黄ばんだ空間に岩谷の横顔が出現する。
なんでもない、見慣れた顔のはずなのに、このスケッチブックに描くと妙におどろおどろしい感じになってしまった。
その投げ出したような視線が、紙の淵を越えて、僕の部屋をけだるげに品評しているように見える。
こんなの、岩谷じゃない。
慌てて消しゴムを探したけれど見つからないので、砕けた欠片を使ってチマチマ白紙に戻した。
その日は昼食を済ませた後、コバが来ることになっていた。
卒業式が終わり、他の学年はまだ学校に通っている、春休みとも呼べない変な期間を僕は過ごしていた。
絵を描いていることを、さり気なく教えようと思っている。
まだ誰にも見せていない自分の作品に感想を与えるのがコバだと思うと、僕の繊細な心臓も落ちついて脈拍を刻むことができる。
コバの好物のハッピーターンを一袋、うまい棒のコーンポタージュ味を10本用意して、ときどきハッピーターンをつまみながらコバの来訪を待ち受けた。
時間どおりに来たコバは、うまい棒で作ったピラミッドに律儀にツッコミを入れてくれた。
「サービス精神旺盛だろ?」
僕が言うと、
「ハッピーターンはどうせもともとうちにあったんだろ。ありがたくちょうだいしますが」
そう言って、次々と包みを開けた。
卒業式の日に盛り上がった、同窓会の幹事をやるなら誰それだという話をぶり返したあと、僕はスケッチブックをコバに渡した。
「卒業してから暇で暇で、こんな趣味始めちゃったよ」
コバは一瞬ためらった素振りを見せてから、スケッチブックを受け取って表紙をめくった。
僕はその表情をこっそりうかがっていた。
ページをめくるごとに、目の周りの日に焼けた肌が引きのばされていく。
濃い眉が一部前髪に隠れる。
「これ、お前の…?」
「うん、全部」
コバが素直に驚いているので、僕は胸のあたりがもぞもぞするような、照れくさい気持ちになって、座っていた椅子を回転させた。
「すげえな。てゆーかさ、美術の成績よかったっけ?特に賞もらったこともないよな」
「まあな。凡才の教師が生徒の隠れた才能に気付かなかったってことよ」
「うわ、調子に乗ってーし」
コバは笑い顔がフィルム映画みたいに流れる。
手で勉強机を掴んで、椅子を止めた。
コバはスケッチブックに目を戻す。
「でもマジ、すげーよ。なんか、ただの消しゴムとか林檎なのに、見てると吸い込まれるかんじ。それほどリアルじゃないけど、色が付いているみたいな錯覚があって……」
本当に、コバは目が紙と見えない糸で繋がっているんじゃないかというくらいに、しつこく紙を眺めまわした。
「分かった。今度一枚描いてやるよ、コバの肖像画」
「まじで?」
コバが期待顔を見せる。
「家宝にしろよ。その代り一枚10万で売ってやる」
「きたねー」
僕は素早くコバの手からスケッチブックを奪い取って、二人共読んでいる漫画の新刊の発売日を訊いた。
コバは美術が得意なほうだ。中学に上がってからはよく知らないけれど、小学生のとき県の絵のコンクールで入賞して、表彰されていたのを覚えている。
それに、コバは負けず嫌いだ。
自分の得意分野で自分より秀でているヤツに内心嫉妬することを、そこそこ長い付き合いから僕は知っていて、そのことを今の今まで都合よく忘れていた。
本当はもっと絵について話したかったのに、話を逸らしたのは、そういうコバの、ああいう反応は、少し不気味に感じられたからだ。
(つづく)