:
これは不正や道徳的腐敗が広まるのを防止し、諸権利が確保されることを保障する、社会安全における一つの基礎です。尚イスラーム国家において履行されるべきものはイスラーム法以外のいかなる法律でもありません。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:
「悪事を目にした者は、それを手でもって正せ。もしそう出来なければ、舌でもって正せ。そしてそれさえも出来なければ、心でもって正すのだ。そしてそれが最も弱い信仰心である。」(ムスリムの伝承)
こうしてイスラームのある側面に無知な者は学び、不注意な者は忠言を受けるのです。道徳的腐敗は善き人々が援助され、そしてアッラーの法が支持され履行される限り、正されるでしょう。至高のアッラーはこう仰っています:
-そして善行と(アッラーの懲罰から身を守る)服従行為において互いに助け合うのだ。そして悪や憎しみにおいて互いに助け合ってはならない。そしてアッラー(のお怒りや懲罰の原因となるような事柄)から身を慎むのだ。実にアッラーは、その懲罰の厳しいお方である。,(クルアーン5:2)
預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は善を命じ、悪を禁じることでもたらされる状況に関して、次のような説明を施しています:
「アッラーの掟に従う者たちとそれを妨害する者たちとの関係は、ちょうど(出発する前の)船にその居場所を配置された人々の一団のようである。彼らの内のある者たちは甲板に、そしてある者たちは船室に配置されるが、船室に入れられた者たちは水が欲しくなったら(甲板にいる者たちの)上を跨いで行かなければならない。それで彼らはこう言う:“もし私たちが(水を得るために)船底に穴を開ければ、甲板にいる者たちを邪魔する必要はなくなる。”それゆえ甲板にいる者たちが彼らを好き放題にさせて置けば、彼ら全員が破滅するであろう。しかしもし彼らがそれを阻止すれば、彼らは全員助かるであろう。」(アル=ブハーリーの伝承)
またアッラーは、この行為をおろそかにしたがゆえに下った懲罰について、次のように言及しています:
イスラエルの民の不信仰者たちは、ダヴィデとマリヤの子イエスの舌によって呪われたのである。それは彼らが逆らい、法を越え、かつ彼らが行っていた悪行を禁じなかったからなのだ。彼らの行っていたことの、何と惨めなことか。(クルアーン5:78-79)
更にイスラームは善を勧め悪を禁じることにおいて、遵守すべきいくつかの指針と原則を定めています。その一部を以下に挙げてみましょう:
1. この行為を行おうとする者が、何が勧められ禁じられるべきことなのかを熟知していること。これはそうする者が逆に人々を宗教から遠ざけたりしないためです。教友スフヤーン・ブン・アブドゥッラー・アッ=サカフィーはこう伝えています:
私は言いました:「アッラーの使徒よ、自らの身を守ることの出来るようなことについて、何かご助言下さい。」彼は言いました:「“わが主はアッラー”と言い、自らを正すのだ。」私は言いました:「アッラーの使徒よ、私に一番恐れることは何でしょうか?」彼は彼の舌をつかんで、こう答えました:「これだ。」(アッ=ティルミズィーの伝承)
また著名なハディース学者の一人であるイブン・ヒッバーンは、この言葉に関してこう言っています:
「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が自らの舌をつままずに“舌だ”と言うことが出来たにも関わらず、そうはせずに敢えてそれをつまみつつ“これだ”と言ったのは、彼が人々への教授法を熟知していたからである。彼は自分が教えようとする知識を、適用したかったのだ。…彼はそれ以前に別の質問者に対して“私が最も恐れているものは、それ(舌)があなたを多くの試練へと追いやってしまうことである”と言っているのであり、既にそのことはご存知であった。…ゆえに彼は、喋り過ぎるのを控えるようにスフヤーンに命じたのである。それで預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、人が知識を求めるべき場所とそれを伝えるべき時の違いを明らかにしつつ、彼の知っていることを実践したのである。」
2. 何らかの悪を禁じることが、それよりも大きな悪につながらないこと。
3. 自分が他人に禁じていることを、自ら犯したりしないこと。至高のアッラーはこう仰いました:
-信仰者たちよ、なぜ行いもしないことを口にするのか?行いもしないことを喋るのは、アッラーの御許で厭わしいことこの上ないことなのだ。,(クルアーン61:6)
4. 何を薦めたり禁じたりするにせよ、優しさと親切心を忘れないこと。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「優しさというものは、それをもって行われる全てを美しく飾りつけずにはいない。そしてそれを欠いたものは全て、醜くならずにはいないのだ。」(ムスリムの伝承)
5. その仕事を遂行するにあたって、いかなる不都合も耐え忍ぶこと。アッラーは賢人ルクマーンがその息子に対して与えた偉大な助言に関して、こう言及しています:
-息子よ、サラー(礼拝)を守り、善を勧め、悪を禁じ、あなたに降りかかる災難に耐え忍ぶのだ。実にそれは固い決意を要する物事である。,(クルアーン31:17)
6-よい作法:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:
「あなた方の内で最も信仰心を完結した者は、最も人格が優れ、そして最も家族に優しい者である。」(アッ=ティルミズィーの伝承)
またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、よい作法がもたらす報奨についてこう言っています:
「審判の日あなた方の内で最も私に愛され、かつ最も私に近しい座を占めるのは、最も人格の優れた者である。そして審判の日あなた方の内で最も私に嫌われ、かつ私から遠い場所にあるのは、お喋りが過ぎる者、己の言葉に酔いしれて語る者、そして“ムタファイイヒーン”である。」人々は言いました:
「アッラーの使徒よ、私たちはお喋りが過ぎる者と己の言葉に酔いしれて語る者のことは知っていますが、“ムタファイイヒーン”とはどのような者でしょうか?」(預言者は)言いました:「驕慢な者のことである。」(アッ=ティルミズィーの伝承)
7-親切:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「実にアッラーは哀れみ深いお方であり、また哀れみ深さとよい作法を愛される。そして不躾さを厭われるのだ。」(アッ=タバラーニーの伝承)
8-何らかの裁決を下す前に、その基となる情報を確認すること:
至高のアッラーはこう仰いました:
-信仰する者たちよ、放埓な者が何らかの知らせを携えてあなた方のもとにやって来たら、(その知らせの内容の正否を)確認するのだ。それは(誤った情報に基づいた行動により)あなた方が知らぬままある民に害を与え、それによってあなた方が行ったことに後悔しないようにするためなのである。,(クルアーン49:6)
9-誠実さ:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「宗教とは誠実さである。」人々は言いました:「誰に対する(誠実さですか)?」(預言者は)言いました:「アッラーとその啓典と、その使徒、そしてムスリムの指導者たち及び一般の者たちに対する誠実さである。」(ムスリムの伝承)
アッラーに対する誠実さとは、かれを信仰し、かれにいかなる共同者も認めずにかれのみを拝し、かれがその美名と属性においていかなる不完全性からも無縁であることを宣言することです。またアッラーこそが全宇宙の全ての物事の運営を一手に集めているお方で、かれが望んだことは必ずや実現し、かれが望まなかったことは決して起こらないということを信じることです。またここにはアッラーの命を遵守し、かれの禁じたことを回避することも含まれてきます。
またアッラーの啓典に対する誠実さとは、それがかれの御言葉そのものであり、最後の啓典であることを信じることです。またそこに言及されている命令を遵守し、そこで合法と宣言されているものを合法とし、そこにおいて禁じられている物事から身を慎むこともここに含まれます。
一方アッラーの使徒に対する誠実さとは、彼に服従し、彼が伝えた全てのことを信じ、彼が禁じたことから身を控えることです。また彼を愛し、尊敬し、彼のスンナ(慣習)を踏襲し、かつそれを普及させることです。
またムスリムの指導者たちに対する誠実さとは、罪深いことを命じられない限りにおいて彼らに服従し、彼らを最善の道へと導くことにおいて援助し、また彼らに対して反旗を翻すことを控えることなどを指します。ムスリムの指導者には良い形で忠言し、民衆の権利を想起させてやることが必要です。
そして 一般のムスリムへの誠実さとは、宗教的諸事に関しても現世的諸事に関しても、彼らを善と福利へといざなうことによって達成されます。彼らはその必要の満足と、害悪からの保護において援助されなければなりません。また彼らに対して自らに望むことを望み、自らに厭うことを厭い、自分自身がそう望むような形でもって彼らと接することも要求されてきます。
10-気前の良さ、寛容さ:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:
「良き作法よりも(善行の)秤に重い物はない。」(アブー・ダーウードの伝承)
そしてアッラーは、気前の良さの限界を定義づけて、次のクルアーンの説の中でこう仰っています:
そしてあなたの(施しの)手を(吝嗇さゆえに)首に巻きつけたままにしたり、または(度を越して、施しという)手を完全に開け広げてはならない。そうすればあなたは咎めを受けたり、後悔したりするであろうから。(クルアーン17:29)
11-他人の過ちを隠しておいたり、苦悩を和らげたり、困難を軽減してやったりすること:
アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:
「現世における信仰者の苦悩を一つ和らげる者は、アッラーが審判の日の彼の苦悩を一つ和らげて下さるであろう。そして(債務超過などで)困難な状況にある者に便宜を図ってやる者は、現世と来世においてアッラーが彼に便宜を図って下さるであろう。またムスリムを(その罪などによる悪評が人々に知れ渡ることなどから)かくまってやる者は、アッラーが現世と来世において彼をかくまって下さるであろう。アッラーはそのしもべが同胞を援助する限り、かれもその援助の手を差し伸べられるのだ。」(ムスリムの伝承)
12-忍耐心:
それは服従行為における場合であったり、また禁止行為を自らに禁じる場合における場合だったりします。至高のアッラーはこう仰いました:
-そしてあなたの主の定められたことにおいて、辛抱せよ。実にあなたはわれら(アッラーのこと)の眼前にあるのだから。,(クルアーン52:48)
またこれは、貧困や飢餓、病気や恐怖などといった様々な試練の時に必要となる忍耐心である場合もあります。至高のアッラーはこう仰いました:
-そして実にわれら(アッラーのこと)は、恐怖や飢え、財産や生命や糧の損害などによって、あなた方を試練にかけるのだ。それで忍耐する者たちには、良き知らせを伝えよ。(彼らは)災難が降りかかった時に「私たちは実にアッラーにこそ属し、そして彼の御許へと還り行く境遇にあります。」と言う者たち。彼らには主からの祝福とご慈悲があり、そして彼らこそは正しく導かれた者なのである。,(クルアーン2:155-157)
13-例えやり返す力があったとしても、怒りを抑え、他人を赦すこと:
これは社会の構成員間の結束力を強化し、彼らの間の敵意や関係の断絶などから遠のけてくれます。至高のアッラーは、このような性質を獲得しようと努力する者に対して多大なる報奨を約束し、強く称えています。アッラーはこう仰いました:
-そしてあなた方の主からのお赦し(を呼ぶ諸々の服従行為)へと急ぐのだ。その広さは諸天と大地の広さほどもあり、敬虔な者たちのために用意されたものなのである。(そして彼らは)順境においても逆境においても施し、自分の怒りを抑え忍び、人をよく赦す者たち。アッラーは善行者を愛で賜れるのだ。 ,(クルアーン3:133-134)
またイスラームは、他人から受けた悪行を善行をもって報いることを勧めています。そうすれば人々の心は結ばれ合い、復讐してやろうなどという気持ちがなくなるのはおろか、憎しみなども消え去ってしまうでしょう。至高のアッラーはこう仰っています:
-そして善行と悪行は同じではない。(悪行をもって対されても、それに)よい行いでもって応じてやるのだ。そうすればあなたに敵対していた者も、親愛で近しい者となるであろう。,(クルアーン41:34)
『イスラームのメッセージ』رسالة الإسلام ياباني アブドゥッラフマーン・アッ=シーハ著
より摘録
日本ウイグル協会HPより転載。
皆様のご協力をお願い申し上げます。
トゥールムハメット
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2012年4月30日締切「ウイグル人亡命者の強制送還をやめるよう、アジア各国へ日本国政府からの働きかけを求める
2011年10月03日16:47 協会からのお知らせ
ウイグル人亡命者の強制送還をやめるよう、アジア各国へ日本国政府からの働きかけを求める請願を行います。
中国共産党による弾圧を逃れ国外へ亡命したウイグル人が、その亡命先の政府によって中国に強制送還されています。
このような非人道的であり、国際社会の原則に反する強制送還をやめるよう、アジア各国との関係が深く、影響力を持つ日本国から求めるよう、請願したいと思います。ご協力の程、何卒よろしくお願い致します。
請願署名のPDFファイルはこちら
2012年4月30日締切「ウイグル人亡命者の強制送還をやめるよう、アジア各国へ日本国政府からの働きかけを求める請願」
【 請願の目的 】
中国共産党による弾圧を逃れ国外へ亡命したウイグル人が、その亡命先の政府によって中国に強制送還されています。国際法では、ノン・ルフールマンの原則:生命や自由が脅かされかねない人々を追放したり送還されることを禁止する原則、があります。この国際社会の原則に反する強制送還を行わないよう、アジア各国との関係が深く、影響力を持つ日本国から求めるよう請願いたします。
国外に亡命するウイグル人
2009年7月5日に「新疆ウイグル自治区」の首府ウルムチで起きた騒乱以降、中国政府によるウイグル人に対しての弾圧が一層強まりました。その為大勢のウイグル人が国外に亡命しています。亡命先は陸続きの中央アジアや東南アジアが多く、その後政治難民として受け入れてくれる欧米諸国に移るケースが多いようです。
しかし中国政府は、この亡命者らは犯罪者であると偽り、亡命先の国から中国へと亡命者を引き渡すよう圧力をかけています。近年活発になっている中国とそれらアジア諸国との経済的結びつきによって、亡命ウイグル人が強制送還されています。
2009年12月 カンボジアが、子ども2人を含む20人を強制送還。彼らの今後の受け入れ先はUNHCR(国連難民弁務官事務所)が交渉しているところであった。
2011年5月 UNHCRが難民として認めたエルシディン・イスライル氏をカザフスタンが強制送還。
2011年7月 パキスタンが、子ども2人を含む5人を、タイが1人を、それぞれ強制送還。
2011年8月 マレーシアが11人のウイグル人を強制送還。
近年では上記以外にも、ウズベキスタン、キルギス、ベトナム、ラオスなどからウイグル人が強制送還されています。過去のケースで見られるように、強制送還されたウイグル人は、死刑か長期の懲役刑が課されるおそれがあります。
国際的ルールを守ること
中国政府は、政府に批判的な中国国民に対し、厳しい言論・人権弾圧を繰り返しており、人権無視の国家運営を行っています。これは中国が常任理事国を務める国連憲章や、自国の憲法や法律に対しての、重大な違反であります。
そのような中国に政治亡命者を強制送還することは、国連拷問等禁止条約や、慣習国際法であるノン・ルフールマンの原則:生命や自由が脅かされかねない人々を追放したり送還されることを禁止する原則、などの国際法に違反しています。
ウイグル人亡命者を強制送還したアジア諸国は国際的なルールを無視し、亡命したウイグル人の命を取引の材料として、中国からの経済的見返りを求めた、と非難されて然るべきでしょう。
私たちは、平和と人権を尊ぶ国際社会の一員として、アジア諸国に対し関係が深く影響力のある日本国政府が、人権を尊重し、国際的なルールを順守するよう、効果的に外交政策を講じて頂けるよう求めます。
【 請願事項 】
以下の各号を日本国政府がアジア諸国(カンボジア王国、カザフスタン共和国、パキスタン共和国、タイ王国、マレーシア共和国、ウズベキスタン共和国、キルギス共和国、ベトナム社会主義共和国、ラオス人民共和国など)に対して要請できるよう、外務委員会等の適切な委員会において協議し、具体的な外交政策を講じること。
重大な国際法違反である、政治亡命者の中国への強制送還を直ちにやめること。
中国政府の弾圧を恐れ、自国に避難してきた亡命者らを政治難民として受け入れること。自国で政治亡命者を受け入れられないならば、その身柄は国連難民高等弁務官事務所などに任せること。
*署名簿として集めた本請願書は、個人情報保護法に基づき、直接提出にのみ使用致します。
また、衆議院と参議院と別々に提出しますので、可能であれば2枚署名頂けると幸いです。
平成24年4月30日で一旦締切り、日本ウイグル協会で取りまとめた上で日本国国会に提出致します。
請願書送付先:
〒162-0067 東京都新宿区富久町16-11 武蔵屋スカイビル405 日本ウイグル協会(請願書在中)
日本ウイグル協会メールアドレス:info@uyghur-j.org
ウェブサイト:http://uyghur-j.org
中央アジア研究所主催講演会シリーズ
「東トルキスタンの歴史文化講座」
第1回 現代ウイグル人の起源および形成過程
時間:2011年9月17日17:30~19:30
場所:若松地域センター B会議室
アクセス方法:都営地下鉄大江戸線 若松河田駅 河田口出口からすぐ
内容概要
19世紀80年代後半に東トルキスタンが清国に属国として占領され、中国内地並の省制がひかれて新疆省となって以来、短期間独立状態を維持していても、国共内戦後の1949年に再び共産党支配下の中国に統一され、1955年に新疆ウイグル自治区が設置されました。この間、東トルキスタンの主体的国民であるトルコ系ムスリムウイグル人の起源と形成過程は支配者側の都合のいいように作られ、“学術的成果”としてまかり通っている。即ち、現代ウイグル人は東トルキスタンの原住民ではなく、840年北方ウイグル帝国が崩壊した後にこの一帯に逃れてきた遊牧ウイグル人の子孫であり、それまでにこの地域に生活していた人々は、現代ウイグル人とは関係のない存在、という“説”である。実際、歴史の事実はこの“説”を根本から否定する。
今回は、多くの歴史的事実に基づき、現代ウイグル人は元々東トルキスタン領内に紀元前数十世紀以前から活動していた人々とも血が繋がっていること、文化的にも継承していることを説明し、東ト...ルキスタンは現代ウイグル人の固有の祖国であることを証明する。
講師 トゥール ムハメット (農学博士)
参加費 1000円
スライドを用います。
講師略歴
東トルキスタン生まれ。
1985年7月 北京農業大学卒業
1985年8月 新疆農業大学 助手 3年後講師
1994年4月 九州大学大学院 入学
1999年3月 農学博士号取得
1999年4月 九州大学客員研究員
2000年9月以降 民間企業就業
2008年から東トルキスタンにおけるウイグル人の人権問題を日本で訴える活動を展開。「WILL」などに投稿論文発表など。続きを読む
「東トルキスタンの歴史文化講座」
第1回 現代ウイグル人の起源および形成過程
時間:2011年9月17日17:30~19:30
場所:若松地域センター B会議室
アクセス方法:都営地下鉄大江戸線 若松河田駅 河田口出口からすぐ
内容概要
19世紀80年代後半に東トルキスタンが清国に属国として占領され、中国内地並の省制がひかれて新疆省となって以来、短期間独立状態を維持していても、国共内戦後の1949年に再び共産党支配下の中国に統一され、1955年に新疆ウイグル自治区が設置されました。この間、東トルキスタンの主体的国民であるトルコ系ムスリムウイグル人の起源と形成過程は支配者側の都合のいいように作られ、“学術的成果”としてまかり通っている。即ち、現代ウイグル人は東トルキスタンの原住民ではなく、840年北方ウイグル帝国が崩壊した後にこの一帯に逃れてきた遊牧ウイグル人の子孫であり、それまでにこの地域に生活していた人々は、現代ウイグル人とは関係のない存在、という“説”である。実際、歴史の事実はこの“説”を根本から否定する。
今回は、多くの歴史的事実に基づき、現代ウイグル人は元々東トルキスタン領内に紀元前数十世紀以前から活動していた人々とも血が繋がっていること、文化的にも継承していることを説明し、東ト...ルキスタンは現代ウイグル人の固有の祖国であることを証明する。
講師 トゥール ムハメット (農学博士)
参加費 1000円
スライドを用います。
講師略歴
東トルキスタン生まれ。
1985年7月 北京農業大学卒業
1985年8月 新疆農業大学 助手 3年後講師
1994年4月 九州大学大学院 入学
1999年3月 農学博士号取得
1999年4月 九州大学客員研究員
2000年9月以降 民間企業就業
2008年から東トルキスタンにおけるウイグル人の人権問題を日本で訴える活動を展開。「WILL」などに投稿論文発表など。続きを読む