素晴しい中古車販売店員生活の始まり 後編
【先週の続きです】
(あれは…あれは…そうだ!W…W…113だ!)
「あ、あれは、W113のSLですよね?ハードトップの形状は確か…パゴダルーフって呼ばれてるんでしたっけ?」
私の脳内にある数少ない引き出しが開きはじめると、2階の展示車両を次々と指差して質問を続けました。
「じゃあ、あれは?」
「190のEVOⅡです。ここに有るというのがすごいですね。世界に500台しか無いのに。」
「あれは解るか?」
「73カレラ。子供の頃、プラモデルを何個も作りました。憧れた車です。」
ここまで答えるとオッサンの表情が少しだけ柔らかくなった様に感じました。
(これは入社試験なのか!?そうなのか?何か楽しいぞ!もっと聞いてくれ~。もっと質問して。)
楽しくなってきた私も表情が冴えてきていたと思います。
「あそこの黒いオープンは?」
「コルベットですね。しかもアイアンバンパー。希少ですね。」
「次は…あれ。」
「E30のM3。ここから見る限りでは、非常にキレイな車ですね。手入れが行き届いてますよね。」
「そうや。あのM3は結構手が入ってる。見た目は普通のM3やけど、エンジンは2.3から2.5になってる。ボアアップしてあるんや。」
「ほぉ…。2.5になっているんですか。ほとんどスポエボですね。」
店内を見回す余裕ができた私は、目に付いた大量に飾ってあるトロフィーの質問をしてみました。
「あれは、何のトロフィーですか?」
「ん?あれはなぁ。競技をやってた時のやつ。ラリーとか…色々やな。昔のやけど。」
その質問には、初めて笑顔で答えてくれました。
「コーヒー飲むか?」
「はい!いただきます。」
コーヒーを飲みながらオッサンは、話しやすい空気を作りつつ、聞いてきました。
「この仕事、やってみたいと思うのか?」
「はい。思います。」
「そうか。結婚しとるんやろ?納車とかで遠方に行く事もあるし、泊まりになる時もある。ま、出張みたいなモンやな。そんなんは大丈夫か?」
「はい。全然大丈夫です。」
「うん。そうか。」
コーヒーを飲み干して頷くと、それから後は、仕事や面接についての話は一切せず、ヨーロッパ各地に買い付けに行った話やドイツのアウトバーンを280kmでクルージングした話、本物の190EVOⅡDTMカーを運転した時の話等…非常に興味深い様々な事を、約1時間程話してくれました。
そして最後に、和やかなムードから一転して真剣な表情で私に言いました。
「がんばってみるか?いつから来れるんや?」
「は、はい!来月から宜しくお願いします!」
オッサンの、車に関しての膨大な知識や経験、運転技術等にすでに圧倒されていた私は、間髪を入れずに即答していました。
面接が終わって、期待と不安に胸を膨らませながら家路についたのですが、その日の私は、面接とは別の重大なイベントを残していました。
なんと、嫁さん(しかも妊娠している)に相談していなかったのです。
家に帰って夕食の後、タイミングを見計らって嫁さんに報告しました。
いつも、直感的な行動で迷惑をかけてきたので、今回も少し驚く程度のリアクションかと思っていましたが、今まで営業畑で仕事をしてきたとはいえ、やはり未経験の業界に飛び込む事を非常に心配して反対されました。
「車が好きなのは解るけど…大丈夫?そんなに頻繁に売れると思う?特にそんな変わった車ばっかりだから余計に…なんか心配。」
「絶対に、がんばって売りまくって今まで以上の給料を持って帰るから!お客さんは、この近辺だけじゃなくて、日本全国だし。今はインターネットも有るから、やり方しだいではもっともっと販路を拡大できるよ!絶対、大丈夫!」
嫁さんに、ひたすら熱いトークで営業かけてました。
必死こいてクロージングしました。
今回ばかりは、嫁さんも妊娠していた事もあってさすがに渋っていましたが、最終的には呆れながらも許してくれました。
…そんな調子で、とても楽しく、少し浮世離れしていて、そして自分の中途半端な浅い知識と経験を痛感させられる毎日の、素晴しい中古車販売店員生活が始まったのでした。
素晴しい中古車販売店員生活の始まり 前編
私は現在クルマとバイク専門のインターネットオークション CAR AUC
のカテゴリーマネージャーをしております。以前に勤めておりました超マニアックな中古車販売店での様々なエピソードを綴っていきたいと思います。
当時私は、不動産関係の仕事していました。
たまたま転職を検討していた折、通勤途中に車の中からいつも眺めていた中古車販売店が営業社員を募集していました。
そのお店は、ロータスヨーロッパ、73年ポルシェ911カレラ、ランボルギーニ・カウンタック等の少年時代に憧れ、カメラを持って追いかけていた車や、メルセデスベンツ190E2.5-16EVOⅡ、ランチア・037ラリー等の、走っているのを一度も見た事も無い様な希少車を展示していて、前を通る度にワクワクさせられるのと同時に低血圧の私の意識をハッキリさせてくれていました。
車好きという事もあって、早速その募集を見て電話を入れると、面接は翌日にしてもらえるという事でした。
そして翌日、指定された時間のほぼ丁度位にドキドキしながら2階の事務所に上がると、物静かな感じで、少し緒方拳に似たオッサンが、時計を見てから私の方を見ました。
「初めまして。昨日連絡させていただきました、Sと申します。」
「あぁ…どうも。こっち座って。」
時間ギリギリに訪問した事を後悔しながら挨拶をすると、そのオッサンは、この面接にあまり乗り気では無さそうな雰囲気で接客用カウンターを指差しました。
(この面接、ダメかな…)などと考えながら、椅子に座り履歴書と経歴書を渡すと、メガネをかけて一通り目を通し、硬い表情で私に質問をしました。
「ふ~ん…コンピューターとか、インターネットとかは詳しそうやな?」
「はい。今までやってきた業務で必要だったので、そこそこは…」
「なんで、今の会社辞めてウチに勤めようと思ったんや?」
「はい。車…特に輸入車等が好きだからです。それを仕事にしたいと思いました。」
「そうか。でも、好きなだけではこの仕事は出来へんで。そんな簡単なモンやない。」
「…はぁ。はい。」
そういったやり取りをして、オッサンは書類をカウンターに置き、メガネを外しました。
早くも“終わった”と思った私は言葉も出ず、おそらく数十秒位の沈黙が続いていたと思います。
「あの…売買に関して、結構トラブルが多い業界ですか?」
自動車業界は未経験だった私が、ようやく捻り出した&絞り出した決死の言葉でした。
しかし、その質問は気持ち良い位バッサリ遮られ、逆に質問を投げられたのでした。
「輸入車が好きって言ってたな。下に置いてある白いオープンカー…あれ何か解るか?」
「えっ!?」(あれ?スルー?スルーされた俺の質問…どこへ行ったんだろう。今頃、ものすごいスピードで大気圏を突破しているのだろうか?…さようなら。俺の質問。)
もう頭の中は真っ白。導火線の火がギリギリになっている爆弾を渡された様な気分で、ワイシャツの首元が汗で湿るのを感じました。
(落ち着いて思い出そう。2階に上がる時に階段越しに見てたよな。そう、確かベンツだった…。えっと…W107?いや違う。もっと古い…確か縦目だった。何だったっけ?う~ん…あれは…あれは…)