
戦国末期、常陸国を治めていた佐竹義重・(子)義宣。関ケ原の合戦では父子の対立もあり、豊臣方にも徳川方にも付かなかった為、戦後に秋田へ転封されてしまいました。
そんな佐竹家に関する、知る人ぞ知るエピソード『南方三十三館』。
1591年、常陸国北部は佐竹氏が統治していましたが、南部は国人領主が無数に領土を統治していました。
勢力的には圧倒的に佐竹氏が優位なのですが、土地勘を持つ国人領主を攻め入るのは、例え大勢力の佐竹氏であっても容易ではありません。
そこで佐竹氏は、南方三十三の領主たちに、領土安堵を約束する話し合いをすると言い、領主たちを自分の城に招き入れました。
そこで領主たちを待ち受けていたのは・・・
佐竹氏の謀略でした!!
佐竹氏の各城に招かれた南方三十三館の領主たちは、次々と忙殺されてしまったのです。
天下に名高い佐竹氏が、まさかそんな姑息な事をするとは疑いもしなかった南部の国人領主たち…
領主のみならず、跡取りとなる嫡子たちもろとも佐竹の手にかかってしまいました。
領主を失った南方三十三館は、もぬけの殻…。
もはや抵抗する気力さえありません。。。
こうして佐竹氏は常陸国を完全に統治したのです。
今でも、茨城県南部のお年寄りの中には、佐竹氏を憎まれている方もいらっしゃるそうです

名君と呼ばれる史上の人物には、光と影を併せ持っています。
影を『卑劣』と呼ぶのか…。
それとも『優れた謀略』と呼ぶのか…。
歴史とは色んな事を考えさせてくれます。
『武将』や『侍』…
知勇剛健として華々しく描かれている現代の歴人の裏には、人間臭い史実もあります。
正々堂々、真っ直ぐに生き抜きたい。
きっと誰しもそうありたいはずです。
でも・・・
そう上手くはいかない・・・。
時には手を汚し、自分の信条を曲げなければならない時もある。
どんなに恨まれようが…蔑まされようが。
勝ち残るためには。
だからこそ偉人なんでしょうね。。。
今日、自動販売機でおつりが多く戻ってきました。
戻ってきたというより、誰かが、おつりを取り忘れたので多かったんだと思います…。
「ラッキー…」と、思ってしまった自分。。。
俺ってスケールちっちゃいな…。
偉人には程遠いです(笑)
でも…何百年先も恨まれるより、たった一日、一瞬でも「ありがとう」と思ってもらえるような生き方をしたいと思います☆彡
偉人じゃなくても、勝ち残らなくても良いんじゃないかって思う今日このごろであります。
『今日は何の日?』のコーナー。
今日は『霜降』です。
二十四節季の一つで、露が冷気によって霜が降る時候とされています。