今日の夜の便で帰国します。
朝の7時に着くみたいです。
マレーシアでの数日間で1番印象に残ったのは人の優しさでした。
ビンラディンさんが殺害されたようですがイスラムの人は決して過激な人達ではなく穏やかで優しい人ばかりです。
お互いが理解し合い平和な日が早く来るようにと強く願ってます。
日本では先日の地震で沢山の方々亡くなり生きたくとも命を絶たれてしまいました。
殺しあいほど悲しいことはないし、与えられた命をしっかりと全う出来るような世界にしていけるよう私達大人がしっかりと発言していくことが大事だなと思います。
昨晩、ホテルのバーで食事をし、お酒を戴いてたんですが、途中生演奏が始まりました。
日本人は私達だけ。
何曲か演奏があったあと、歌い手の女性が「日本の為に歌いたいと思います」とMCを入れた後、「ほ~ら足元を見てごらん これがあなたの歩む道 ほら前を見てごらんあれがあなたの未来~」と歌い始めたのです。
もう涙が止まりませんでした。
なんなのか解りませんが感動というよりも世界で日本のことを想ってくれている人が沢山いるんですね。
きっと彼女は私達を励ます為に知っている日本の曲の中で歌詞に意味があるものを選び歌ってくれたんだと思います。
私達の会社も日本の為にだけでなく、世界の困った人達や平和に役立つような製品を作っていかないといけませんね。
それが今回の地震で受けた世界からの協力に対する恩返しであり、日本人でないと作れない物、出来ないことをやっていきたいと思います。
マレーシアは本当に良い国でした。
旅行に仕事に、是非行ってみて下さい!
行けば解りますから!!

コンドミニアムからタクシーで30分ぐらいだとお聞きし、タクシーを拾って住所を見せていざ初仕事と意気込んでいきました。
そしたらいきなりマレーシアでの洗礼!
私が行きたかったのはSS15というブロックだったんですが降ろされたのはS15。
そうとは知らず探せどコンサル会社はありません。
守衛さんみたいな人やお店などで聞いてみてもそんな会社は知らないって。
おいおい、いきなり騙されたんか?と思いながらさ迷ってると中国系のマレー人の人が「住所を見せてみて?ここはS15ですよ、SS15はここから8キロほど行ったところです」って。
タクシーの運転手が単に間違ってたみたいでした。
その中国系マレー人にお礼を言ってタクシーを拾うとまたその人が寄ってきて今度は運転手にちゃんとSS15を知ってるかどうかまで確認してくれた。
なんと優しいんでしょう。中国では絶対にありえないことです。
感動しながらタクシーに乗り込み運転手と日本人か?津波とか地震は大丈夫か?とか聞いてきて私は大阪やから問題ないと言うと大阪は大丈夫やなと知ってました。
これも凄いことで、大阪の位置までちゃんと知ってます。
マレーシアは親日国と聞いてましたがその通りやなと感心してました。
そうこうしてるうちにタクシーはSS15へ到着。
約束の時間に30分以上遅れてしまいました。
打ち合わせをいろいろし、知らぬ間に13時を過ぎてて先生と一緒に昼食へ。
初めてのマレーシアでの食事です。
中華系の麺屋さんに入ってお勧めをいただきました。
これが美味い、美味い!
お代わりをしたいぐらい美味かったです。
食べたのは汁なしの油ソバみたいなやつで中国でもよく食べてました。
中国よりも美味しいんちゃうか?と満足し、これだけでここで仕事は出来ると確信し先生の事務所へ戻って打ち合わせを再開したのです。
続く
日本はゴールデンウイークの真っ最中ですね。
私達もやっと昨日は休みを取って一日ゆっくりしました。
ブログの更新をしようと思ってたんですがなかなか時間が取れずすみませんでした。

この写真はKLに着いて翌朝、コンドミニアムの窓から見えた風景です。
想像とはかなりの違いでした。
この到着した日、やはり興奮してたのか眠れず、明け方にウトウトしはじめたんですがモスクでのお祈りの音楽というか、放送が耳に入ってきました。
それでまた目が覚めてというか、初体験ですからある意味異様な感じで外を見た訳です。
それで見た風景がこの写真ってことです。

これは違う窓から見た景色
この景色、見たことのあるっていうか、とても馴染みのある景色でした。
そう、上海(中国)とめちゃくちゃ似てるじゃないですか。
目隠しされて連れてこられ目隠しを外されたら完全に上海と思ってしまうと思います。
どんよりした天気、町並み、まさしく中国でした。
この後、数日間マレーシア国内を移動しながら見てまわるんですが実は初日のこのイメージは大きくは変わりませんでした。
結果から言うとめっちゃ綺麗で清潔な中国。
毎日思うことですがレストランやトイレなど雲泥の差があります。
それもローカルの見た目に古いとこほど差を感じます。
マレーシアは中国系の人も多いためにこのような国の形態になってきたのだと思いますが人はとても優しく、穏やかで私達知っている中国の中国人とは全く違うものでした。
そしてこの写真を撮った後、持参してきたお米を炊いてお握りとインスタントみそ汁で朝食を食べ初日の仕事となりました。
今日から久しぶりに長期出張。
マレーシアに来てます。
朝の11時に飛行機に乗って夕方の5時に到着。
時差が1時間あるんで7時間のフライトでした。
当たり前ですけど着いたらいきなり真夏です。
湿度が高いんで汗かきの私はもうすっかりベチャベチャになりました。
戻りは4日の予定。
もちろん仕事ですよ。
こっちは休みじゃないですから。
明日には社員が何人かこっちへ入ってきます。
しかし困ったことにネットが上手く繋がりません。
宿泊はホテルじゃなくてコンドミニアムなんで自力でやるしかありません。
今晩は晩御飯を外で取らずコンビニとケンタッキーでテイクアウト頑張りましたが諦めました。
また明日、朝から打ち合わせなんですがそれまでの間、もう一回トライしてみます。
上手くいけば写真とかをアップしたいと思います。
ほんじゃ今日は寝るとします。
おやすみなさい~
今年はどうしようかと悩んでいた毎年恒例の花見大会!
いつもは171工場の敷地内にて得意先や仕入れ先の方々も来ていただいて
どんちゃん騒ぎをしておりました。
先日、東京から来られたフランス系の会社の方と高槻で食事をしてたんですが
「東京は沈んじゃって面白くない、変にあれだけ自粛してしまうとお店がつぶれるよ!」
「何のための自粛なのか、ハッキリ言ってわかりません!」と。
自粛してて東北の人が喜ぶわけもなし、ちょっと考えたら判ることですよね。
そんなことで私たちは焼き鳥屋で「頑張れ東北」と銘打って東北の日本酒をしこたま
飲みまくりました。
そんなことで、今年も当社の花見大会はやります!
実は自粛ブームどうこうよりも仕事の忙しさでやれるかどうかを考えていました。
震災後、私達が作るカーボン製品は復興のために必要な大事な物資を作るには欠かせない
部品となります。
それを遅らせる訳も出来ませんし、仕事優先でと思ってたのですが23日(土)の午後からは
全工場のほぼ全員が段取りを付いて集まれそうとのことで決定!
ということで今年も171工場でやります。
題して「頑張れ日本、東北を食べつくそう!」というテーマで割高になることは覚悟の上で
今回被災した地方の食材、酒を集めてちょっとでも復興に貢献できるような花見にしたいと思います。
うちの171工場社員のブログに桜が咲いたとの 記事が先日載ってました。
実はうちの桜、ちょっと咲くのが遅めのようで23日でも持ちそうな感じです。
それと明日からブログ仲間の「とっくりマスター」 が宮城県石巻へ応援に行かれます。
自費でトラックを手配し、自らハンドルを握って物資を運び、向こうで寿司を握るとのこと。
お店も休まなくてはいけないでしょうし、大変であること間違いなしです。
本当は私達も一緒に行って何かお手伝いをすることが当然であるとは思いますが
今回は仕事優先で許してもらい、とっくりマスターに甘えさせてもらいます。
このブログを読んでいただいている皆様、どうぞ一緒にとっくりマスターの無事と成功ををお祈り下さい。
石巻に桜の木がどれだけあって、どれだけ残ってるのかも私は判りませんが
ちょっとでも桜の花が咲き、人々の心が穏やかな気持ちになれて美味いもんを食べれたら
また明日から頑張る気力が出てくるんではないでしょうか。
未来は今日から作るもんです。
さぁまた新しいスタートです。
今日も頑張りましょう!
おはようございます。
先日の29日、福島県の被災家族3名は関西空港から予定通りアメリカへ。
今朝ほど、無事オハイオ州の実家へ着いたとメールがありました。
移動疲れもあるのだと思いますが精神的にやっと心底ホッとできて疲れが出たみたいです。
元気が出たらまた連絡します!とありました。
取り敢えずは良かったです。
でもこれからのことは全く未定。
この緊急時だったので彼女の旦那はESTAで入国してます。
通常は配偶者ビザを大使館で申請しておけば1ヶ月ぐらいで下りて滞在日数を気にせず
アメリカにいれるのですがESTAであれば90日のはず。
向こうで変更可能なのかどうか・・・
まぁ私がそんなことを心配してもどうにもなりませんね。
彼女達が大阪滞在中、いろんな方々に協力いただきました。
本当にありがとうございます。
お陰様できっと楽しく、温かい思い出を心一杯にして出かけられたと思います。
きっと温まった心は大きなパワーを発揮し、これからのいろんな困難を乗り越える
大きな力となることでしょう。
まだまだ震災からの復興は始まったばかりです。
また今日から新しいスタート。
頑張りましょう!
福島県からの家族は日を追うごとに元気になってきてます。
先週末の3連休は社員が毎日、日替わりで集まってくれて大阪名物たこ焼きパーティーをしたりと
ワイワイやりながら日常を取り戻しつつあります。
以前の記事に書きましたがこの家族の奥さんが当社の前社員でアメリカ人なんです。
当初はアメリカでは情報が正しく伝わってなかったりしてて向こうの家族に
「大阪にいるから安全、心配しないで大丈夫」といっても
日本全体が危ない! と伝わってるようで逆に向こうが大慌てしてるような状況でした。
そんなことでこの家族、しばらくアメリカに里帰りもしてなかったこともあり
来週の便でアメリカへ行くことになりました。
1年オープンでチケットを取って、帰りの日程は決めずとりあえず落ち着くまでといった感じで。
このことを決めるにあたっても非常に辛い決断がいろいろあり私も一緒に涙しました。
彼女の旦那さんは日本人で福島県の人です。
彼の家族はもちろん福島に沢山いますし、お母さんもお元気でもうすぐ80歳。
兄弟や従妹もいるし「自分だけこの大変な時期に福島県を離れのんびりしてていいのか?」と
大きな葛藤がありました。
福島を出る時にも奥さんに自分は残りたい、残って福島の復興の手伝いをしたいと伝えたそうです。
しかし奥さんは「それならば私も残る、死ぬときは一緒よ」と譲りません。
この旦那さんとしては原発が最悪な状態の時であり、何が起こるか解らない状況で
せめて愛する妻だけでも助かって欲しいし助けたいと考えるのは当然のことで彼女だけでも
大阪へ行ってくれと頼んだそうです。
押し問答が続く中、結局旦那さんは自分の家族や親類、友達たちからの非難を一人全身に浴び
自分の決めたことと福島を後にしました。
男です。
いろんな考えがあることは私にも分かります。
でもそんな状況で選択したことを誰が良い悪いの判断が出来るでしょう?
価値観も人ぞれぞれ、人生も人それぞれです。
昨日やっと断水だけは回復したそうですが原発のことで飲んだらダメとのこと。
彼の家族たちは苦しい状況で毎日を過ごしているのですが思いやり祈ることしかできないのです。
これって辛いですよ。
実は今回、彼の姪っ子で17歳の女の子が一緒にいます。
彼女も同じく家族を福島へ置いてきてる訳です。
17歳って大人のようでやはり子供。
でもね、この数日間でもそうとう成長してます。
辛いやしんどいの言葉を聞いたことがありません。
そして今回、彼女もアメリカへ同行することになりました。
いいチャンスだと思います。
私は学校へ行くよりもよっぽど意味があると思います。
世界を見て、世界から日本を見て、福島を見たらいいと思います。
彼女たちはこれから日本が復興してく為の宝ですから。
いろんな人がいます。
いろんな人がそれぞれの形で復興への貢献をしていけば良いと思います。
頑張りましょう。
また今日が新しいスタートです。
ご心配いただきました方々に心より感謝申し上げます。
よろしければ是非励ましのメッセージなどをコメントいただければと思います。
今日は疲れ果てとにかくゆっくり眠ってもらえるようにホテルを取りました。
明日からうちの家で一緒に過ごします。
頑張ろう、日本!
おはようございます。
今日からうちの家に福島県から逃れてきた家族が宿泊します。
ベッドもあり、お風呂もある環境がどれだけ人を安心させることが出来るか。
神戸の地震の時もそうです。
少し落ち着いてくるとやはりお風呂に入りたいといった欲求は人として当然のことで
ドラム缶に水を沸かし入っておられるのを思い出しました。
関西の自治体は被災された方の受け入れを表明し大阪府も2000戸の
府営、市営住宅を提供するとの発表がありました。
それでも38万6千人という非難者数をカバーするには到底及びません。
国はここでホームステイ制度というか、受け入れてもいいという民間人を募集するべきです。
関西はもちろん、中国、四国、九州といった現在のところ安全な西日本全体であれば
十分に補えるのではないでしょうか。
今は助け合いです。
今やらなくて何時やるのでしょう。
あの総理に任せていても進まないだろうし、ここは橋本知事あたりが音頭をとって
西日本の自治体全体で足並みをそろえ受け入れ態勢を作っていってほしいと思います。
頑張りましょう!
