前回からの続きである。

 

昨年9月末、妻が調薬入院した翌土曜日、

僕は買い揃えた入院必需品を届けに、

前日約束した14時に遅れないよう、

駅から徒歩15分の道のりを急いだ。

 

受付で訪問の理由を告げると、

「別棟の病棟へどうぞ」といわれた。

いったん外に出て、

別棟入口のインターフォンを押し、

僕は用向きを伝えた。

野外で待つことおよそ1~2分、

建物の中から女性の叫び声が聞こえた。

 

 「keroぴょん、keroぴょ~ん!」

 

妻の声? 耳を凝らすとまたもや、

 

 「keroぴょ~ん」

 

間違えなく、妻の声だ!

そう確信したとき、

中堅と思しき看護師が扉を開け現われた。

 

 keroぴょん「あの声、妻ですか?」

 看 護 師   「さあ……」

 

二の句を告げぬ無機質な返答に愕然とした。

インターフォンを押した扉の後ろに

台座が見えたので、身の回り品を詰めた

鞄の中身を説明しようと歩み寄ると、

扉の前で看護師に阻止された。

 

 

 看護師「鞄を預かります。お待ちを……」

 

看護師は鉄の扉の中に消えた。

感染対策なら仕方がないか……。

今日が雨でなくて良かった。

 

 「keroぴょん、keroぴょ~ん!」

 

再び、妻の叫び声が聞こえた。

居た堪れない気持ちになったのもつかの間、

鞄を預けた中堅看護師が、

扉の向こうから現れた。

 

 看護師 「これ、持ち込みできません。

      こちらもお返しします。では」

 

冷ややかな口調が、

校則に厳しい学校の

持ち物検査みたいに感じられた。

 

突き返された鞄の中には、

歯磨き粉チューブを

覆う赤い紙サックも含まれていた。

紙サックのついた状態で販売されており、

赤い色により、

妻は歯磨き粉であることを認識していた。

だから外さずに用意をしたのだが……。

取りつく島すらなかった。

 

僕が気になったのは、

中堅看護師の目には、

不思議と生気が感じられなかったこと。

認知症病棟を担当していた

知人の元看護師からの助言で作成した

医師と看護師向けの資料にも無反応だった。

 

妻と思しき声が頭から離れなかった……。

 

翌週、妻の抵抗が激しかったため、

手首まで拘束されたことを知った。

激しく動いため擦過痕までできてしまった。

僕の抗議もあり、

1時間だけ拘束を解く時間が設けられたが、

23時間は拘束状態だった……。

 

 

緊急事態が解除された10月1日、

新規入院の受け入れを停止していた

県下の認知症専門病院が、

患者の受け入れを再開したことを知った。

僕はすみやかに転院を決意し、

そのための調整に動いた。

 

この病院を退院し、転院をする日、

若い男性看護師は、

扉の内側の台座のところまで僕を招き入れ、

入院中使用したものを

確認しながら手渡してくれた。

やはり、受け渡し品確認用の台座だった。

 

介護タクシーに乗り込む妻の足取りは、

拘束時間が長かった割には、

しっかりしていた。

そして、その転院先こそ、

いま妻が入院している病院である……。

 

(次回に続く)