Eagle-eyed Cinema Review-鷲の目映画評- -3ページ目

Eagle-eyed Cinema Review-鷲の目映画評-

イーグルドライバーの観た映像作品について、あれこれ書いて行きます。
主に「洋画」ですが、ジャンルにはあまりこだわらず、インスピレーションで拝見する作品を選んでいます。
海外の「ドラマ」も最近は気になります。

『シャーロット・グレイ』(原題:Charlotte Grey /2001年イギリス、オーストリア/121分)

監督:ジリアン・アームストロング

脚本:ジェレミー・ブロック

原作:セバスチャン・フォークス著『Charlotte Grey』

製作:サラ・カーティス、ダグラス・レエ

製作総指揮:ロバート・バーンスタイン、ハノン・ヒュース

音楽:スティーヴン・ウォーベック

撮影:ディオン・ビープ

編集:ニコラス・ボーマン

出演者:ケイト・ブランシェット、ビリー・クラダップ、マイケル・ガンボン、ルパート・ペンリー=ジョーンズ、ジェームズ・フリート、アビゲイル・クラッテンデンら

100点満点中79点




 第二次世界大戦終盤のフランス南部の田舎町を主な舞台とした恋愛作品ですが、英軍パイロットである恋人の消息を得るため、過酷な道を選んだ女性の驚くべき生き様を描いたヒューマン作品でもあります。

 当時のフランスは、ナチスドイツの占領下でドイツ領の地域と傀儡の自由フランス統治下の地域が併存していて、どちらの地域もナチスドイツによる苛烈なユダヤ人弾圧があり、ユダヤ系住民が常に命の危険と隣り合わせていた状況と共産主義を掲げて独軍と戦っていたこの地域のレジスタンスの危うい立ち位置も描かれています。

 そんな混沌とした地に、恋人の所在を確かめるため一人の英国女性が降り立ち抵抗活動の支援を行います。全編にわたって静かな作品ですが、静かな作品だからこそ、時折あるレジスタンスの破壊活動や戦闘シーンは強烈で、鑑賞者の胸に強く残る気がします。ラストまで観ると、主人公の英国女性の胸中に起こる大きな変化に対して、深くうなずける流れです。

 監督のジリアン・アームストロングは、オーストラリア、メルボルン出身の映画プロデューサーで脚本家でもあります。スウィンボーン大学とオーストラリアン・フィルム・アンド・テレビジョンスクールで映画制作を学び、編集や短編映画製作を経て、1979年の長編映画『わが青春の輝き』でカンヌ国際映画祭パルムドールにノミネートされたこともあります。日本ではあまりしれれてはいませんが・・・



 主演のケイト・ブランシェットは「シャーロット・グレイ」を演じます。 この役はロンドン在住の看護師ですが、ある晩、英国空軍の偵察機パイロットと恋に落ちたことから、情報部の工作員を志願し、フランス南部の共産系レジスタンスを支援する任務に就くことになります。




 共演のビリー・クラダップは「ジュリアン」を演じます。この役はフランス南部で、主にソ連を後ろ盾に活動する共産系レジスタンスのリーダーです。父親とは不仲ですが、幼いユダヤ人兄弟を匿わなければならない場面では、迷わずこの子らを自分の父親に預けます。クラダップ自身は、ニューヨーク出身の俳優で、2009年公開の『パブリック・エネミーズ』ではFBI長官「J・エドガー・フーバー」を演じました。


(あらすじ)

 第二次世界大戦終盤、ロンドンに向かう車中で、ある男がコンパートメントに飛び込んでくる。この男は「リチャード・カナリー」と名乗る出版関係の男だが、その実、陸軍情報部に通じている人物である。彼は、静かに読書をしながらロンドン到着までの時間を過ごそうとしている看護師「シャーロット・グレイ」の静かな時間をぶち壊しにしたが、悪気はない様子。彼は散々しゃべった挙句、「シャーロット」をある出版パーティーに誘うのであった。普段、異性との出会いのない「シャロット」は、同僚の冷やかしを受けつつも、パーティに出席する。そこで、軍服姿がひときわ凛々しい男性「ピーター」と出会う。「シャーロット」と「ピーター」はすぐに恋に落ちるが、二人が将来を誓い合うには、あまりに時間が少なすぎた。それは出会って数日で「ピーター」は戦地に赴かなければならないからだった。

 数日後、「シャロット」の元へ、「ピーター」が搭乗する機がフランス南部で撃墜されたとの一報が入る。フランス語が堪能な彼女は、すでに軍の仕事についていたが、「リチャード」を頼りに情報部に転属し、現地の情報部員として、仏国内のレジスタンス活動の支援任務を志願する。この愛国的動機の裏には消息を絶った恋人「ピーター」の行方を捜したいとの抑えがたい衝動があったのである。女性には厳し過ぎる訓練を“意地”で乗り越え、数週間後、「シャロット」は敵地後方のフランス南部の田舎町へ落下傘降下するのであった。















『ウォールフラワー』(原作:The Perks of Being a Wlliflower /2012年アメリカ/103分/PG-13)

監督・脚本・原作:スティーブン・チョボスキー/原作本『ウォールフラワー』(原題:The Perks of Being a Wlliflower)

製作:ジョン・マルコヴィッチ、ラッセル・スミス、リアン・ハルフォン

製作総指揮:スティーブン・チョボスキー、ジム・パワーズ

音楽:マイケル・ブルック

撮影:アンドリュー・ダン

編集:ヤナ・ゴルスカヤ、メアリー・ジョー・マーキー

出演者:ローガン・ラーマン、エマ・ワトソン、エズラ・ミラー、メイ・ホイットマン、ポール・ラッド、 ニーナ・ドブレフ、ジョニー・シモンズ、ケイト・ウォルシュ、ディラン・マクダーモットら

100満点中93



 1990年代、ピッツバーグ郊外の住宅地にある高校を舞台にした、高校1年生男子を主人公とした青春作品です。

 学内カーストの最下層にいる男子高校生が、素晴らしい仲間や教師と出会うことで、過去にあった不幸な出来事の呪縛から解き放たれ、恋や友情を深めていくという展開ですが、もともとの原作が良いのと素晴らしい出演者を得たことで、見ごたえのある濃厚な青春群像劇にもなっています。



 とにかく、主要キャストの3人がものすごく良い。製作のジョンマルコビッチ(彼は・・・あの俳優ですね・・・)の強い希望で200万部のベストセラーとなった原作を書いたスティーブン・チョボスキー(↑)に脚本と監督を務めさせ、監督本人が“この3人しかいない”と絶賛した主要メンバー3人の演技は脚本のイメージと見事に合致したようで、そのキャラクターは、自然な感じに観る者の心の奥底に飛び込んできます。




 主演のローガン・ラーマンは「チャーリー」を演じます。この役は、新学期から高校1年生となる文学少年で、ガリ勉っぽい雰囲気は出していないものの、地味な性格が災いして、新学年開始からしばらくは全く友人ができません。また、中学時代に親友を無くしたせいで、新しい人間関係には臆病になっている様子です。ラーマン本人は、2010年公開の『パーシー・ジャクソンとオリンポスの神々』や2011年公開の『三銃士/王妃の首飾りとダ・ヴィンチの飛行船』の主演で有名ですね。また、最近作では、2014年公開の『ヒューリー』で不器用な戦車兵を演じました。



共演のエマ・ワトソンは「サム」を演じます。この役は、「チャーリー」が好意を寄せる最上級生で、ショートカットの髪型に活動的な性格の美少女です。劇中、男性を見る目はあまり良くないようでしたが、「チャーリー」と出逢ったことで、自分の可能性を広げるきっかけをつかみます。ワトソン本人は、皆さん良くご存知の通り、「ハリー・ポッター」シリーズの「ハーマイオニー・グレンジャー」役で有名ですね。本作で、今までとは全く違った洗練された彼女に出会えるはずです。劇中、本人の役のつかみ方が本当に素晴らしいですし、例えようの無いくらい美しい女優に成長しています。


同じく共演のエズラ・ミラーは「パトリック」を演じます。この役は、父親が再婚したことで、「サム」の義兄となった少年です。関心のあること以外は手を抜く秀才ですが、仲間をやんわりまとめていく不思議なリーダーシップを発揮します。ただし、彼の恋愛対象は男性です。ミラー自身も自分は同性愛者だということを公表しています。6歳の頃からオペラ歌手として舞台に立ち、今作を観て、そのキャラクター表現があまりにも素晴らしいので、今後大いに期待できる俳優であると感じました。彼は凄い!!


 そんな3人が恋愛や学業、家族関係、過去に負った心の傷などに悩みながら成長していく姿を、甘酸っぱく、やや明るく描いた秀作です。


(あらすじ)

 1991年8月、「チャーリー」は中流家庭の3人兄姉弟の末っ子であるが、過去に大好きだった叔母は理不尽な交通事故で、また新学期直前、親友を自殺で失った辛い過去を持ち、来たるべき新学期も憂鬱であった。今期、彼は高校1年を迎えるのだが、十代で最も過酷なこれからの3年間をここで過ごす覚悟は今ひとつである。新学期開始後、もともと学業に関しては全く問題のない秀才の「チャーリー」の頭の中は、新しい友達作りのことでいっぱいであった。

 そんな中、たまたま技術科目の授業で一緒になった、最上級生の「パトリック」と、母校のフットボールチーム「デビルス」の試合観戦中に、意気投合したことで、「チャーリー」の高校生活は一気にその展望が開ける予感を得ることができる。また、彼の義妹「サム」と知り合ったことで、彼女を憧れの異性として意識できるようにもなる。さらに、国語の担任となった「アンダーソン先生」との文学的交流を通して、自分の才能に自信を持てるようになる。

 これから3人を始め、多感な高校生たちは、熱くて“甘酸っぱい”新学期をそれぞれの想いを秘めて、歩んで行くのであるが・・・「チャーリー」には親にも話せない幼少期のトラウマがあった。


































 
 

『地球最後の男 オメガマン』(原題:The Omega Man /1971年アメリカ/98分)

監督:ボリス・シガール

脚本:ジョン・ウィリアム、ジョイス・H・コリントン

原作:リチャード・マシスン著『I Am Legend』

製作:ウォルター・セルツァー

音楽:ロン・グレナー

撮影:ラッセル・メティ

編集:ウィリアム・ジーグラー

出演者:チャールトン・ヘストン、アンソニー・ザーブ、ロザリンド・キャッシュ、ポール・コスロ、リンカーン・キルパトリック、エリック・ラヌービル、プライアン・トチら

100満点中??点



 近未来のロサンゼルス、大国間の細菌戦争の結果、ほとんどの人間が死に至り、人類が滅亡に向かって行く中で、自身に開発中の抗体ワクチンを注射したことにより、奇跡的に助かった研究者がまともな人間として、サバイバルする姿を描いたSF作品。

 リチャード・マシスンの原作『I Am Legend』の2度目の映画化作品で、今となっては、古典的なSF作品の部類です。緻密な検証なしに作られた感があって、なおかつ、かなり低予算で作られたようで、改めて拝見すると、評価のしようのない(納得できない)箇所が多々ありまして、いつものようには点数が付けられません。


 私としては、幼少期、TVの映画番組で1度観たきり忘れられず、中古店でこのDVDを発見して、懐かしさのあまり購入し、改めて拝見してみたということです。(そうゆう意味では、“価値ある”作品なのですが・・・)



 原作者のリチャード・マシスンは、ニュージャージー州出身のSF、ホラー、ファンタジー、ウエスタン作家で脚本家でもあります。彼が書いた『I Am Legend』(1954年発表)は3度映画化され、1度目の映画化は1964年公開の『地球最後の男』(原題:The Last Man on Earth)で、彼は脚本にも関わりました。2度目が本作で、3度目が2007年公開の『アイ・アム・レジェンド』(ウィル・スミス主演)です。原作で描写された「夜の一軒家を、ウィルスに犯された大勢の吸血鬼が包囲、攻め寄せてくる」というイメージは『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』に取り入れられ、その後のゾンビ系の作品に大きな影響を与えました。



 主演はチャールトン・ヘストンで、『ロバート・ネビル』を演じます。この役は、軍の医官であり階級は大佐ですが、所属ははっきりしていません。ただ、専門は細菌兵器の研究開発のようで、自分が開発したワクチンを自分に注射したことで、細菌戦争に影響されず奇跡的に生存し、ロサンゼルスで孤独に生活しています。彼の目下の仕事は、ロスの街区をシラミつぶしに探索しながら、細菌の影響で醜く変異しながらも集団で生きながらえている「家族」と自称する敵対集団を駆逐することです。ヘストン本人は、イリノイ州エヴァンストン出身の俳優で、1950年代~1970年代は人種差別に反対して、積極的に公民権運動に身を投じる反面、、「武装する権利の擁護」の観点から全米ライフル協会(NRA)の一員であり、1998年には同会の会長に就任しました。1956年公開の『十戒』、1959年公開の『ベン・ハー』、1967年公開の『猿の惑星』の主演者として有名ですね。2008年に没し、享年84歳でした。



  その「家族」をのリーダー「マサイアス」を演じるのが、アンソニー・ザーブです。この役は、大国間の細菌戦争が勃発するまでは、キー局のTVキャスターでしたが、細菌の影響により、死こそ免れていますが、体の色素を失い、髪も瞳も真っ白の異型の姿に変容した人間たちを率いています。彼は科学文明の発達が、戦争をもたらしたと結論付け、自動車や家電はもちろん、銃器や爆発物のような文明の利器の使用は罪悪であるとして、「家族」のメンバーにはそれらの使用を禁じています。また、この異型の人間たちは、正常な人間を見ると“悪魔”と呼び、殺そうてします。ただ、強い光に耐性がないため、夜間しか活動しませんし、昼間はどこかの建物に身を潜めています。


 また、細菌に若干の抵抗力のある人間もいて、いずれ発症するのですが、「家族」の過激思想から逃れて郊外で生活しています。


(あらすじ)

 人っ子一人いないロサンゼルスの市街地を一台のスポーツカーが疾走している。運転手は初老の男性で、彼の助手席にはサブマシンガンが置かれている。彼の名は「ロバート・ネビル」。元米軍の医官で、細菌の研究をしていた。彼は、突然車を止めると、高層ビルの窓に向かってサブマシンガンを乱射した。この街は死んでいる。いや、世界中の都市という都市が死んだのだ。それは、数年前にソ連と中国の国境紛争から、全面戦争に発展し、互いに細菌兵器を打ち合ったため、地球規模でその被害が拡大し、ほとんどの人類は死滅したからである。

 「ネビル」は、この細菌の抗体ワクチンの研究開発チームの中心人物であったが、抗体ワクチンのサンプルを移送中、自ら細菌の感染に気付き、サンプルを自分に注射したため、奇跡的に発症せずに、まともな人間として、ただ一人ロサンゼルスで生存していたのである。

 ワクチン無しでかろうじて生き残った人々は、細菌によって肉体を蝕まれ、肌や髪、瞳までも真っ白になり、強い光に耐性を失っていた。彼らは自分達を「家族」と称して徒党を組み、自分達を苦しめる元凶となった科学技術を敵視し、その担い手であった「ネビル」の命を狙っていた。「ネビル」は一人で「家族」との戦いに明け暮れる日々を続けていたが、ある日、「家族」では無い女性の姿を発見して追跡したが、「ネビル」は追跡の途中、地下の酒蔵で「家族」の待ち伏せにあって捕まり、夜間の球場で処刑されることとなるのだか・・・