岡山の猛攻を受けるCANTONも快進撃を続け、国民のどん欲な消費欲に
支えられて、わずか3年後には年産10万本を超えるまで成長します。
この頃、CANTONは商標の問題から「BIG STONE」(大石!)に改名します。
70年頃には宮城県に移同社初の自社工場を設立し、渡辺夫妻を工場長に迎え、
社員250名を抱える大工場となります。
その後も秋田など、東北地区を中心に自社工場を拡大してゆきます。
しかし絶好調に思えた75年、オイルショックが発生して景気が急速に後退し、
BIG STONEの業績が悪化します。
在庫に圧迫されたBIG STONEは、安売り乱売をくり返し、ついには「安物」の
レッテルを貼られた末、大石貿易はやがて倒産してしまいます。
正にCANTONは国産ジーンズ黎明期を疾風のように駆け抜けたブランドでした。
では残された自社工場はというと、大石貿易撤退後、wranglerの主力工場となり、
80年代半ばにはEDWINの協力工場となります。
そのEDWINも90年代に撤退してしましたが、現在も独立した縫製工場として
石巻で細々と操業を続けています。
同工場は、国産ジーンズの歴史そのものと言えるでしょう。
どうしてこんなに詳しいのかって?
そう。
長い前フリでしたが、サキュウはここで縫っているのです。
社員さんも工員さんも当時から在職の方ばかりで、先の渡辺千代子夫人に
至っては今でもこの工場の向かいに住んでおられます。
私がCANTON説を信じる理由は他でもない、ここの社長から直接聞いた
リアルな話だからです。
サキュウはウォッシュ加工も宮城県の工場で行っていますから、岡山産
ではなく実は宮城産なのです。(ちなみに生地は広島産)
私とこの工場さんとのお付き合いはおよそ20年。
私がおじさんになったのと同じく、社員さんもおばあちゃんばかりになって
しまいました。
今は当時の面影もなく、古い設備のまま、社員さん数名で細々と操業され、
サキュウの僅かな数量を縫うのが精一杯との事で、ほぼ100%私たちの製品で
埋まっています。
サキュウのステッチ一針一針には、国産ジーンズの歴史が込められていると
言っても過言ではありません。
僕たちメーカーにとって工場さんは何にも代え難い宝。

いつまでもお元気に縫い続けて頂きたいと、切に願っています。
(最後に)
国産ジーンズの起源については、EIGHT-G説(宮城県)、BIG JHON説(児島)
など諸説様々で、CANTON説もその一つにすぎません。
どれも信憑性がある代わりに、どれも決定的な証拠はありません。
これらは国産ジーンズのミステリアスな魅力として捉えて頂ければ幸いです。
*サキュウはこれまで産地まで明確に表現してこなかったので、ごく自然に
ジーンズ=岡山産だとお考えの方も多いようでした。
日本製である限り、生産地区の明示は特に重要ではないと考えていました。
実は宮城産であることは、この3/9からの3回でさらっと公開するつもりでした。
しかし、公開直後に発生した大震災によって、持続的な被災地支援のために
「東北産」であることがことさら重要になったのは、何とも因縁を感じる
ところです。