昨日。
近所の普段のお散歩コースにも桜並木はあるのですが、もっと樹齢の高い、壮大な?桜を求めて片道一時間歩きました。

$つづり、ときどきボーダーコリー
↑近所の桜だって、立派なものです。

$つづり、ときどきボーダーコリー
↑権現堂。
平日の昼間なのに混んでいた。
うちの犬、人混みが苦手と思っていたけれど、むしろルンルン楽しそうに歩いていました。
人の邪魔にならないよう綱を引くのがたいへん。

$つづり、ときどきボーダーコリー
あっちが気になるー

$つづり、ときどきボーダーコリー
こっちも気になるー

↑もちろん日本の風物詩なんて知ったこっちゃありません。

$つづり、ときどきボーダーコリー
ハッ!

雲行きが怪しいのはそこにいた誰もが感じていたでしょうけれど、雷が続けざまに鳴ったときは子供が思わずキャーっと叫んでいました。

犬はガタガタドキドキへーへー。
グイグイ綱を引きます。
傘は迷った末持ってきておらず、デジカメとiPodごとびしょ濡れになるのはごめんなので、私も家に向かって速足速足。

しかし意外にもなかなか雨は降りださず。

$つづり、ときどきボーダーコリー
↑また近所の桜を撮ったりして。
黒雲と薄ピンクの花のアンバランスが絶妙です。

強くなる風に舞う桜吹雪を浴びてぼへーっと歩いているうち、家まで200mほどのところでポツポツ降って来ました。
外に出ている人もあまりいないことだし、人目をはばからず猛ダッシュ。

犬と一緒にへーハー言いながら玄関のドアを開けたところで、ザーザー。

運が良かったと一息つきましたが、犬はまだガタガタプルプル。
その後大きい地震もきて、そそくさと机の下に潜り込みました。(危機管理ができているわけじゃなく、私の足元にいたかっただけですドキドキ

ところで、3月11日の震災のときといい、左右に揺られながら私、必ずプリンを食べているんですけど、なんなんですかね。
プリンなんて2か月にいっぺんくらいしか食べないのに。
もう食べられなくなりそうです…。






もう、犬のお腹をうっかり触って、チクッ、ドキーッとすることがなくなりました。

抜糸、近くで見ていたら、なんだか、雑巾を縫うのに失敗して地道に糸を切っては抜いて…とやっていた小学生の頃を思い出しました。


ものの1分もかからなかったです。

痛くもないだろうに、犬は病院に入った瞬間からカタカタ震え出し、診察台の上でちょろっとおもらしをし、横倒しにするのに看護師さんふたりに協力していただくような怯えっぷりでした。

うちにやって来たときからの病院恐怖症、どうにかならないものでしょうかね。

注射は平気なのに。
肛門に体温計突っ込まれるのも平気なのに。

病院のにおいから不吉な何かを感じ取るんでしょうか…。

とりあえず、診察室に呼ばれてたとき待合室の他の方から温かい笑い(失笑か?)を受けながら頑として動かない犬を抱え上げて診察台にのせたり、診察台の上でおしっこを顔面にひっかけられるのを避けるため病院に行く前に必ずトイレを済ませることには慣れてきました。



$つづり、ときどきボーダーコリー
↑帰ってから、庭いじりをやっていた父からカエデの木をもらってご機嫌♪

$つづり、ときどきボーダーコリー



ふと、犬が食べると危険な木について調べてみました。
http://www.koinuno-heya.com/byouki/poison.html

カエデは大丈夫。っぽい。

でも…
アボカドがだめですと?
しかも、特に種が危険です!!??

これまで2、3回ほど、種をおもちゃ代わりにあげていました…。
幸い何ともなかったけれど、これからは気を付けなくては。

子供の頃から犬を飼っていたので、ある程度犬の知識はあるつもりでしたが、まだ知らないことがたくさんあります。
ときどき勉強しなくてはですね。




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特に絵を描くのが好きというわけでもない。

友だちの似顔絵を描く美術の授業では、岡本の顔に余計な毛や皺を描き込んで叱られたし、漢文を書き写すふりをしてペラペラ漫画を描く嗜みもない。

もちろん、絵画コンクールで優勝して神童と呼ばれた過去もない。

小学生の頃は、漫画やアニメのキャラクターをそっくりに再現しては、机の周囲にクラスメイトを集める奴らを羨ましく思ったこともあるけれど、今はむしろ、描けたとしても少なくとも女子がいる教室では描きたくないと思っている。そういう年頃だ。


それでも、あの古びたまっさらなスケッチブックを見たときは、手が疼いた。

新しいゲームソフトをセットするときにも増して、そこにあったシャーペンを手にとって作業に取りかかりたい強い欲求がつきあげてきた。

実は、受験の前の晩、引き出しにしまう前に、少しだけかいた。

何かしらを描きたくて、でもすぐには何を描きたいのか分からなくて、なんでもないただの数式を書いた。

画用紙の細かい凹凸を確かめ、それでひとまず疼きは落ち着いたので、もしかしたらペンを通じた紙の感触を確かめたかっただけかもしれない。

あるいは、受験が差し迫った特殊な状況が関係していたんだと僕は納得していたけれど、受験が無事終わり、バッティングセンターやカラオケに行きたい友だちやテレビゲームが待ち構えている今でも、引き出しが気になって仕方ない。

合格発表の昨日まではスケッチブックのこと自体、すっかり頭から抜け落ちていた。
虚栄を張って私立は受けなかったから、高校浪人する近い未来を想像しては、地獄の恐怖を味わうのに忙しかったのだ。

昨日は、思いがけず当人の僕よりも合格を喜ぶ母に連れられ、母曰く「こんな日でもないと絶対入らないレストラン」でよく分からない味を初経験したり、帰宅してからはひとりぼうっと幸福を噛みしめていて、机の引き出しが気になっても実際には開けなかった。


すべてのページをパラパラと親指ではじくと、油っぽい無臭の風が僕の前髪を浮かした。

手が疼く。

色を紙に載せなければ。
紙に奥行きを作らなければ。

ゴッホやダ・ヴィンチやピカソもこんな衝動をかかえていたのかもしれない。

才能が開花するには少し遅いのではないだろうかと、ちらと思ったけれど、ゴールデン番組で「世界の美術家が億を差し出す高校生」という紹介を受けたって、ちっとも都合は悪くない。


(つづく)




画用紙全体が黄ばみ、端に沿って茶色いシミができている。
今にも鼻くそみたいな紙食い虫がちょろちょろ横断していきそうな衰え方だ。

ノートより一回り大きい、理科や美術の資料集と同じくらいのサイズで、持ち運びにも机の引き出しに収納するのにも便利そうだ。

たとえ両親が老後の趣味に水彩画を選んだとしても、このスケッチブックを使うことはないだろう。
しかし、念のためである。
僕はノートと一緒にスケッチブックも救済し、机の引き出しを隠れ家にしてもらうことにした。

そして、いよいよ12時間後に迫った試験に向けて、眼鏡をずりあげる。


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視線が黒板とノートを往復するたび、ポニーテールほど高くない位置で結われた髪のあいだから、小麦色の襟足が見え隠れする。

その景色をこの2カ月間独占してきた僕は幸せ者だ。

好きな子との席関係は、隣同士よりも前後したほうがいい。

隣になったって、物の貸し借りをしたり役割分担して英文を読みあったりと、コミュニケーションをとる機会はあっても、たとえば岩谷に好きな食べ物を訊ねられたって、緊張してどうせ好きな食べ物を訊き返すこともできやしない。

クールと思われるならともかく、つまらないやつだと思われたら、僕はきっと一生女子とうまく話すことができなくなるだろう。

後ろの席だから、岩谷が担任のクロマツによる受験に向けたありふれた鼓舞に退屈しているとき、髪に手をやって切れ毛を探す癖や、隣の増子と話す横顔の、エラのあたりに三角形をつくるちいさなホクロ群を、臆することなく、誰にとがめられることもなく、発見しては胸をときめかせることができた。

他の学期に比べるとその時間は物足りなかったけれど、もっとも2学期までの授業を始終岩谷観察に当てていたら、地元の有名進学校に合格することはできなかったに違いない。


「帰ったらどうするよ?」

朝から志望高校へ行き、喜ばしい受験結果を持ち帰って登校したコバが、あふれる解放感をバッグとともに僕の机にぶつけた。

よれよれのぼろぼろのスポーツバッグ。
1週間ちょっとで、用なしになる。側面に貼られたテニス部共有のステッカーも、収納の奥にしまいこまれ、活躍の場もなくいずれ燃えるゴミの日を迎えるのだろう。
あのスケッチブックみたいに。

僕は配られたプリントを自分のスポーツバッグに入れるために、コバのバッグを脇にのけた。

「まだ塾の問題集終わってないんだよな。捨てるのもったいないから勉強するわ」

「マぁジで?」
笑みを浮かべてコバが大声を出す。

「マジでマジで。ついでに高校の勉強、先取りしたりして」

もちろん前にいる岩谷の耳を意識して、僕はくだらないことをしゃべり続ける。

岩谷は、他県の私立校へ行く。

離れ離れになるが、かまわない。
何もしない。

中学の恋なんて、きっとそういう淡いものだ。

唯一このことを知っているコバは、僕をヘタレと呼ぶ。






(まだまだつづく)






短編に収まらなそうなので、連載します。



ノートの最後のページを使いきった。

文字通り、本来なら日時やテストの範囲、はたまた落書きを書き込むような余白までも、計算の過程がびっしり埋めている。

表紙の裏は真っ白だったけれど、シャーペンの芯が滑りそうになりながら控えめにキイキイたてる音が嫌いだから、机の上で他の紙を探した。

紙だ。
紙が欲しい。

計算に使うだけだからなんでもいいっていうのに、最低限の条件を満たす紙が見つからない。
最低限の条件の水準が高いのか。

明日は受験日だっていうのに。

僕は頭をかきむしりたいたい衝動を、何度も舌打ちをすることで我慢した。

通信教育のもはや用のない問題集はわら半紙でできていて、芯がのめり込むような感触が好きだったが、ひとつ計算式を書くたびに次のページへ移るのはまだるっこしい。

ああ、こんなどうでもいいことで時間を潰してはいけないのだった。

本当だったら受験前日は、英単語や年号の覚え切れているか怪しいものを軽く復習するだけで済ますつもりでいた。
試験1週間前にインフルエンザに罹ることさえなければ、そうしていただろう。


そうだ、広告の裏を使おう。

階段を駆け降りたところの収納を開けた。

ない。
昨日だか今日だか、母親が古紙回収に出してしまったらしい。
はがきサイズの入塾勧誘の広告が、一枚残っているきりだ。

でも、さすがに今日の新聞は捨てていないはずだ。
うちの父親は車通勤で、電車の網棚に新聞を置き去りにする習慣はないし、テレビ欄はゴールデンタイムまで必要だから。

リビングに行くと、思った通り、雑誌と一緒にテレビの前のこたつの上にまとめられていた。
我が家の常で、広告は新聞に挟みっぱなしだ。

「もう寝たら?一晩で合否が左右されるなら、そもそも学校のレベルにあってないんだよ」
母親がみかんを食べながら、気づかっているのか無神経なのだか分からないことを横から言う。

「いまさら気付いたって遅いって」
姉が歯ブラシをおろして、口のなかの泡を飛ばした。

「一回出してきなさいよ、もう」

「CMになったらー」

そう、女二人、賑やかにやっていてくれ。

裏が無地の広告はなかった。
あるにはあったが、例によってつるつる族の一員だった。

「ねえ、新しいノートのストックないの?」
すがる思いで母親に訊ねた。

「あんたがもういらないって言ったんでしょ」

そうだった。
高校に入ったら、母親が買ってくる地元のスーパーで一番安い十冊入りのノートでなく、もっといかにも持ち主がスマートそうな、シンプルかつファッショナブルなノート……そんなノートはないかもしれないにしろ、せめてキャンパスとか、無印みたいなオーソドックスなものに変えたいのだ。

「使いかけのノートならとっておいてあるよ。あんたたちが小学生のとき使ってたやつ。寝室の戸棚、ガラス戸のところ」

「ケチ根性万歳」
僕は思わず小声で言った。

「お母さん、大輔がナマイキなこと言ってるよ」
姉がすかさず言いつける。

「なんて?」

「ものもちの良さ、万歳」
僕は律儀に言いなおした。


戸棚を開けても、すぐにそれがどこにあるか分からなかった。

また舌打ちが始まる。

乱暴にファイルやアルバムを繰りながら、自分が受験勉強から逃避してるんじゃないかと思えてきた。
これまでにつけた実力を信じて、眠ったほうがいいのかもしれない。

と、携帯電話の取扱説明書の隣に、目的のものが見つかった。

確かに、懐かしいマス目のノートが何冊もある。
どうせ使うなら自分の使いかけがいい。

スヌーピーの「かんじれんしゅう帳」を選んで他を戻そうとしたとき、ノートがあった場所に倒れかかっているのが、古びたスケッチブックなのに気が付いた。

たぶん母親か父親の若かりし頃の品だろう。

興味をそそられ、手にとって開いてみると、期待とは裏腹に、まっさらだった。

(つづく)