子供がまともに学校に通わない状況が続いている。

特に日本の公立小学校の場合、「学校に行かない=授業が進まない」というICTの遅れが浮き彫りになってきている。

海外で育児をしている友人の話を聞くと、公立小学校でもオンライン授業をしてもらえたり、アプリを使い、先生からの課題掲示や解答・添削のやり取りが行われているようだ。

 

日本でも様々な取り組みが、地域や学校単位で動き始めているようである。

私の娘の学校に関して言うと、決められた日時の中で、課題のプリントを保護者が取りに行く、という指示があった。

これを機会に早くICTが進めばいいな、と期待していたが、今まで通りのプリントの手渡しという発想しか持たない地域の学校教育にかなり危機感を感じた。

 

今後のオンライン化について教育委員会に問い合わせてみても、遅れは分かっている、お金がない、必要な費用については担当者でなければ答えられない、とのこと。

怒りを越えて、「公立の学校教育について、期待をしてはいけない」という気持ちになる。

 

今や、休校期間中に様々な無償提供の教材やサービスをネット上で見つけることができる。

もし、親側に子供の勉強を見る時間があり、その気があれば、勉強の遅れは親が見てあげることができる。

そう思った時に、では、学校は何のために存在するのか?と改めて考えてみた。

 

オンライン家庭学習で得られない学校の意義とは、

先生やクラスメイトとの触れ合いの中で、

 

・社会のルールを学ぶ

・他人への思いやり

・複数の中で自分の強みを知る

・他人の強みを認めること

・他人の良い点を吸収(真似)すること

 

などになるか。

 

子供の教育について、今までの中で一番真剣に向き合っている今。

必要に迫られて、教育の現場の発想が変わること、また親として一緒に変わろうと協力してゆくこと。

子供たちみんなの将来がかかっているから、学校任せであった自分自身も変わらないと。