先日のNHK日曜討論で自民党・世耕氏が「選挙で自民党は勝ってきたので、アベノミクスは成功だった」と言い放ち、炎上している。

ツイッターではリベラル左派論客たちが「失敗だった」と、一方で右派論客は「成功だった」と言い争っている。
 


私自身は、失敗だったと考えているが、部分的には、雇用など成功したように見える分野もある。
そして、世耕氏の言う通り、若者の雇用が改善したため自民党支持が増えたとするロジックはほぼ正しい。

しかし、そのような分野でも多くのトリックがある。

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下記は、2020年9月に執筆したが、ボツ扱いとなりリリースできなかった記事だ。
某カルチャー誌としては、内容が東洋経済やダイヤモンド誌に掲載するようなものだとしてお蔵入りとなった。

当時書いたものを未編集でこちらにコピペしておく。
当時のデータなどを用いているので、現在では少し齟齬を感じる内容もあるが、概ね網羅的にアベノミクスを検証できているのではないだろうか。

なお、文中の太字などは、今回加筆した。

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安倍政権とは何だったのか。

 

  安倍政権のレガシーを検証する。

 

 先月28日、安倍晋三首相が辞任の意を表明した。これによって約7年8か月続いた憲政史上最長の政権は終焉を迎える。

 安倍首相が辞任の理由とした潰瘍性大腸炎が、実際は詐病だったという内部リークも暴露され、ツイッターやネット界隈は一時騒然となったが、真相はどうであれ、安倍首相としては最高のかたちでの幕引きを演出できたことだろう。

 

 モリカケ疑惑やサクラ疑惑、それら政権の疑惑をもみ消してきたと疑われる黒川元検事長の騒動、カジノをめぐる収賄事件や河合議員夫妻の買収事件、または数々のコロナ対策の失政に怒っていた国民も、「安倍さんは難病なのに頑張っていた。お疲れ様でした」と溜飲を下げたかたちとなった。結果として、就任以来最低水準だった安倍内閣の支持率も15ポイント以上も爆上げとなったのだから、官邸の演出はぴたりとはまったと言える。

 

 安倍首相が辞意を明らかにしてから、メディアも安倍政治の功罪、安倍政権のレガシーなどという切り口で記事を上げているが、本コラムでも安倍政権、特にアベノミクスが一体何だったのか振り返ってみたいと思う。

 

出典:内閣府 政府広報「データで見るアベノミクス」

https://www.gov-online.go.jp/tokusyu/abenomics/index.html

 

 従前から安倍内閣サイドが実績を誇張してきたのが、GDP、企業収益、雇用、税収、株価といった指標だが、本当にレガシーと言えるものなのだろうか。本記事では、上記の各分野について検証していきたい。

 

 経済にとっての重要な指標、GDPがどうだったのか考えてみよう。経済評論家の三橋貴明氏は、安倍首相を「日本の憲政史上、最も出生数を減らし、実質賃金や実質消費を減らし、あの民主党政権並みの経済成長率すら達成できなかった内閣総理大臣」と酷評し、特にGDP成長率に関しては以下のように分析した。

 民主党政権期(2010年度ー2012年度) 平均経済成長率 1.53%

 安倍政権期 (2013年度-2019年度) 平均経済成長率 0.94%

出典:三橋貴明「新世紀のビッグブラザー」

https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12621454038.html

 安倍首相らが「悪夢の民主党政権」と揶揄し続けた時期より、安倍政権の業績のほうが遥かに悪かったのは火を見るより明らかだ。

 

 内閣府が広報する名目GDPが2012年から2019年の間に66兆円も増えたという話も、このデータ自体にトリックがある。2016年12月に、GDPの算出基準となる1993SNAを2008SNAという基準に変えた際に、奇妙な項目変更を加えたことにより、2012年以降にだけ数兆円かさ上げされているのだ。

 

 この点にも留意すると、「戦後最長の好景気」とマスコミが喧伝したその成果も実態とはかけ離れていることが見ててくる。国境なき記者団が公表している「報道の自由度」が、2012年:22位 → 2020年:66位と駄々下がりした経緯ともシンクロするように感じる。

 

出典:OECD 各国の一人当たりGDP

https://data.oecd.org/gdp/gross-domestic-product-gdp.htm

 

 内閣が決して触れたがらない「1人当たり名目GDP」においては、2012年の19位から2018年には33位に国際ランクが落ち込み、2019年にはとうとう韓国にまで抜かれてしまった。これは、おそらく有史以来初めての出来事ではないだろうか。それだけ日本の国力が衰退し、先進国から落ちぶれようとしているのだ。

 

 世界で経済成長を遂げるのは韓国だけではない。2012年、中国のGDPは日本の1.4倍だったが、2019年には日本の2.9倍となった。また、2012年に日本の2.6倍だった米国のGDPは、2019年にはなんと日本の4.0倍にまで成長している。他国と比べると、いかにアベノミクスの成果というものが、官邸とマスコミの共同作業で創られた虚構であったかがわかる。海外の報道を見ると、こうした低成長状態にある経済のことを「Japanification=日本化」と揶揄することが一般化しているが、これほどわが国の凋落ぶりを雄弁に物語るものはないだろう。「日本のように経済に失敗しないようにしよう」と反面教師的な文脈で使われているのだから、不名誉この上ない。

 

出典:井上伸@雑誌KOKKO @inoueshin0

https://twitter.com/inoueshin0/status/1208959471436697600

 

 企業収益の話に移ろう。国公労連の井上伸氏の作った上図で一目瞭然だが、企業の利益は上がっているが、その分配構造が格差を生み出す原因となっていることがわかる。株主に対する配当金は急激に増えたが、一般の雇用者の賃金はじわじわ下がっているという具合だ。

 

 労働分配率とは「付加価値額に対する人件費の割合」で、要するに企業が儲けた分のどのくらいを雇用者に分配しているかを表す数値だ。これも最新の統計となる2018年度は48.7%(付加価値ベース)と、2012年から3%あまり低下していて、安倍内閣の自慢する企業収益の増加というものが誇らしいものなのか疑問だ。

 

 ちなみに、現在はまだ、各統計に今年のコロナショック以降の数値が反映しきれていない状態だ。4-6月期の実質GDPがマイナス28.1%(同期比年率)だったことや、7月の実質消費支出が前年同月比マイナス7.6%(10か月連続減)で、同じく7月の実質賃金がマイナス1.6%(5カ月連続減)であったというデータから、安倍政権の末期は惨憺たる状況になることが確実だ。

 

 こと実質賃金にいたっては、12年-19年比でマイナス4.4%だったことも驚きだが、そこにコロナ禍のマイナス分が加算される見込みなので、安倍内閣にとっても、我々国民にとっても絶望的な数値となるだろう。実質賃金は物価上昇率を加味した賃金のことなので、簡単に言うと、私たちは安倍政権下で5%以上も貧しくなったことになる。コンビニやスーパーで買う食品の値段が上がり、また、弁当や菓子類などは日増しに量が少なくなり、ひどい「上げ底」などが散見されるのはそういった影響が可視化された結果だ。企業収益は上がっても労働者に十分に還元されず、物価だけはじわりと上がり続け、家計をひっ迫していく構造が見えてくる。

 

 株価が上がったという話はどうだろう。12年と比較して約3倍も上がったのだからこれは評価できるのではないか。しかし、この理由は一言で説明できてしまう。日銀の量的金融緩和により増えたお金をETFに投資し、官製相場ともいえるかたちで買い支えたため、虚構の株価が維持されているだけである。ETFとは「株の福袋」のようなもので、日銀のETF買い枠は2012年の0.6兆円から2018年の6.5兆円へと、そしてとうとう今年は20兆円にまで拡大された。かつての30倍以上の爆買いモードに入り、同じように年金の積立金も12年までの2倍程度が株式売買につっこまれている

 

 何が悪いのか理解できない人もいるだろうから説明すると、実体経済をめぐるはずだった資金を使って金融バブルを作れば、それが崩壊した時には雇用や賃金が悪化するなど、全てが庶民へのしわ寄せとなる。ポストケインズ派のミンスキーの研究では、バブルは遅かれ早かれ必ず崩壊する。つまりこの日銀の株買いも、格差拡大に貢献しただけの砂上の楼閣と言えるのだ。

 

 「税収が増えた」と言って喜ぶのも考え直す必要があるだろう。MMT派がよく用いるISバランス(SFCモデル)の概念を理解している人ならすぐピンとくるはずだが、多くの税金を国民から召し上げるということは、それだけ実体経済を巡るお金を取り上げているということでしかない。つまり、政府自らが増税によって不況を作り出しているだけなのだ。このことは主流学派系の人間であったとしても常識だ。フィナンシャルタイムスのハーディング東京支局長は以下のようにアベノミクスを評している。

 アベノミクスの失敗が確定したのは2014年に消費増税した日だった。

 その不況が今に続いている。

 財政刺激策を約束したのに逆に引き締めを行い、失敗した。

 これがアベノミクスの全てを物語っている。

 

出典:FT  - Six Abenomics lessons for a world struggling with ‘Japanification’ から筆者による抄訳

https://www.ft.com/content/9f4b1656-95a2-41e0-9c86-70f5b063796d

 最後に雇用分野を見てみよう。この分野はだいぶ功罪が分かれるかもしれない。有効求人倍率も上がったし総雇用者数が444万人も増えた。このことだけを見ると立派なレガシーであるように見える。しかし一旦立ち止まって以下の図表を見てほしい。

 

出典:「総務省統計局 労働力調査 長期時系列データ」から筆者が作成

http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.html

 

 どうだろうか。まず目につくのが、増えた雇用の8割弱が非正規だということだ。増えた444万人中の349万人が非正規雇用である。とにかく安倍政権下では低所得者がたくさん増えたのだ。非正規が増えた影響で、当然ながら正規雇用者率も64.8%→61.7%と下がっている。さらに、世代ごとの変数に目を向けると、もっと受ける印象が変わるだろう。

 

 少子化高齢化の影響で若年層の人数自体が減り、さらに団塊世代の高齢層が退職するといった人口動態の変化にも起因するが、若者にとっては雇用も激増し、景気が良くなったことは間違いない。これは、高齢層が引退した後の空いた席を、若年層がゲットできたとイメージするとわかりやすい。この点において、若者の半数以上が安倍政権を支持するのもうなずける。

 

 しかし25歳以下の若年層の雇用増加分の、実に7割強が学生のアルバイトであることもわかる。最低賃金法の改訂もあり、アルバイトやパートの時給はこの8年で100円以上も賃上げされたので、非正規であっても8年前よりは随分マシだということになるが、メタ視点で見た自分の置かれた状況を俯瞰できなければ、僅かばかり上がった時給でも好景気に感じるのかもしれない。

 2012年11月 三大都市圏(首都圏・東海・関西)の平均時給は950円

 2020年7月  三大都市圏(首都圏・東海・関西)の平均時給は1083円

出典:株式会社リクルートジョブズジョブズリサーチセンター 

http://jbrc.recruitjobs.co.jp/data/data20200819_1537.html

 一方で、25~34歳のミレニアル世代、35~44歳のロスジェネ世代では、ともに就労者数はおよそ7%も減り、ロスジェネ世代においては非正規雇用が増えてしまっている。少子化の影響もあるだろうが、働き盛りの世代の就労者数が、わずか8年で7%も減るのはどのような異常事態なんだろうか。

 

 また、65歳以上の高齢層では、就労者総数が285万人(32%)も増えたが、ほとんどが非正規労働が増えたことに起因することが見てとれる。

 

 労働環境がこのようにいびつな構造になった背景には、消費税や授業料、社保料等の増加で可処分所得が少なくなり、働かざるをえなくなった学生や高齢層、女性の姿があるのではないか。

 

出典:総務省統計局の労働力調査「主な産業別雇用者数」から、専修大学・石塚良次教授が簡易的に作成したもの

 

 上図は、総務省統計局の労働力調査「主な産業別雇用者数」から、専修大学・石塚良次教授が簡易的に作成したというものをお借りしたが、有効求人倍率が高い理由も、増えた雇用の殆どが介護や福祉・医療関係であることから、少子高齢化の影響である可能性にも留意しなければならないだろう。雇用や求人が増えたという話も、アベノミクスの恩恵であるのか甚だ疑わしいのだ。

 

出典:内閣府 政府広報「データで見るアベノミクス」

https://www.gov-online.go.jp/tokusyu/abenomics/index.html

 

 また、内閣府自身が提供する上図を見ると、政権が自画自賛する雇用の改善というものが、リーマンショックや東日本震災の影響からの自然回復である部分が大きいことも物語っている。民主党政権が経済のかじ取りを誤ったとする説は、就業者数の減少が民主党政権前の2009年から始まっていることから、それだけが理由だけではないと判断するのが妥当ではないだろうか。政府広報の言う「アベノミクスの推進により日本経済は大きく改善」は、一部を切り取って結論づけたに過ぎないといえる。

 

 

 先日、自民党総裁選に立候補した菅義偉氏が、共同記者会見の場で、安倍政権下における雇用者数の増加を、強調すべき政権の成果とし、アベノミクスを継承する旨を語っていた。いっぽうで対抗馬の石破茂氏は、第二次世界大戦への参戦の要因にもなった戦前の政府権力とメディアの癒着構造を引き合いに、現政権とマスコミの忖度関係を存分に揶揄するという対称的な姿勢があった。

 

 上掲した内閣府の政府広報資料では、正社員の有効求人倍率がわずかに増えたことは扱うが、非正規の有効求人倍率がその何倍にも増えたことは扱わない。または雇用者の報酬総額が増えたことは扱うが、実質賃金には決して触れようとしない、という内閣や官僚の頑な隠蔽体質がうかがえるばかりだ。

 

 官僚は、どうにか見栄えの良いデータだけを探し出し、チェリーピッキングし商品棚に並べ、都合の悪い腐りかけのデータは隠蔽する。大本営メディアはその虚構に彩られた見栄えの良い商品棚だけを懸命に、延々と画面に映し出すのだ。

 

 

 アベノミクスの期間に増えた非正規労働者349万人のうち、およそ100万人が、コロナ不況の影響ですでに職を失った。彼らがもし正規雇用であれば、その殆どの雇用が守られたはずであろうことは言うまでもない。

 

 結局、安倍政権とは何だったのかと問われれば、大企業や富裕層を株の爆買いや縁故主義で支え、労働環境を非正規や低賃金労働に頼る構造に変え、実体経済の不安定化をもたらし、格差を拡大させた政権だったという結論に行きつく。

 

 「意味のない質問だよ」とは、今年2月の国会の場で、安倍首相が立憲民主党の辻元議員に放ったヤジであるが、安倍政権の8年間には、まったく「意味のない政権だったよ」と言いたい。

 

 

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