短編に収まらなそうなので、連載します。
ノートの最後のページを使いきった。
文字通り、本来なら日時やテストの範囲、はたまた落書きを書き込むような余白までも、計算の過程がびっしり埋めている。
表紙の裏は真っ白だったけれど、シャーペンの芯が滑りそうになりながら控えめにキイキイたてる音が嫌いだから、机の上で他の紙を探した。
紙だ。
紙が欲しい。
計算に使うだけだからなんでもいいっていうのに、最低限の条件を満たす紙が見つからない。
最低限の条件の水準が高いのか。
明日は受験日だっていうのに。
僕は頭をかきむしりたいたい衝動を、何度も舌打ちをすることで我慢した。
通信教育のもはや用のない問題集はわら半紙でできていて、芯がのめり込むような感触が好きだったが、ひとつ計算式を書くたびに次のページへ移るのはまだるっこしい。
ああ、こんなどうでもいいことで時間を潰してはいけないのだった。
本当だったら受験前日は、英単語や年号の覚え切れているか怪しいものを軽く復習するだけで済ますつもりでいた。
試験1週間前にインフルエンザに罹ることさえなければ、そうしていただろう。
そうだ、広告の裏を使おう。
階段を駆け降りたところの収納を開けた。
ない。
昨日だか今日だか、母親が古紙回収に出してしまったらしい。
はがきサイズの入塾勧誘の広告が、一枚残っているきりだ。
でも、さすがに今日の新聞は捨てていないはずだ。
うちの父親は車通勤で、電車の網棚に新聞を置き去りにする習慣はないし、テレビ欄はゴールデンタイムまで必要だから。
リビングに行くと、思った通り、雑誌と一緒にテレビの前のこたつの上にまとめられていた。
我が家の常で、広告は新聞に挟みっぱなしだ。
「もう寝たら?一晩で合否が左右されるなら、そもそも学校のレベルにあってないんだよ」
母親がみかんを食べながら、気づかっているのか無神経なのだか分からないことを横から言う。
「いまさら気付いたって遅いって」
姉が歯ブラシをおろして、口のなかの泡を飛ばした。
「一回出してきなさいよ、もう」
「CMになったらー」
そう、女二人、賑やかにやっていてくれ。
裏が無地の広告はなかった。
あるにはあったが、例によってつるつる族の一員だった。
「ねえ、新しいノートのストックないの?」
すがる思いで母親に訊ねた。
「あんたがもういらないって言ったんでしょ」
そうだった。
高校に入ったら、母親が買ってくる地元のスーパーで一番安い十冊入りのノートでなく、もっといかにも持ち主がスマートそうな、シンプルかつファッショナブルなノート……そんなノートはないかもしれないにしろ、せめてキャンパスとか、無印みたいなオーソドックスなものに変えたいのだ。
「使いかけのノートならとっておいてあるよ。あんたたちが小学生のとき使ってたやつ。寝室の戸棚、ガラス戸のところ」
「ケチ根性万歳」
僕は思わず小声で言った。
「お母さん、大輔がナマイキなこと言ってるよ」
姉がすかさず言いつける。
「なんて?」
「ものもちの良さ、万歳」
僕は律儀に言いなおした。
戸棚を開けても、すぐにそれがどこにあるか分からなかった。
また舌打ちが始まる。
乱暴にファイルやアルバムを繰りながら、自分が受験勉強から逃避してるんじゃないかと思えてきた。
これまでにつけた実力を信じて、眠ったほうがいいのかもしれない。
と、携帯電話の取扱説明書の隣に、目的のものが見つかった。
確かに、懐かしいマス目のノートが何冊もある。
どうせ使うなら自分の使いかけがいい。
スヌーピーの「かんじれんしゅう帳」を選んで他を戻そうとしたとき、ノートがあった場所に倒れかかっているのが、古びたスケッチブックなのに気が付いた。
たぶん母親か父親の若かりし頃の品だろう。
興味をそそられ、手にとって開いてみると、期待とは裏腹に、まっさらだった。
(つづく)