皆様は



結婚闘魂行進曲「マブダチ」



という歌をご存知でしょうか?



氣志団の歌でココ最近では結婚式等での定番の歌になりつつある名曲ですが



今回は「歌詞」でも「曲」でもなく「プロモーションビデオ」に注目したいと思います[m:204]



私は数多くあるプロモーションビデオの中でもこの曲のソレは結構お気に入りで、内容はストーリー形式で構成されています。



簡単に説明しますと…



ある若い男女の結婚式、全ての招待客に祝福される新郎新婦ですが、新婦の父親の姿がありません。


実は新郎新婦はいわゆる「元ヤン」というもので(映像から察するに)新郎は「暴走族」のような事をやっていました。



手塩に掛けて育てた娘がそのような男と結婚する事が我慢出来ない新婦の父親は



断固反対し、式にも出席せず家に籠もっていたのですが、最終的には「娘の幸せ」を願い式に出向く




…といった内容です。




今時ドラマや漫画にも使われないようなベタな内容ですが、私には少々感慨深いものがあります。



それは私の叔父と叔母(親父の妹)がほぼ同じ様な内容で結婚をしているからです[m:204]



もう20年程前の話になりますが…



私の叔父は「元暴走族の総長」だったらしく、どのような経緯で叔母と知り合ったのかは知りませんが、二人は順調に交際し結婚を誓ったそうです。



ソレを機に、叔父は暴走族も足を洗い、仕事も見つけ真面目に働くようになり



叔母を養える自信をつけ



そして結婚の報告も兼ね



叔父が私の親父の実家に挨拶のために出向きました。



しかし叔父は門前払いされてしまいます。



私の親父もジイサンも叔父の事をまるでその場に誰もいないかのように無視を決め込みます。



何ヶ月このやり取りが続いたのか覚えていませんが、当時小学生になったばかりの私は子供ながらに



「よく頑張ってるなぁ…」



と思っていたものです得意げ



しばらくしてジイサンはついに叔父を家へ上げ、結婚を許しました。



後から聞いた話ですがジイサンは叔父にこう言ったそうです…



「俺はハッキリ言ってお前が嫌いだけど、それ以上に娘を信じている。


俺はお前に期待なんかしちゃいないから娘には辛かったらいつでも帰ってこればいいと思ってる。


でも、それ以上に娘はお前を信じている。


俺に対してはどうでもいいが、娘の期待は裏切るなよ。


お前が暴走族をしていて人様に迷惑をかけていた過去は絶対に消えん。


これから先、お前が何か問題を起こせば『暴走族あがりは所詮そんなものか…』と俺は思うし、この結婚に反対している全ての人も同じ事を思うだろう。


やってしまったものは仕方ないが、お前が過去にやってきた行いはこれからも至る所で影響があるだろう。


後はお前次第だ。『自分は変われた』って言うなら、娘を幸せにしてソレを証明してみせろ。


その時は『あの時お前には酷い事を言ってしまった。すまなかった』と謝ろう。」



…それから叔父、叔母は無事式を済ませ、後に娘、息子が生まれました。



叔父は今日も家族の為に一生懸命働いています。



叔父は「自分は変われた」という事を証明出来ていると思います。



でもジイサンが叔父に謝ったかは分かりませんし、確かめるだけ「野暮」ってモンです得意げ



「過去」はタダの「過去」であってその後にどうするかが重要なんですねぇ得意げ



そんなワケで氣志団の



結婚闘魂行進曲「マブダチ」



のプロモーションビデオを観るといつもジイサンの言葉を思い出します…



興味がおありの方は一度ご覧になってはいかがでしょうか?















あ、今から富士登山に行ってきますアップ

私の職場にYさんというバイトのオッサンがいます。

彼は遅刻常習犯でして、更にいつも隠れて仕事の手を抜くので、私がソレを叱るのですが、逆ギレしてワケの分からない事を言って自分を正当化しようとしてきます。

例えば

今日彼は仕事を遅刻しました。

私「今月で3回目ですよ。いい加減にして下さいよ!!

Y「しょうがないんだよ!!

私「何がしょうがないんですか?」

Y「昨日中々眠れなかったから酒飲んだら、朝起きれなかったんだよ!!

…いかがでしょうか?

ちなみに彼は人間ドックで「異常なし」の判定が出ているので病気の類ではありません。

少なくとも私は彼が言っている正当性が全く理解出来ません

「彼の正当性」を誰が聞いても理解出来る説明が出来る方がいましたら、ぜひ私までご一報下さいm(_ _)m

さて、こんな私と彼ですから、彼は口うるさい私が嫌いでしょうし、私もこんな責任感の欠片も見当たらない人なんぞ仕事でなければとうの昔に見捨てています。

そんな彼が今日の昼休みに職場の同僚、A、B、C、Dさんと話しているのを見かけました。

どんな流れでそうなったのかは分かりませんが、どうやら「自分の干支」について話しているようです…

A「じゃあ皆は何年(ナニドシ)なの?」

B「ウサギだよ」

C「牛だね」

D「蛇だよ」

Y「猿だよ」

…ソレを聞いた私は少しハッとしました。
























私は1982年(昭和57年)生まれの「戌年(イヌドシ)」ですが

「犬猿の仲」ってのは実際に存在する…

って事です 得意げ


下らない事ですが、私は少しだけ面白かったです

おそまつm(_ _)m

昨日の夜、テレビを点けると「どらえもん」が放送中でした。


久しぶりなので観てみると少し面白い話でした。


毎度毎度「公害」クラスの騒音を撒き散らす


「ジャイアンリサイタル」


コレを阻止できる方法はないものかと、のび太がどらえもんに相談すると(途中から観ているのでこの辺りは想像で書いてます)どらえもんは


辞ニンジン


なる道具を出します。


空き地で(嫌々来ている)観客の中、ジャイアンにこの「辞ニンジン」を食べさせると、ジャイアンは

「俺は今日限りで歌手を辞任する!!


と宣言し、歌うのをやめてしまいました。


名前の時点でお分かりだとは思いますが


「コレを食べると、自分の仕事や、今やっている事を、やめたくなってしまう」


という効果があります。


地獄の「ジャイアンリサイタル」から逃れたのび太はとどらえもんが帰宅すると「隠してあった0点の答案用紙」を見つけて玄関先で仁王立ちしたのび太のママがのび太に


「0点をとった事を怒っているんじゃありません!!ソレを隠していた事を怒っているんです!!


とお説教を始めます。


のび太は咄嗟に「辞ニンジン」をママに食べさせると、ママは怒る事をやめ、家に引っ込んでいきました。


お説教を逃れて安心しているのび太に今度はどらえもんがお説教を始めますが、のび太がママと同じ様に「辞ニンジン」をどらえもんに食べさせると、どらえもんもお説教をやめ、家に引っ込んでいきました。


気をよくしたのび太はこの「辞ニンジン」を使い、スネ夫に


「金持ちを自慢する事」


を辞任させたり、神成(カミナリ)さんに


「イタズラをした子供も叱り付ける事」


を辞任させたりと、「辞ニンジン」で好き放題やり、大満足して帰宅します。


お腹を空かせたのび太が台所に行きましたが、夕食の支度がされていません。


本を読んでいるママにのび太が


「夕飯は?」


と尋ねると、ママは


「私はあなたの『ママ』を辞任したので、もう夕食は作りません。」


と言いました。


大変な事態に気付いたのび太はどらえもんに助けを求めますが、どらえもんの姿はありません。


どらえもんもまた、「のび太の子守ロボット」を辞任して未来に帰ってしまったのです。


「タイムマシーンへの入り口」がなくなってしまった机を引っ掻き回し、隠してあった「0点の答案用紙の束」をママに見せつけ


「ママ、僕こんなに『0点の答案用紙』を隠してたんだよ!!いつもみたいに叱ってよ!!


と言いますが、ママは


「あら~よく隠してたわねぇ。今まではアナタにしっかりした大人になってほしかったから叱ってたけど『ママ』を辞任したからもういいわ」


と言って相手にしません。


ソレに対し泣き叫ぶ事しか出来ないのび太にママは


「うるさいから静かにしてもらえる?のび太君」


と、まるで「他人の子供」を見る様に冷たく突き放します。


この「のび太君」という言葉にショックを受けたのび太は家を出て行く事を決意して風呂敷包み1つで出て行こうとしますが、ママがのび太を掴み


「もう『ママ』を辞任したんだから別にいいはずなのに…アナタに出て行ってほしくないの!!


と「母親の本能」でのび太を止め、二人は抱き合います。


一方、未来に帰ってしまったどらえもんはドラミに助けられ、無事にのび太の家まで戻ってこられたのですが

隠してあった「0点の答案用紙の束」に対して激しく叱るママをにこやかに見つめるのび太

を見て不思議そうにしていました。


…とまぁこういうお話でした。


さて、皆様の周りには「自分を叱ってくれる人」はいますか?


それが「家族」でも「恋人」でも「友人」でもかまいません。


「叱る」という事は言い換えれば「愛情表現」の1つであり、言い換えれば「思いやり」というものです。


そして叱ってくれる事をウザったく思っていませんか?


それは相手の「思いやり」をウザったく思っているのと同じ事です。


自分の周りに「自分を叱ってくれる人」が1人もいなくなってしまったらすごく寂しいと思いませんか?


人が叱ってくれている事を素直に受け止める事は1つの「成長の証」なのではないでしょうか?


私も昔は意固地になってしまい、ウザったく思ってしまっていましたが今はちゃんと相手の話を聞く事を心がけているつもりです。


そして皆様は「人に叱る」事が出来ていますか?


人間関係がもつれるのを嫌って、問題をないがしろにしていませんか?


そうしてしまう事によってもしかしたら「自分の大切な人」が「間違い」を犯してしまうかもしれません。


お互いに後悔しないように、そうなる前に止められるものは止められる内に叱ってあげられればいいものですね。


…長くなりましたが、昨日の「どらえもん」を観てそんな事を思いました。


ところで、「どらえもん」って正確にはどう書けばいいんですかね?

「ドラエモン」?


「ドラエモん」?


「ドラエもん」?


「ドラえもん」?


「ドらえもん」?


この記事を書いている間、ずっと悶々としていましたドンッ