見上げた空に、独り言。 -28ページ目

見上げた空に、独り言。

普段は誰にも話さないような『自分の想い』を自由気ままに書いちゃってます!!

自分の笑い声で目が覚めます・・・。


夢の中で爆笑して…その声で目を覚ますのですガーン


しかし、どんな夢を見ていたのかは全く思い出せません。


今朝もそれで目覚めました汗


どうしたんだ…俺。。



明日もそんな目覚めは嫌だな…シラー



そんな事を思いながら…



寝ますドンッ
『今日は何の日?』のコーナー♪♪


今日は、3(サン)月9(キュー)日の語呂合わせから、『ありがとうの日』ですキラキラ


…って話を利用者さんにしたところ、


「へぇ~そうなんだぁ」と意外とウケが良かったですニコニコ


私「ありがとうを伝えたい人は誰ですか?」と、利用者さんにお尋ねしたら、

『娘!!』

『息子!!』

『孫!!』

『お嫁さん!!』

『家族みんなに!!』

『旦那!!』

など、ありがとうを伝えたい人の名前が次々に挙がりましたニコニコ


中には、私に『いつもありがとうね』とおっしゃって頂いた方もいて、ちょっとウルウルしてしまいました。。。

その方は認知症で、お会いする度に(ほぼ毎日)、私の名前をお伝えしますが、数分後には忘れてしまわれます。
今朝も、その利用者さんに『あれ、前にお会いしたことがありましたか?』と言われましたガーン
昨日もお話しましたがニコニコ


その方から『いつもありがとうね』と言われたので、とても嬉しかったです。

明日お会いしたら『お会いしたことがありました?』と言われてしまうかもしれません。

それでも良いと思います。
私の名前や今日の出来事の詳細など覚えていなかったとしても、その方の心のどこかに僅かでも『私』の存在があれば良いと思います。

よく、認知症は『忘れる』とか『覚えられない』ものだと言う人がいますが、それは、大きな誤解だと思います。

確かに全く認知症が無い人と比べたら、忘れやすかったり、覚えにくいことがあるかもしれませんが、全く『心に記憶されない』とは言い切れないと私は思います。
以前、ある職員が『あの利用者さんは、認知症だからそんなことをしても無駄だよ』と言ったことがありました。

その職員が言った『あの利用者さん』と話していくと、その利用者さんは『あの利用者さん』と話した職員のことが『苦手』だという事が分かりました。


心の記憶は日々積み重なっていくものだと思います。

だから、今日の『ありがとうね』はとても嬉しかったですクローバー

今日、天窓を見上げながら合掌をされていた利用者さんがいました。



普段、天窓を見上げる利用者さんは滅多にいません。ましてや合掌をされている方もいませんので、どうして天窓を見上げているのか無性に気になった私はその理由が聴きたくて…



「何を眺めてるんですか?」と尋ねました。



利用者さん「空を眺めているの」と応えました。



利用者さんの場所から、私も同じ視点で天窓を見上げました。

そこからは真っ青な空に、途切れ途切れ白い雲が流れている景色が見えました。


私「雲が流れてますね」



利用者さん「あら、そう言えばそうね」



私「何を眺めていたのですか?」



利用者さん「先生よ」



私「先生?」



利用者さん「そう。先生があそこ(空)にいるの」



私「そうなんですか…。お亡くなりになられたのですか…」



利用者さん「えっ!?先生が亡くなったの?いつ亡くなったの!?」



私「いえ…あそこ(空)にいるとおっしゃったので、てっきり亡くなられた方を思っているのかと…」



利用者「先生はまだ健在のはずよ…びっくりしたわぁ~」と、安堵の表情を浮かべられました。



利用者さん「先生に、今日も素敵な日でしたのでありがとう。と、空に向かって思ってたのよ」



空を見上げながら合掌をすることが、故人を思うとは限りませんね…



私の勝手な思い込みと先入観です。。



愛しい人を想いながら空を見上げることも、尊敬する人を想いながら空を見上げることも一緒です。



合掌=故人ではなく、合掌=感謝とも捉えられるのです。



コミュニケーションをとる上で、なるべく自分の先入観を持ち込まないようにしようとは思っているのですが…


やってしまいますガーン



その人の、ありのままの行動から、今のありのままの気持ちを知ることが大切なのに、

自分の余計な先入観が、その人が考えている今の本当の気持ちが何なのかを阻害してしまいます。



相手の投げたボールをキャッチするためには、自分のグローブの中にボールが入っていたら上手くキャッチすることは出来ません。


まだまだキャッチボールがへたくそな私ですしょぼん