今回はPublic Enemy(Chuck D)の周辺に注目してみようと思う。

まずはParis。
この人は日本ではまったく知られていないが、PEに何度もFeatされている。

1990年に「The Devil Made Me Do It」でデビューするが、ビデオではNation Of IslamのFruit(警備隊)やブラックパンサーっぽい人達が出演し、PE風の演出がなされている。

▼ Paris - The Devil Made Me Do It
https://www.youtube.com/watch?v=Bvzqa-fjmFk


このデビューアルバムに収録された楽曲「Escape From Babylon」ではブラックパンサーの10か条をラップにしていて興味深い。

 

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▼Paris - Escape From Babylon
https://www.youtube.com/watch?v=S8vaYDDOfBc
(一部抜粋)
https://genius.com/Paris-rap-escape-from-babylon-lyrics
Brought to life by the ten point system
One: Freedom and power to determine our destiny
Two: Full employment for the black community
Three: Fight the capitalist with a raised fist
B-U-Y Black and stack awareness
Four: Decent housing for the shelter of human beings
Five: Education and truth for the black youth
Six: All black men exempt from military service
Hear my words and get nervous
Seven: A quick end to police brutality
Death of blacks at the hands of the P.D
Eight: Release of all black men who are held in prison;
Guilty 'fore proven innocent
Nine: Black juries when our brothers are tried in court
And in addition to all his we want
Ten: Land bread and housing and education
Clothing justice and peace for the black nation
◇◇◇◇◇◇


パンサーの10か条が興味深いのは、第1条で自由権、第2条で完全雇用、第3条で反資本主義を求めているところだろう。4条目以降も衣食住や教育の保障など経済的公平性に関わることが多い。日本の一部のポリコレ左翼系の活動家は米国の黒人問題を勘違いしてしまっていて、人種問題のみに矮小化している向きがあるが、事実は少し違うことを理解してほしい。

また、Parisはこの曲で「Asiatic discipline」というNOI/5 Percenters用語も使ってることから、彼が当事者であったこともわかる。

デビューアルバムではそこそこトバしていたParisだが、セカンドの「Sleeping With the Enemy (1992)」がとんでもないことになっている。

このアルバムには「パパブッシュを暗殺する計画」をつづった「Bush Killa」という曲が収録されている(笑)
もちろん販売禁止処分となり、発売元レーベルの親会社であったワーナーにも契約を打ち切られている。

▼ PARIS - Bush Killa(92)
https://www.youtube.com/watch?v=btCNAMna-PE
リリック https://genius.com/Paris-rap-bush-killa-lyrics


曲の冒頭部では、1990年9月11日のパパ・ブッシュによるかの有名な「New World Order」演説のヴォイス・サンプルが使用されている。

現実世界ではそのNWO計画を補完するように、91年に湾岸戦争が起こり、米国はムスリムにとっての故郷である中東に攻め入る。
米国のムスリム系Hip Hopperたちにとっては許せない出来事だっただろうし、この90年9.11のNew World Order宣言が、11年後の出来事と相まって更なる陰謀論をつのらせていくこととなる。


また、このアルバムには「Assata's Song」なる曲も収録されている。
アサータ・シャクールはパンサーであり、73年に殺人事件を起こしたテロリストとして指名手配され、キューバに亡命している。そして、TuPac Shakur(2パック)のゴッドマザーでもある。


さて、メジャーレーベルから切られ自主制作を続けていたParisだが、9/11後の2003年に「Sonic Jihad」(音のジハード)というアルバムをリリースする。

Paris ‎– Sonic Jihad(2003)

ホワイトハウスに旅客機がつっこむ写真がジャケットとなっているが、これではテロリストとしてマークされても仕方がない(笑)

この問題作から何曲かリリックを抄訳する。
まずはニュース番組を模したインタールード「Agents Of Repression」。

 

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▼ Paris - Agents Of Repression
https://www.youtube.com/watch?v=y4xvuJD3IOA

 

"The questions are growing louder, and the White House is furiously backpedalling. What did the president know, and when did he know it?"
"You're telling me you're going to fake some terrorist thing, just to scare some money out of Congress?"
"Well unfortunately, I have no idea how to fake killing four thousand people. So we're just gonna have to do it for real. Oh, blame it on the Muslims, naturally. Then I can get my funding!"

「疑問はますます大きくなり、ホワイトハウスは猛烈に後退している。大統領はいつ、何を知っていたのか」
「議会から金を脅し取るために、テロを偽装すると言うのか?」
「残念ながら4千人を殺した事を 誤魔化す方法など分からない だからリアルなことをやるしかない。ああ、当然、イスラム教徒のせいにしてね。そうすれば、私は資金を得ることができるんだ!」。
◇◇◇◇◇◇


「4千人を殺した事」というのは、9/11事件のことである。Parisは、9/11はイスラム教徒に罪をなすりつけることで中東に侵攻するための口実にした政府の内部犯行説だと信じている。

この陰謀論に関しては、NATOの欧州最高連合司令官だったウェスリー・クラーク将軍が「9/11前後に、イラク・シリア・レバノン・リビア・ソマリア・スーダン・イランと戦争する計画があった」と証言している。9/11がそのトリガーとして政府内部の手引きで行われたかはわからないが、中東侵攻については「事実に近い陰謀論」ではないだろうか。

【参考】
▼「ウェスリー・クラーク元アメリカ陸軍大将が語る中東問題の真相」
https://www.youtube.com/watch?v=5ePR-KBvaX8&t=63s


Parisが為政者側(Evil side)からの視点で語る楽曲「Evil(悪魔)」も抄訳しよう。

 

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▼ Paris - Evil
https://www.youtube.com/watch?v=E4JLI0XiMGQ

 

And while we argue over the cost, they'd all die
With generations all being lost with no fight
I'd continue with the pain, make it oh so plain
I'd manipulate the market for my capital gain
Keep the people all broke and confused and underclassed
Give my homies all executive bonuses through the crash
And if the heat get too hot, I'd plant a bomb
Or wreck a plane, just like Hitler back in the day
And scare all the people, they'd forget about me
They'd forget about elections and the way that we cheated
See me blame it on a foreigner and non-white men
Celebrate my gestapo with a positive spin
Then manipulate the media - it's U.S. first
Get the stupid-ass public to agree with my words

コストを議論している間に、みんな死んでいくんだ
闘わずして何世代も失われていくんだよ
俺は痛みを与え続け、それを明らかにするだろう
自分の利益のために市場を操作するんだ
人々を無一文にし、混乱させ、下層階級に落とすんだ
金融恐慌が起きたって俺の仲間にだけはボーナスを与えるぜ
人々が熱くなりすぎたら爆弾でも仕掛けよう
かつてのヒトラーがやったように 飛行機を衝突させたり
人々を恐怖に陥れることで、俺の存在を忘れさせよう
選挙のことも、不正をしたことも、みんな忘れてしまうだろう
俺を見ろよ 全てを外国人と非白人のせいにするぞ
ポジティブなメディア報道で俺のゲシュタポを祝福
メディアを操作して、米国第一主義を貫く
バカな大衆を俺の意のままにさせるんだ
◇◇◇◇◇◇


「かつてのヒトラーがやったように、飛行機を衝突させたり」というのは、1933年にヒトラーが国会議事堂を放火しそれを共産党のせいにし、その後に共産党を弾圧した一連の疑惑と、9/11のWTC攻撃をムスリムのせいにしたことをかけているのだと考えられる。

「マッチポンプ」や「分断統治」、「仮想敵の設定による国民の思想的動員」などの手法は、今では歴史を知る者のあいだでは為政者の常套手段と認知されている。約20年前の楽曲のリリックであるが、Parisのクレバーぶりがうかがえる。


Public EnemyとDead PrezをFeaturingしたFreedom (The Last Cell Remix)では、Parisは「殺人警官をぶっ殺し、獣であることを証明してやる」と放った。
Dead Prezは「Malcolm X cocktailに火をつけ、ストリートを燃やす準備ができている」と歌ったが、これは「Molotov cocktail(火炎瓶)」の隠語であろうと思われる。かなりトバしている。
日本人には理解できないが、黒人にとっての(白人)警察官は、賄賂を得て不正を働き、黒人を冤罪で逮捕する抑圧者と見なされている。
なお、Dead PrezとはDead Presidentの意味だ。これはHip Hopperならお馴染みだが、米ドルに過去の大統領の写真が印刷されていることから、米国の黒人たちはお金のことを「Dead President」と呼んだ。


この「Sonic Jihad」の「Field Nigga Boogie(XLR8R Remix)」でFeatされたのが、ハーレム出身のペルー系アメリカ人Immortal Techniqueだ。
元フリースタイル・バトルMCだけあって非常に攻撃的で、パリスと同じく筋金入りの陰謀論者である。

この曲でParisは「It's the return of the +Bush Killa+ back to bust.Just us for the justice, in God we trust.I rush truth to the youth, and shine the light.Take the red pill, open up your eyes to life.(Bush Killaなスタイルの復活だ。正義のままに我々は神を信じる。若者たちに真実の光を当てる。赤いピルを飲んで目を覚ませ)」と綴った。
「赤いピル」とは、映画マトリックスでモーフィアスが主人公ネオに差し出したアレだ。
赤いピルを飲む事は、コンピュータによって作り出された仮想現実 (Matrix)から逃れ、現実の世界で生きて行くことを意味する。
この隠喩も陰謀論者が好んで使う。
「In God We Trust(我々は神を信じる)」は米国の国家としての標語で、米ドルにも印字されている。Parisのこの一節には何重もの隠喩が含まれていることがわかる。
ちなみにこの「Field Nigga Boogie (XLR8R Remix)」はPublic Enemy & Parisのアルバム「Rebirth of a Nation (2006)」にも収録されている。


このChuck Dのお気に入りでもある若手Immortal Techniqueについても触れよう。

Immortal Techniqueは、2003年に、PEのChuck D、KRS-ONE、Mos Def、Jadakiss、EminemらをFeatした超問題作「Bin Laden」をリリースしている。
このシングルは、オリジナル版でMos Def、Jadakiss、EminemらをFeatし、Remix版でChuck DとKRS-ONEをFeatしているが、それぞれのバージョンのコーラス部をこの大御所たちが歌うという作りになっていて、オリジナル版/Remix版それぞれのヴァース部でImmortal Techniqueが独立したヴァースをスピットしている。

 

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「Immortal Technique - Bin Laden」コーラス部のリリック:
Bin Laden didn't blow up the projects
It was you, nigga
Tell the truth, nigga
Bush knocked down the towers

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「WTCを倒壊させたのはビン・ラディンじゃなくブッシュだ。真実を話せよ」と歌っている。
当時のHip Hopアーティストの間では世代を問わないかたちで広く「WTC倒壊内部犯行説」が採用されていたことがうかがえる。
言うまでもなくMos Def、Jadakiss、Eminemは00年前後の売れっ子スターで、Chuck DとKRS-ONEは80年代からのレジェンドである。

▼ Immortal Technique - Bin Laden feat.Mos Def, Jadakiss, Eminem
https://www.youtube.com/watch?v=2Z8yUuAolVY

▼ Immortal Technique - Bin Laden (Remix) feat Chuck D, KRS-ONE
https://www.youtube.com/watch?v=wkkUhbOG-YM


様々な世論調査を勘案すると、アメリカ人のだいたい3割~4割が「WTCの倒壊は内部犯行」だと考えていることがうかがえるが、こと黒人やHip Hop関係者に至ってはその割合も増すだろう。
これは、黒人がアメリカ政府をまったく信用していないことに依拠するだろう。


2021年9月現在、HBOで放映中で、バスタライムスやAOCも出演するスパイク・リーのドキュメンタリー「New York Epicenters: 9/11-2021½」が911陰謀説に踏み込んでいる。
この作品は4部作で、一話が約2時間の構成になっている。
「ジェット燃料は鋼鉄の柱を溶かすことはできない。離れた位置にあったWTC7が倒壊したのはなぜか」などの疑問を投げかけるが、批判を受け最終話からビル倒壊陰謀説の部分を30分ほどカットして9月11日に放送するとのことだ。
(筆者は現時点で1作目しか見ていないが、あまり面白い作品とは言えない。正直、かなり眠くなる)


2007年、Immortal Techniqueはブッシュを弾劾せよと歌う「Impeach The President」という曲をリリースしている。

▼ Immortal Technique - Impeach The President
https://www.youtube.com/watch?v=mGTb6I-qqCw

 

リリックの内容は「ブッシュが福祉や医療費を削減しハリケーン・カトリーナで犠牲者を増やした。イラクやアフガンを破壊した。ブッシュを弾劾せよ」といったもの。

この「Impeach The President」という曲は、日本では「インピーチ」として知られる有名なドラムサンプルが含まれる。
Immortal Techniqueはこの曲のヴァース部までを使用して、タイトルもそのままでラップを載せて楽曲を制作した。
Roy Cによるこの元ネタはニクソン大統領弾劾を歌った曲である。

▼ Roy C & The Honeydrippers - Impeach the President(1973)
https://www.youtube.com/watch?v=Cgtuf6GgMBY

 

この元ネタ曲は、BDPやRakim、NWA、PE、LL Cool J、De La Soul、2Pac、Janet Jackson、Biggie、TLC、Prince、Wu-Tang、Nas、50 Cent、Flo Rida、Joey Badassなど、80年代からありとあらゆる有名アーティストにサンプリングされた名曲だ。


2011には、Chuck DらをFeatして精神的植民地化に抗うための戦いを歌った「Civil War」と題した曲をリリースした。
▼ Immortal Technique - Civil War feat. Killer Mike, Brother Ali & Chuck D
https://www.youtube.com/watch?v=fabi8nyjsYc

 

Featされたキラーマイクはバーニー・サンダース現予算委員長(元大統領候補)とのセッションでもおなじみだ。キラーマイクは「You gotta recognize another G ain't the enemy」と言ってるが、意味は「他の奴ら(Gods)も敵ではないと理解するべきだ」となる。
「G」はNOIや5 Percenters用語だが、彼らは人間すべてを、特に黒人を神とみなしていることからきている。当時の黒人が「What up G?」などとあいさつしているのを目にしたことがあるだろう。この考えは汎神論を採用する神道になじみの深い日本人もシンパシーを受けるのではないだろうか。
FeatされたBrother Aliはムスリムの白人ラッパーである。

Immortal Techniqueは他にもWu-Tangアフィリエイトで5 PercentersのKillah PriestにもFeatされているので、ムスリム界隈とも親交が深いことがわかる。


話をParisに戻そう。

2000年以降はParisは何度もPublic Enemyにfeatされていて、「Rebirth of a Nation (2006)」というアルバムまで一緒に作っている。

▼ Public Enemy & Paris - Rebirth of a Nation (2006)
https://www.youtube.com/watch?v=Jgoh7JLXnNw

 

アルバムに収録される「Hard Truth Soldiers」では、Chuck DとともにNWAのMC Renがfeatされている。


Parisに無鉄砲でイカれた奴という人物像を描くだろうが、実際はそうとも言えない。
彼はカリフォルニア大学デービス校で経済学の学士号を取得したインテリで、生業は株式ディーラーだ。

金融危機でリーマンブラザーズの破綻が起こったわずか2週間後のアーカイブが残っていた.

 

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▼ 元ブローカー/ラッパーのパリスが、ウォールストリートのメルトダウンがヒップホップに与える影響について説明
2008年10月1日
https://www.sohh.com/ex-brokerrapper-paris-explains-the-wall-street-melt-downs-affect-on-hip-hop/
“What the bailout entails is a $700 billion package that needs to be approved by congress to provide liquidity to lenders,” Paris explained. “There needs to be money available for lenders to allow you to borrow.”

According to Paris once the bailout is passed, it will become easier for the average American citizen to get a car loan, home equity loan or student loan.

“Of course when the bailout package is passed there will be more money available to people,” he explained. “Anytime there’s money available, people borrow and people spend and that’s what stimulates the economy.”

(翻訳)
「救済に伴うものは、貸し手に流動性を提供するために議会によって承認される必要がある7000億ドルのパッケージです」とParisは説明しました。「あなたが借りることができるように、貸し手が利用できるお金が必要です。」

Parisによると、救済措置法が通過すると、平均的なアメリカ市民が自動車ローン、住宅担保ローン、または学生ローンを取得しやすくなります。

「もちろん、救済パッケージが通過すると、人々が利用できるお金が増えるでしょう」と彼は説明しました。「利用可能なお金があるときはいつでも、人々は借りて、人々は費やします、そしてそれは経済を刺激するものです。」
◇◇◇◇◇◇


経済学マニアであれば上記のパリスの発言のどこが間違っているかは即刻指摘できるだろうが、当時はまだクルーグマンのインフレ期待なんかもあまり取りざたされていなかった時代だ。その辺はお目こぼし願いたい。

それにしても少し不思議なのが、パリスは上記のような専門的知識がありながらも、なぜか自身の作品で「金融・銀行家支配論」にあまり言及しないことだ。

理由はよくわからない。


さて、次回からはミドルスクール以降のHip Hopperのことについて触れていこうと思う。
ブラックミュージックのファンは、黒人音楽の裏街道の話にぜひついてきてほしい。



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