合理性がそもそも合理的じゃなくなる時代の生き残り方
"狂ってる"とか“おもしろい"で勝負するしかない時代になってきたな〜。
もう合理的に〜とか、生産性を〜とか古いよね。
そんなことより深さとか濃度。
昨日、とあるプロダクトの相談をされたんだけど、「こんなの誰が買うの?」っていうくらい尖っていて最高だった。
「売れますかね?」と不安げに聞かれたけど「売れまくると思いますよ!世界に!」と当事者より乗り気になってた。
なぜ、そう思ったのかって頭より心が求める系のプロダクトだったから。
ウチに人的余裕があればプロデュースさせてもらいたいくらい変態で素晴らしかった!
と、いうのも、これまでのビジネスの多くは世の中の課題を解決して稼ぐという仕組みだった。
でも、今の日本に解決しなきゃいけない課題なんて、四隅を取られたオセロくらい早いペースでひっくり返されて消滅してきている。
生活に必要なモノは足りてるし、ツール関係もAIが駆逐していくだろうし、画像編集アプリとかもどうなるんだろう?とか思う。
あ、ウチも他人事じゃないや(笑)
それと反比例するように重要が伸びてるのが、心の豊かさ。
この面白いところって"心"って合理的じゃない方が動くんだよね。
あんまり良い例じゃないけど"推し活"とかもきっとそう。
あと、最近ちょっとハマってるバイクも、誰が言ったか「車は乗り物、バイクは生き物」って。
その感覚めちゃくちゃ分かる!と。
夏は暑くて、冬は寒いし、雨が降ったら超悲惨。
どう考えても車の方が便利。
なのに…なんだ…このDNAが喜ぶ感覚は?と。
完全に生産性とか合理性とかと真逆の世界。
まぁ、そんな風に変化してる世の中だから、今後は、ビジネス的な発想からはヒットは生まれにくい世の中になるんじゃないかと考えてる。
まぁ、こうやってビジネス脳で考えてる時点でダメなんだろうけど。
だから、今はほとんどのプロダクトから自分は離れて、毎日好きなことをやらせてもらってる。
生産性?合理性?なにそれ?っていう"無駄"という最高の贅沢なモノと体験を求めて。