3・11から、半年。
9・11から。十年。
事実は変えることはできないけれど、人へ伝えていくことはできる。
2011・8・6
仙台港についたあたしは、5ヶ月を経っても尚、
時間があの時から止まっているかのような現実を
あたしは目の当たりにしていくことになる。
進みたくても進めない、
進んでも進んでも、まだまだ。
歯がゆいような、
日差しが強すぎて苦しいような、
そんな感覚を感じた。
未だに信号機の動いていないところも多々。
どうやってまがったのか、あり得ない方向にひん曲りまくる信号機とフェンス。
ほとんどやっている店はなくて、
開いている店は周りとのギャップが激しいとびきり新品なお店が
何軒か目につくくらい。
これが目に入ってきた時、バングラにいた時の暴動の痕を思い出してた。
そう、日本ではなくて、どこかそういうことが起きた海外にいるような空気。
でも紛れもなく、ここは日本。
地盤沈下してしまって地面がぬかるむ中、
でもそこには確かに人が生活していた事実が確かに残っていた。
フェリーの中で出会ったあの女性も、ここ、石巻で、何もかも流されてしまった。
唐桑への道のり、まずあたしが訪れたのが、石巻。
まさに“言葉を失った”
何度もテレビや雑誌でこの映像や写真を見ているのに、
それでも実際に自分の目で見ると
何が起きているのか、理解できなかった。
これだけ時間が経って且つ状況も理解しているはずなあたしでそう感じるのに、
一瞬にして何もかもが変わってしまったあの時、
あの場所で恐怖心に苛まれながら、且つ状況を理解して受け入れるまでには、
どれほどの苦労があったんだろう。
ただただ、目の前のことが理解できず立ち尽くしてしまうような景色でした。













