先日のブログ記事では、90年代初頭のIce CubeがNation Of Islam(米国の新興イスラム教)の強い影響下にあることをお伝えした。
その影響のもと、Ice Cubeは曲中で、制度的に固定化された貧富の差を嘆き、また、その構造に対する怒りから、時に酷いヘイトを吐き捨てることもあった。

この長いシリーズ記事は、Ice Cubeが、そして黒人カルチャーがMMTまでたどり着いた意味を考えるうえで、辿らなければならない行程だと私は思っている。

イスラム教とか銀行家の陰謀と聞くとドン引きする人もいると思うが、MMT派もPositive Money派(政府通貨派)も、陰謀論者と殆ど同じような問題意識を共有してきた。

Positive Money派は「銀行の作り出す負債を低所得層に押しつけるシステムが問題である」「そのシステムを頑強なものにしてきたのが政府を陰で操る銀行家だ」等と問題を強調してきた。このあたりの話は日本でも有名なリチャード・ヴェルナー教授(Positive Money派)の著書「円の支配者」などで知られるところだろう。

【参考】 ▼ 銀行制度へのシンプルな改革3つで経済を立て直せる? 英国ポジティブ・マネーの提案
(日本語字幕つき)


もうひとつ。こちらの「Money as Debt」という映像もとても有名なので見たことのある人もいるだろうけど、冒頭部はウッドロー・ウィルソン大統領の「銀行システムの裏側には巨大で邪悪な組織がいる」という引用、もしくはMMTerのジェームズ・ガルブレイスの父親ジョン・ガルブレイスの「銀行がお金を作る工程は恐ろしいほど単純だ」という引用、それから「通貨の発行と管理を私に任せてくれれば、誰が法律を作ろうと気にしない」とするマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの引用から始まる。

 


「Money as Debt」とはその言葉の通りで、「お金の正体は負債」ということだ。
つまり、MMTも採用する「信用貨幣論」に他ならない。

MMT派の場合は、Positive Money派(政府通貨派)の考えをもっと進化させていて、彼らは、政府の負債自体は問題ではないが、その負債を返済しなければならないものだとして、徴税等の行為を介して一般の人々に負担を押しつけておいて、いっぽうでは銀行家らが大儲けしていることが問題だとしている。

MMT派による銀行家に対する猜疑心に関しては、MMTの始祖ランダル・レイ教授の研究メイトとなるマイケル・ハドソン教授が最も研究を進めるところだろう。

私はここに言論空間に偏在する「複数の点」を提示するが、これらを一本に繋ぐ線が、うっすらではあるけど、確かに存在するということを当シリーズを通して証明ししたい。


私はブラックカルチャーを語るうえで、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアには殆ど触れない。
キリスト教徒の表街道の話ではなく、イスラム教徒の裏街道の話をしたいと思っている。

今日はIce CubeとマルコムXの話をしようと思う。

Ice Cubeが曲中でたびたび触れるマルコムXとルイス・ファラカーンが何者かって言うと、Nation Of Islamのメインアイコンだ。
マルコムは60年代中盤、ファラカーンは90年代の登場人物となる。

Nation Of Islamは、1933年にアメリカで生まれたイスラム教系新興宗教で、60年代中盤に一度大流行りし、90年代初頭にリバイバルした。
90年代にリバイバルしたのは、60年代の公民権運動の息子たちが再び大きく広めたからだ。
彼らが、Hip Hopの隆盛とともにブラックパワーを再確認したこともあっただろう。

1993年にはSpike Leeが監督し、Denzel Washingtonが主役を演じたブラックムービー「Malcom X」が公開された。

 

 

この映画は日本のサブカルシーンでも話題になり、私もリアルタイムで見たことを覚えている。
当時高校生だった私は「アメリカの差別は酷かったなんだなあ」くらいでしか認識することができなかったが。


マルコムXの両親は、Pan-アメリカで1940年まで活動したジャマイカ人のMarcus Garveyの熱心なフォロワーだった。
Marcus Garveyは南北アメリカを縦断する政治活動家で、ジャマイカドル紙幣の顔になるくらいの国民的英雄だ。

マルコムXの生涯は波乱万丈だった。
マルコムが4歳の時には、KKKに家を焼かれた。
父親は白人至上主義団体のブラックレギオンに殺され、母親は精神病院行きとなり意識薄弱のままになったという。
母親のルイーズは黒人と白人の混血「ムラート」で、マルコムの祖母が白人に強姦されて生まれた子であった。
マルコムは白人の上流階級の家に引き取られたが、その後ニューヨークのハーレムに移り、麻薬取引、売春、強盗に手を染めるギャングとなり逮捕、収監される。

NOIに入会するのは刑期最中の1946年。
獄中でNOIの指導者イライジャ・ムハンマドの教えに触れ、51年に釈放された後はNOIのハーレムモスクの責任者兼スポークスマンとなる。
マーティン・ルーサー・キングJrが公民権運動の表の顔だとしたら、過激なマルコムXは裏の顔となるだろう。

マルコムが進めたのは、黒人の権利向上や構造的分断に起因する貧困救済とともに、黒人至上主義や分離主義、白人に対する徹底抗戦の思想だった。

これはNOIが「独立国家”Black Nation”を作る」ことを教義としていたことに起因する。
「白人が我々に対して『何故白人を憎むのか』というのは、強姦した者が相手に対して『オレが憎いか』と発言するのと同じだ」とは彼の発言だ。

マルコムの信念は「黒人は最初の人類で、白人は悪魔である。黒人は白人に優越し、白人には種の終焉が迫っている」というものであったが、この考えがNOIに採用され、NYの黒人の少なくない者たちが熱狂した。
また、彼はアフリカ回帰思想も強く推し進めた。
アフリカ回帰思想はMarcus Garveyが始祖となる。

1964年、NOI指導者のイライジャ・ムハンマドが複数の信徒少女のレイプに関わっていたことが発覚。
反発したマルコムはNOIを離脱する。
スンニ派に改宗し、汎アフリカ主義を提唱した。

最晩年のマルコムはメッカ巡礼の旅に向かい、サウジのファイサル王子には国賓として出迎えられた。
また、ガーナのクワメ・ンクルマ、エジプトのガマル・アブデル・ナセル、アルジェリアのアーメド・ベン・ベラら各国の首長はすべてマルコムを政府に招請した。
キューバのカストロ議長と会った最初の黒人リーダーにもなった。

米国に戻ったマルコムはもはや黒人と白人の分離を求めていなかった。
アフリカ北部の白人革命家や白人イスラム教徒と出会った後、肌の色に関係なく、第三世界の窮状も救わねばと考えるようになっていた。

1965年、マルコムは何者かに射殺される。
NYPDとFBIが彼を厳重に監視する中での出来事であった。
後に3人のNOIメンバーがマルコムXの暗殺で有罪判決を受けているが、真相は不明だ。


今年のBLM騒動の少し前のタイミングで、スンニ派(世俗派系)のトルコ国営テレビがマルコムXの短いドキュメンタリー映像をYoutubeにあげている。
時代の希求するうねりのようなものを感じたのかもしれない。

 


皆さんも見たことがあるであろうこのMEME画像の元ネタはマルコムだ。

 



メディアは地球上で最も強力な存在です。
彼らは無罪を有罪にし、有罪を無罪にする力を持っています。
これこそが力です。
なぜなら彼らは大衆の心をコントロールできるからです。
報道機関はそのイメージ操作の役割においても非常に強力です。
犯罪者を犠牲者であるように、また犠牲者を犯罪者であるようにも見せることもできます。
注意していないと、新聞は、抑圧されている人々を憎み、抑圧している側の人々を愛するように操作します。
                                   — Malcolm X
https://www.goodreads.com/quotes/6583798-the-media-s-the-most-powerful-entity-on-earth-they-have


50年代、60年代にマルコムXがハーレム・モスクで指導したのが、後にNOIの最高指導者となるLous Farrakhanだった。

ファラカーンの生い立ちを話すと長くなるので後述するが、彼はいわゆるガチガチの陰謀論者だ。
マルコムXの武闘派路線を引き継ぎ、NOIの教えを陰謀論路線に進化させた。

こちらのロスチャイルドによる中央銀行の支配の話('95)は、初めて触れる人にはなかなか強烈だろうと思うが、我々が慣れ親しんだ(?)銀行家の陰謀論そのもので、まるで宇野正美かと見まごうほどだ。
日本語字幕がついているので、ぜひ見てほしい。

 


ファラカーンによると、彼らの批判の矛先はユダヤ人そのものではなく、彼らが偽ユダヤだと定義するロスチャイルドら銀行家だとわかる。
ファラカーンは「この国は貧しい白人、貧しい黒人、貧しいユダヤ人の背中の上に建てられた」と言う。
加えて「本当の反ユダヤ主義はロスチャイルドだ」と。

他にも彼の主張には「アメリカは金融家に中央銀行を乗っ取られ、負債を政府に、つまり国民に押しつけるために戦争をしている」というものがある。
これは殆どの陰謀論者の共通の認識だ。

勘違いする人も現れると思うので重ねて言うが、私自身はこの銀行家連合がユダヤ人であるとは限定しない。
実際に、有名な銀行家ロックフェラーはWASPだ。
また、偽ユダヤという言い方も正しくない。
彼らは、人種や宗教には限定されない存在だ。

しかし、ここでNOIと銀行家の陰謀をつなぐものが現れたことは明示しておきたい。


話を再びIce Cubeに戻そう。

4作目のアルバム「Lethal Injection」(1993)は前作に引き続き商業的な成功を収めたが、過激路線を後退させたため、白人攻撃を期待したコアな黒人ファンは離れたかたちとなった。

私も今回のCubeのMMTツイートを機に25年ぶりくらいにこのアルバムを聴いたが、一言で言うと泣けるアルバムだ。

「Lethal Injection」は、Snoop Doggの「Doggystyle」と並び、Gangsta Rap/G Funkの金字塔と称される。
Ice Cubeは犯罪多発するゲットー地区、サウスセントラルから政治的メッセージを発信し続けた。

Ice Cube - You Know How We Do It


G Funkとは、Gangsta Funkの省略形で、70年代初頭に活躍したP Funkに大きな影響を受けている。
楽曲「Bop Gun」ではP Funkの総裁ジョージ・クリントンとブーツィー・コリンズをfeatし、ブラックカルチャーの正統な後継者であることを物語る。

Ice Cube - Bop Gun


Bop Gunにはロングバージョンもあるが、こちらは完全にP Funk仕様で、ブラックミュージックファンをニヤりとさせた。(何を言ってるのかわからないと思うが、とりあえず貼っておく)

このアルバムに関しては、ここからまたIce Cubeのダークサイドに触れなければならない


98年 ニューヨーク Ice CubeとKhalid Muhammad

アルバム「Lethal Injection」には一曲だけ、ヘイト全開の「Cave Bitch」という曲がある。
これは、白人女性を貶め、あざ笑う曲だ。

この曲のイントロでは当時Nation Of IslamのスポークスマンだったDr. Khalid MuhammadがFeatされている。
黒人女性をたたえるいっぽうで、白人女性は洞穴に住む野蛮なミュータントだと罵る。実はこのくだりはNOIの教義の一部である。

今聴くと、この曲の本編のIce Cubeも本当に酷いリリックなのでここで細かく言及することは避けるが、Khalid Muhammadはこの年、93年にニュージャージーのKean Collegeの講演での酷い差別発言が米国の上院でも非難決議の対象となるほど批判された。
そのことが元になり、Nation of Islamを解雇されている。
その後、彼は何度か暗殺されかけながら、98年にニュー・ブラックパンサーの国民議長に就任している。

当時のゲットーの黒人たちにとっては、レコード物だけが自由な発言ができる唯一の媒体であったし、彼らにとって、レコード物にしか公に開かれた「自由」が存在しなかったことを、再度言及したい。

50年代-60年代のマルコムXの初期の武闘派路線、80年代-90年代のKhalid Muhammadの逆差別路線は、2020年に生きる我々の感覚では、怖いし意味がわからないだろう。
しかし「黒人こそが神であり、他の人種を優越する」という強い考えをもとに、自分自身を鼓舞し、自分を守る武器として武装しなければ、白人の作った世界の最下層、ゲットーでのハードライフを生き抜くことはできなかったのだ。
だから、2020年の感覚で、彼らを遡及的に断罪してはいけないし、必要悪として、一定の理解は必要だと言いたい。

彼らには、白人に対する極めて強い不信感が根底にあったのだ。

 

白人のリベラル派と白人の保守派との違いは1つだけです。
それはリベラル派は保守派よりも欺瞞的だということです。
                                                           - マルコムX
https://web.archive.org/web/20160408134144/http://www.malcolm-x.org/speeches/spc_120463.htm

Malcolm X : "White Liberals Are The Most Dangerous Thing In The Entire Western Hemisphere"

(白人のリベラル主義は、西半球で最も危険な存在である)


さて、Ice Cubeは、93年以降はアルバム制作を休止し、映画にばかり出ていたが、98年と00年に「War&Peace」 Vol 1& 2を発表した。
金銭問題で揉めて疎遠になっていたドレとの交友も復活。アルバム内でもfeatしている。
00年のインタビューではNOIとの関係を語っているが、よりナチュラルな信仰の形態になったとのことで、随分と穏健派になっている。


2017年の「Good Cop Bad Cop」では「BLM is not chit chater」と発し、ジョージ・フロイド事件を予見させた。
Hook部の「Black police showin out for the white cop」の意味は「黒人警官は白人警官に媚びを売る」である。


この「Black police showin out for the white cop」のフレーズの元ネタは88年まで遡る。
初期のグループ、NWAの「Fuck Tha Police」(当時19歳)で、自分で発している。
30年経っても問題は解決されていないということだ。

 


30年ひと世代といわれる。
30年前に生まれた人間には当時の記憶はない。
このような振り返りの作業がリバイバルにつながる。

現在のIce CubeはQにもシンパシーを覚えているようだ。


そしてやっぱり陰謀論者にお馴染みの画像も(笑)




この時、ポリコレマンに「反ユダヤ主義だ!」と怒られたCubeは「拾った画像なんだが。俺は地球上のどの人種とも仲良くやるよ」と返していた。


つい先日、当時から穏健派だった東海岸のQ-Tipが、CubeをKingとしつつ、彼の1stアルバム「AmeriKKKa's Most Wanted」を讃えていたが、Ice Cubeのレガシーが西東問わず、さらに硬派・穏健派問わず波及していたことが感じられ、意外にも感じられた。
Q-Tipも宗派は不明だがイスラム教徒(おそらくNOIから分派したAmerican Society of Muslimsではないかと思う)である。


以上、Ice Cubeについての話はここまでとなる。
でもこの話は長くなるので、何回かにわけたシリーズになる。
たぶん分量で言うとブログ記事15本分くらいになるだろう(笑)し、一冊の本が書けると思う。

とにかく、1人のラッパーにかける私の想いが大きすぎて、なかなか短くまとめられないのだから仕方がない。

ただ、コンシャスでポリティカルなリリックを発するラッパーは、殆どがNation of Islam系だと言っても過言ではないとだけ言っておこう。

黒人文化、Hip Hopを語る時、決して外せないのがNation of Islamと銀行家陰謀論、そして金を巡る闘争の歴史だ。

今回は90年代初頭のHip HopとNOI、陰謀論の系譜を、Ice Cubeを軸に語ったが、他にも複数の系譜がある。

次回は東海岸、特にPublic EnemyとNasを軸に話を進めたい。

 

 

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